フリーワード検索

running2020.02.18

ヴェイパーフライ規制論争(いわゆるナイキ厚底シューズ論争)について総括【中編】。ナイキ ズームXヴェイパーフライネクスト%の仕組みとは?

[ 前編はこちら ]

年末年始と大きな話題となっているナイキ社のランニングシューズだが、そもそもヴェイパーフライネクスト%とは一体どんな仕組みのシューズなのか?そして速く走れるシューズなのか?その点について語っていこう。

カンタンに言えば、トレーニングシューズみたいにクッションがあって、メチャクチャ軽い、というのがヴェイパーフライと言えるかもしれない。

さらに言えば、構造もシンプル。ミッドソールにカーボンプレートがサンドイッチされているだけとも言え、真っ二つに裁断した画像が出回っているが、拍子抜けするぐらいにその“トリック”はシンプルなのだ。

ただその前に“厚底”という表現には整理が必要である。厚底にもカテゴリーがあるのだ。

トレーニングシューズ(デイリートレーナー)と言われるサポート性の高いものと区別して、ヴェイパーフライの厚底とは、ロングでのレース用や、テンポを上げる(スピードを上げる)とき使うシューズで、通称テンポアップシューズと呼ばれるカテゴリーのものに該当する。

ちなみに、海外では、“薄底”はレーシングフラットと呼ばれ、スパイクの代わりにロードで履くもの、という認識。薄底をロングディスタンスレースで使用することは、海外では、アスリートをはじめ、市民ランナーでも稀である。

日本の“薄底ワールド”はそもそもガラパゴスになっていることを追記しておく。よって薄底VS厚底という対決構造を、世界のランナーに理解してもらうのは難しいのではないかと筆者は考える。

硬いロードの上を長時間走るのに、シンプルに考えた時に薄底であることの優先度は低い。2017年5月の「ブレイキング2」に向けて作られたそのシューズは、エリウド・キプチョゲ選手の“ロードで履くスパイクのようなシューズ”というリクエストから生まれたもの、言い換えれば、それにクッションをつけて欲しい、というリクエストであったと言っていいものだ。

構造的には非常にシンプルなのだが、踵部の約40mmのスタックハイトは、実は、最もサポート性、クッション性が高いトレーニングシューズを見渡しても、見当たらないすごい厚みのスタックハイトだ。

そのミッドソール「ズームX」は、Pebax(ペバックス)というポリアミドブロックとポリエテールブロックを掛け合わせて、通常素材(EVA)より軽くて、そのエナジーリターンが約9割弱と反発弾性の高い特性を持つ素材。

作用・反作用を考えたとき、クッションがあることは、リターン時にエネルギーが分散して多少の損失がある。ズームXは、それが最も少ない素材ということになるのだ。

しかし、約40mmのスタックハイトのブニョブニョの素材では、いくらエナジーリターンがあるからと言って、ランナーが推進方向にうまくリターンできない可能性が大。ソールが厚くなることでクッションは増すが、その分安定感は失うことになるからだ。

その問題をカーボンプレートが解決する。

ヴェイパーフライは、カーボンプレートがバネを作っているような印象を持つランナーも多いかもしれない。第一世代、ヴェイパーフライ4%という名前は、代謝コストを4.2%抑える事から名付けられたのだが、カーボンプレートの貢献はそのうち1%という研究データもあるのだ。

つまり、このPebax(ペバックス)でカーボンプレートを包み込んだシンプルな構造のシューズは、それぞれが個別に機能しているわけではなくて、まさにそのコラボレーション、“柔らかい+硬い“の組み合わせの妙、それがハーモニーになって推進力となっていると言われている。

このように、とにかく推進力が出るシューズなのだが、構造と効果のそのロジックは実のところ研究者によっても意見が分かれて、謎に包まれている。つまり、効果があるランナーもいれば、効果がないランナーもいることも、World Athleticsの新基準策定に影響したと言ってもいいかもしれない。

結論として、ヴェーパーフライネクスト%は、“速く走れるシューズ”ではなく、“速く走れるランナーもいる”“速く走れる確率を高めてくれる”シューズであると思って欲しい。


