大谷翔平のいるドジャースで、佐々木朗希は何を掴むのか?

もって生まれたものなのか、はたまた後天的に身につけたものなのか。いずれにせよ、世の中には、注目を集めれば集めるほど力を発揮するタイプ、大舞台になればなるほど輝きを増す性質の人間がいる。イチローがそうだったし、サッカーでは本田圭佑がそのタイプだった。いまなら、何といっても大谷翔平だろう。
一方で、凡人というか、圧倒的多数の人間は、注目を浴び続けることに疲れを覚えるようにできている。最初は嬉しい。それでも、だんだんと「もう勘弁してくれ」という気持ちが芽生えてくる。メディアやファンを遠ざけるようになってくる。
野茂英雄がそうだった。直接近くで見たケースでいうと、中田英寿もそうだった。
まだ日本人のサッカー選手がヨーロッパで成功した例がほとんどなかった時代ということもあり、ペルージャに移籍した中田への注目は凄まじいものがあった。テレビ局はもちろん、スポーツ紙各紙も専属の中田番をペルージャに駐在させ、その一挙手一投足を日本に伝え続けた。
伝えたメディア側の事情はわかるし、情報を求めたファンの気持ちもわかる。ただ、中田の立場に立ってみると、たまったものではないのも事実だった。
そもそも、ペルージャはセリエAの中でも注目度は最下位レベルのチームだった。そんなところに、東洋人の記者が大挙して押し寄せ、中田ばかりを追いかける。たまにチームメイトがインタビューされることがあっても、聞かれることはおしなべて中田英寿について。わたしがチームメイトだったら、いい加減うんざりしてくるだろうし、まだセリエAでの立場を確立できていない中田からすれば、頼むから余計な波風を立てないでくれ、といいたくもなる。
幸い、およそプラスに働くはずのなかった日本人による日本人のみのための過熱も、中田の挑戦を打ち砕くまでには至らなかった。とはいえ、メディアの側からすると「じゃあ取材やめます」というわけにもいかないのは事実で、追いかけた人間の一人として、ある種の贖罪意識のようなものはずっと持ち続けている。
さて、今年のメジャーリーグも、日本人の関心の大半はドジャースに集まることだろう。もちろん、パドレスやカブスに注目する人はいるだろし、国籍とは関係なく、純粋にメジャーの野球が好きだという方の見方は、また違ったものになるかもしれない。ただ、大谷がいて、山本がいて、今年佐々木が加わったとなれば、注目が集まらない方がおかしい。
それにしても、佐々木はいいチームを選んだ。
メジャーに渡る経緯は賛否両論があるだろうし、わたし自身、せめて日本でフルシーズンをプレーした上で行ってほしかった、とか、選手会を脱退したのは残念だったし、ほかにも思うところはあるのだが、彼がとてつもなく傑出した存在であることに異論はない。なにしろ、空前絶後、あわや2試合続けて完全試合をやりかけた男である。
もし彼が移籍先としてドジャース以外のチームを選んでいたらどうなったか。すでに日本人選手が所属しているチームだったとしても、メディアやファンの注目は佐々木一人に向けられるだろう。監督やチームメイトに向けられる質問の多くは、佐々木関連のものになることが予想される。
チームの中で浮いた存在となる危険性を秘めた状況ができあがりかねない。
二刀流ということでプロ入り1年目から異様な注目を集めていた大谷は、そうした状況に慣れていた。高校時代、怪物と呼ばれた松坂大輔にも免疫があった。
佐々木朗希は、どうだろう。
まだメジャーでの実績はゼロ。口には出さずとも本人の中に不安が皆無だとは思えない。そんな中で、自分の周りばかりにメディアが集まり、まだ信頼関係を築けていないチームメイトまでもが「ササキについてどう思うか」という質問にさらされる。
わたしだったら、いたたまれない。
だが、彼はドジャースを選んだ。大谷がいるドジャースを選んだ。
