青森山田を優勝に導いた松木玖生は、FC東京でも久保を超える可能性を秘める
野球の世界では「サウスポーは5km/h増し」という言葉があるようだが、ならば、「レフティは5割増し」といえるかもしれないのがサッカーの世界である。
異論はもちろん認める。ペレは、クライフは、クリロナは、基本的には右足をメインとする選手だった。左利きでなければ超一流になれない、などというつもりはない。
ただ、超一流の領域まで登り詰めた右足使いのほとんどは、ほぼ例外なく高いレベルで左足も使いこなす。
だが、マラドーナやメッシの右足は、クライフやクリロナの左足とは比べ物にならないぐらいポンコツだった。かつて、オランダ代表で「左足の怪物」と呼ばれたファン・ハネヘムという選手が「わたしの左足は精密機械だが、右足は木でできている」と言っていたことがあるが、まさにいい得て妙というしかない。
暴論を承知で断言してしまうと、右足1本で世界の頂点を極めた選手はいないが、左足1本ならばいる。それぐらい、才能に恵まれた左足は特別だとわたしは信じ続けている。
十数年前、あるテレビ番組でJリーグの新人王の予想を頼まれたときに星稜高校を卒業したばかりの本田圭佑をあげたのも、彼が左利きだったからだった。
正直、スピードはないし強さもない。右利きであればJリーガーになれたかどうかも怪しいぐらいだとわたしは思っていた。その年、彼は新人王を獲得し、北京を目指すオリンピック代表のメンバーにも選ばれたが、ピックアップした当の反町監督も、その起用法には頭を悩ませていた。
「いいものを持ってるのは間違いないんだけど、どこで使えばいいかが難しいんだよな。サイドで使うには遅い。中で使うには高さがない──」
グランパスで過ごした4シーズンで計11ゴールしかあげていない当時の本田は、攻撃の中核を担う選手ではなかった。少なくとも、勝つために得点を量産するタイプではまったくなかった。「得点よりもパスに美学を見出していた」という当時の意識のままであれば、後の本田圭佑はなかっただろう。
つまり、高校卒業直後の本田圭佑は、あるいはプロ入り後しばらくたってからの本田圭佑は、世界で戦うことを考えれば欠点が多く、また、意識の点で物足りないところも多々あった。
松木玖生は違う。
15歳の久保建英がそうだったように、松木もまた、ミドルティーンの段階からはっきりと世界を意識していた。18歳の久保がそうだったように、意識していなければ到底作れなかった身体を、高校3年生になった松木は手にしていた。
こんな高校生は、かつてなかった。
本田圭佑も、「レフティ・モンスター」と呼ばれた小倉隆史も、高校時代から海外への憧れは持っていたものの、海外で活躍するためには何が必要かということは、ほとんどわかっていなかった。これは彼らの責任ではない。日本サッカー全体が、そうした知識、知見を持ち合わせていない時代だった。
ゆえに、彼らは海外へ渡ってから、適応を始めなければならなかった。日本では武器になっていたフィジカルが、オランダではむしろ弱点に近いレベルでしかないことを思い知らされた。行ってみてから初めて、やるべきこと、やっておいた方がいいこと、やらなければならないことを知った。ヨーロッパや南米の選手がローティーンの段階から取り組んできたことに、20代になってから挑戦しなければならなかった。
松木のフィジカルは、いますぐヨーロッパへの移籍が叶ったとしても、すでにアベレージ・レベルには達している。移籍が決まってから、慌てて筋肉量を増やす必要はないし、高校選手権やFC東京でのプレーを見れば、得点に対する意欲が強いこともうかがえる。
なので、ちょっとありえない比較になってしまうのだが、もし本田圭佑と松木玖生が同期でJリーグに入団していたとしたら、わたしは一も二もなく後者を新人王の最有力候補に推している。相手が小倉隆史だろうが中村俊輔だろうが、結論は変わらない。もし迷うとしたら……小野伸二ぐらいか。
松木玖生は、それぐらいの逸材である。だが、そんな松木であっても22年のJリーグで新人王を獲るのは簡単なことではない。
日本サッカー全体でフィジカルに対する意識が高まったのと、小野や中村、本田がプロの世界に飛び込んだ頃に比べ、大学サッカーを経由して入ってくる選手の質が、以前とは相当に違っているからである。世界的に見れば極めて珍しい「大卒のプロにして代表選手」が、最近の日本では再び、当たり前になった。
ただ、松木は左利きである。それも、明らかに特別な才能が宿った左利きである。
今年のJリーグで彼が新人王を獲れるかと問われれば、わたしは答えに迷う。しかし、近い将来彼が海外でプレーするか、活躍するかと問われた場合、迷いの度合いはグッと減る。
活躍できない理由が、過去に海外に渡った選手に比べて格段に少ないからである。
では、いまの松木に望むことは何か──そう問われたとしたら、わたしは何の迷いもなくこう答える。
タイトルを獲ること。
実は、これは数年前の久保建英についても思ったことだった。素晴らしい才能であることは間違いないが、プロになってからの彼は、自分の才能でチームを優勝に導いた経験がない。FC東京を優勝させ、より自信を深めた形でスペインに向かった方がいいのではないか。そう思ったからだった。
マラドーナはワールドユースで優勝した18歳の時の経験が大きかったと語っていた。本田圭佑はオランダ・リーグ2部のフェンロを優勝に導いたことで飛躍のきっかけをつかんだ。どんなカテゴリーであれ、優勝を経験しておくことには大きな意味がある。
18歳でFC東京を優勝させることができれば、それは、久保にもできなかったことをやってのけたことになる。久保以上の選手になれるのではないかと、本人も周囲も期待するようになる。
難しい序盤戦を、FC東京はまずまずの形で乗り切った。松木はコンスタントに出場の機会を得ている。
あとは、海外へも持って行ける数字と自信を手にすればいい。個人的には、それはできるだけ多くの重要なゴールと、フロンターレを倒すことではないかと思っている。
なぜフロンターレか?ここ数年の彼らは、Jリーグ史上に残る強さを発揮しているからである。
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