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football2024.08.31

鎌田大地のクリスタル・パレス挑戦!卓越したプレーでファンを魅了できるか?

セリエAのラツィオでプレーしていた鎌田大地の、クリスタル・パレスへの移籍が決まった。大都市ロンドンのクラブでありながら、アーセナルやスパーズと違い、のどかで牧歌的なセルハースト・パークを本拠地とするチームへの移籍は、よくも悪くも熱狂的なローマでの1シーズンを送った鎌田にとっては、物凄く居心地のいいものになる可能性がある、とわたしは見る。

今回の移籍に関しては、日本のファンはもとより、英国のメディア、ファンの間からも「鎌田はプレミアで通用するのか」という声があがっている。なるほど、確かに現在のヨーロッパ・サッカーにおいて、プレミア・リーグがヒエラルキーの頂点に位置するリーグであることは間違いない。少なくとも、選手に支払われるギャランティーの平均値に関しては、他を大きく引き離してはいる。

ただ、だからといってプレミア・リーグのレベル自体が他を圧しているかと言えば、必ずしもそうとは言い切れないところもある。

たとえばチャンピオンズ・リーグ。21世紀に入ってから、プレミアのチームは6度、ビッグイヤーを手にしているが、スペインの2強、レアル・マドリードとバルセロナは合わせて11度も頂点に立っている。バイエルンは3回。21世紀に入ってからの優勝回数で、これを上回るプレミアのチームは、ない。

つまり、プレミアのレベルが高いということを否定する人は誰もいないだろうが、他国との差は、存在したとしても十分に勝負になる範囲内に収まっており、「通用するか」というよりは「適応できるか」と見るべきではないかとわたしは思う。

これはプレミアと他のリーグに限った話ではない。いまや、世界のどこに生まれても、世界最高の選手たちがどんなプレーをし、どんなトレーニングをしたことがわかってしまう時代である。かつてはサッカー先進国のみに存在した才能の泉、先進的なスタイルは、世界中どこにでも出現しうる時代になっている。ボール・ポゼッションとゲーゲン・プレスという概念の存在、あるいは関係性に気づいていないフットボーラーは、もはや見つけること自体が難しい。

世界最高のストライカーと評価する人も多いマンチェスター・シティのアーリング・ハーランドは、ノルウェー代表の父を持つ、ノルウェーで育った選手である。にも関わらず、幼かった彼にとってのアイドルの一人はポルトガル人のクリスティアーノ・ロナウドで、ハーランド自身は「自分にとって、彼は常にお手本だった」と語っている。

19歳までのノルウェーのクラブでプレーしていたハーランドが、初めて国外のクラブに移籍したのは19年のこと。南野拓実とともにプレーしたこのシーズン、彼は16試合に出場して17得点をあげた。1年で引き抜かれたドルトムントでは、3シーズンで67試合に出場し、62得点。22年からプレーするマンチェスター・シティでは、昨シーズンまでに66試合に出場し、63ゴールを挙げている。

オーストリア・ブンデスリーガ。ドイツ・ブンデスリーガ。イングランド・プレミアリーグ。この3つのリーグのレベルがほぼ同じだと見る人はほとんどいないだろうが、しかし、ハーランドが残してきた成績は、どこのリーグでもほぼ同じである。付け加えるなら、対戦相手との力関係において、シティやドルトムントより相当に苦しい立場にあるはずのノルウェー代表でも、彼は33試合出場31得点という記録を残している。少なくとも、ハーランドにとってのプレミア・リーグは、ノルウェー・リーグやオーストリア・ブンデスリーガとは別次元での存在、ではなかったことだろう。

21世紀に入ってから、長らく斜陽を嘆かれているセリエAとはいえ、レベルでいったらノルウェーやオーストリアよりも下ということはない。ドイツ・ブンデスリーガと比較すれば、どちらが上か人によって評価が分かれるところ、かもしれない。つまりは五十歩百歩。にもかかわらず、鎌田がフランクフルトほどにはラツィオで活躍できなかったのは、監督や戦術のスタイルだけでなく、イタリアとドイツ、ローマとフランクフルトの環境が大きく関係したのではないかと個人的には思っている。