いかに佐々木がとてつもない可能性を秘めたルーキーであろうとも、メジャーリーグの球史に残るレベルの大谷に比べれば、まだまだ圧倒的に小さな存在である。ファンやメディアの関心も、まずは二刀流を復活させる大谷に向けられることだろう。
さらに、ドジャース自体がアメリカ屈指の人気球団であること、さらには大谷、山本が所属していることで、監督は、選手は、フロントは、日本のメディアがロッカールームに溢れている状況に慣れ親しんでいる。
佐々木からすれば、いろんな意味で“矢面に立たなくていい”状況ができあがっている。
ふてぶてしい百戦錬磨のベテランならばいざ知らず、まだ初々しい、しかも見たところ英語が流暢なようにも見えない佐々木のような選手にとって、考えうる最高に近い環境がドジャースにはある。
しかも、現状ドジャース投手陣における佐々木の存在は、必ずしも必要不可欠、というわけでもない。中4日でローテを守ることが期待されているわけでも、大黒柱として勝ちが計算されているわけでもない。
日本の野球界が外国人選手に対してそうであるように、メジャーリーグも、外国から来た選手に関してはよくも悪くも“使い捨て”の部分がある。結果を出してくれればよし。悪ければ即お払い箱。外から連れてきた選手に、時間をかけてじっくり育てていこうという発想は、基本的に、ない。
ところが、報道を見ている限り、ドジャースは佐々木を使い捨ての助っ人とはみなしていない。まるで掌中の玉を護るかのように、大切に、大切に扱っていく姿勢を見せている。巨大戦力を有し、佐々木ほどの選手であっても“プラスα”程度に考えることのできるチームにしか許されることではない。
やれるのか、やれないのか、ということでいけば、わたしは、佐々木はやれる、やると思う。というか、やれないはずがない。投手としての潜在能力だけならば、大谷でさえかなわないかもしれない。
彼に足りない点があるとしたら、一にも二にもまず経験。1年間通してローテを守った経験、長期間国民的な注目を浴びた経験、そしてなにより、メジャーでの経験。言ってみれば、ポテンシャルを脅かす不安定要素は決して少なくない選手である。
それだけに、注目を引き受けてくれる存在、1年間ローテを守るためのアドバイス、メジャーで生きていくための知恵──そのすべてが近くに揃っていることの意味はきわめて大きい。
この原稿を書いている2月17日の時点で、佐々木のメジャー入りはまだ確定していない。とはいえ、ロバーツ監督のコメントなどからみても、契約通りのマイナー行きが告げられる可能性は低く、どうやら、開幕から先発陣の一角を占めるのは確実なようである。
佐々木が完全試合で世間を驚愕させたのは、入団3年目、初めてローテーションを任されたシーズンだった。世界記録となる13者連続三振、NPB記録に並ぶ1試19奪三振を記録した22年4月の彼は、いまになって振り返ってみれば、完全にリミットを取り払っていた。先のことを考えず、目の前の打者、1球1球に集中しきっていた。プロとして実績と経験を重ね、ある程度先が見えるようになると損なわれていく“若さ”があった。
仮に本当に開幕からのローテ入りが果たされた場合、佐々木は再びリミットを外すのではないかとわたしはみている。彼にはまだ、メジャーでの“先”を見通せるほどの自信も経験もない。あるのは、若さのみ。3年分の齢は重ねたものの、あわや2試合連続完全試合をやりかけたあのころに近いメンタリティでマウンドに立つのではないか。
ちなみに、佐々木がNPB初勝利をあげたのは、21年5月27日、甲子園での阪神戦だった。佐藤、サンズらにタイムリーを喫し、5回4失点でマウンドを降りたものの、直後の6回に打線が逆転して白星が転がり込んできた、という試合だった。
はてさて、メジャーでのデビュー戦はどうなるか。期待して見守りたいものである。
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