<第1世代から最新の第3世代は進化、ネクスト%で世界中に広まった>

発端はナイキのタイムトライアルイベント「ブレキング2」でエリウド・キプチョゲ選手らが履くために作られたシューズがスタート、標準偏差で代謝コストが4%効率あがることから、そのシューズの名前になったものだ。

経済的な成果は、ナイキのまさにアスリートのために金に糸目をつけず実行したプロモーションと、それに応える、エリウド・キプチョゲという最高のパフォーマーの成果だと言っていい。その後、イネオス1:59 チャレンジでブレイキング2を達成(1時間59分40秒)することで、それは、ある種爆発的なものになったわけだ。

多くの仕掛けと最高の成果によって、偶然というより必然なのか、そうやって作り出されたシューズであり、カンタンに模倣することは難しいのは構造だけでなくそのマーケティング手法にもある。

発売モデルでは、第1世代、第2世代と第3世代のネクスト%では、実は決定的な違いがある。それはドロップ、シューズの傾斜が違う。ネクスト%は、前2代よりも、11mm→ 8mm 3mmダウンになって実は使いやすくなったことも追記したい。

ドロップ(坂道)が、急なことで、体のバランスを崩しやすい一方で、比較的、高速ではややトゥマッチであるという意見もあり、前モデルまでは、クセを感じるランナーも少なくなかった(特に市民ランナー)。

しかし、現行モデルよりシューズがフラットになったことで、接地感がスムーズになり、ある程度どんなフォームのランナーもメリットが見出せるようになった。

「前足部分のフォームが厚くなったので、ストライドの最後の瞬間のエナジーリターンがより大きくなったように感じる」というアスリートのコメントが象徴的、それも世界的ブームの一因だと言ってもいいだろう。

また、今回のシューズアッパーである「VaporWeave(ヴェイパーウィーブ)」という編み込みは、とてもフィット感がいい。わたしは個人的にこのシューズの一番好きな点だ。編み込みをきつくすることで、雨などウエットな環境にも対応するばかりか、通気性もとてもいい。あまり書かれていないが、これは他社のレーシングと比べても、このシューズのとても大きなアドバンテージだと言える。


<そして、ナイキネクスト%はアスリートを前進させる…>

そして、2月5日「ナイキエアーズームアルファフライネクスト%」が発表された。

いわゆる、エリウド・キプチョゲ選手がイネオス1:59で履いたアルファフライとは違って、これは「修正版」だ。

ソールの厚みは未公表であるが、カーボンプレート3枚、ズームパッド4個ついたと一部報道では言われていたキプチョゲモデルから、カーボンプレート1枚、ズームエアーパッド2個の新レギュレーションに合わせた仕様に変更されている。

同時に、「ナイキエアズームテンポネクスト%」「ナイキエアーズームテンポネクスト%フライイース」も発表され、カーボンプレートはないものの、同じようにズームエアーパッドが装着しているなど、アルファフライネクスト%とのトレーニングでの補完性を高めた作りになっていると言う。

アスリートにとって、イネオス1:59でのトライは、究極のテストランであったという。かつてのマイル4分のように、マラソン2時間という“壁を破ること自体”が大事。キプチョゲのような誰かがそれを破ることで、それは壁ではなくなる。

アスリートにとって壁という固定観念を壊す、そのキッカケをシューズの進化が生み出したのだ。

2月29日アメリカのマラソンオリンピックトライアル、3月1日東京マラソンで多くのアスリートが着用することになるのは間違いない。ナイキのアドバンテージは揺るぎないものになっていくのであろうか?


中編ではヴェイパーフライネクスト%とは一体どんな仕組みのシューズなのか?速く走れるシューズなのか?そして新作アルファフライになどについて、筆者なりの視点で書かせてもらった。続く 後編 では、ここまで大きなムーブメントとなったナイキのランニングシューズに対して、他ブランドのシューズの今後について語ってみようと思う。

BUY NOW

SEARCH フリーワード検索