ドイツ人にとって、ブンデスリーガでプレーする日本人はもはや少しも珍しい存在ではない。失敗する選手がいれば、成功する選手もいるという、ごくごく当たり前の存在。そして、フランクフルトは都会ではあるものの、ドルトムントやゲルゼンキルヘン(シャルケ)などと違い、サッカーに熱狂的な土地柄、というわけでもない。鎌田としては、一人のプレーヤーとして、フィールド上でのプレーに専念しやすい環境であったことは間違いない。

イタリアは違う。多くのイタリア人にとって、もっとも名の知られた日本人選手は依然として中田英寿であり、彼の成功を上書きする日本人は現れていない。ドイツに比べると、日本人選手に対して懐疑的な見方は色濃く残っており、かつローマは、ラツィオは、ファンが熱狂的であることでも知られている。気質でいうならば、フランクフルトがヤクルト、ラツィオのファンは阪神にたとえられるかもしれない。プレーの出来はもちろん、ひとつのコメントでも喝采や炎上が起きやすいのがイタリアなのである。

そんな環境で、日本人でありながら中心選手としての役割を期待された鎌田に対する視線は、フランクフルト時代に比べると間違いなく懐疑的なものがより多く含まれていた。他国の選手であれば見過ごされていたものが、必要以上にピックアップされてしまう面があった。

それでも、ラツィオでのシーズン中盤から後半にかけて、鎌田の評価は着実に上向いていた。多少時間はかかってしまったものの、環境にアジャストさえすれば、彼の能力がセリエAでも十分に輝ける次元のあったことの証明だったと言っていい。このことは、本人にとっても少なからず自信になったはずだとわたしは思う。


そして、新天地として選んだクリスタル・パレス。過去に二度、わたしはセルハースト・パークで観戦したことがあるが、よくも悪くも、ロンドンのチームだというのが信じられないぐらい、アットホームで牧歌的なクラブだった。新しくやってきた日本人選手に対する反応も、ここまでのところ、おしなべて好意的なものが多い。これは、クラブの雰囲気だけでなく、冨安や遠藤など、日本人選手が地道に評価を高めてきたことも無関係ではないだろう。1年前のラツィオより、鎌田にとってはやりやすい環境になっているのは間違いない。

なので、鎌田はクリスタル・パレスでやれるのか、やれないのかと問われれば、わたしは「やれる」と答える。それも、相当にやれる、と見る。

世界各地から様々な才能が集まってくるプレミア・リーグだが、鎌田のサイズがあって、鎌田ほどのテクニックを誇る選手は決して多くない。わたしがイメージするのは、かつてトットナムやモナコでプレーし、長身ながらエレガントなプレーでファンを魅了したグレン・ホドルである。これは、鎌田が脚光を浴びるようになってからわたしがずっとイメージしてきたことであり、イングランドのメディアが、ファンが、「今度クリスタル・パレスに来た日本人はまるでホドルみたいじゃないか」と言い出してくれることを、いまはひそかに期待している。

もちろん、壁がないわけではない。三笘がブライトンで活躍するまで、プレミアに挑戦した攻撃的なポジションの日本人選手は、結果を残せずに終わるケースが多かった。結果を出せない時期が続くようであれば、冨安や遠藤に比べると攻撃的な鎌田が、南野や武藤と同一線上で語られることが増えてくるかもしれない。

なので、大切になってくるのは序盤の戦い。クリスタル・パレスは開幕戦を敵地でブレントフォードと戦い、2節をウェスト・ハム、3節はチェルシーとぶつかることになっている。チームとして相性のいいブレントフォード戦で勢いに乗り、続くホーム開幕戦、さらには優勝候補のチェルシー戦で結果を残せるようなことがあれば、大爆発も期待できる。

24年8月現在、鎌田は日本サッカー界にとって最も期待される選手、というわけではない。だが、1年後、いや、ひょっとしたらもっと早く、彼が三笘と並び称される日が来るかもしれない。個人的には、過去イチなぐらい楽しみなプレミア・リーグの開幕である。

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