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baseball2020.05.20

『大谷翔平は、モハメド・アリになるかもしれない』

自戒も込めていうと、スポーツにまつわる報道には、時折、願望が混じる。

ひょっとすると、スポーツに、あるいは日本人に限ったことではないのかもしれない。コロナ・ウィルスについて伝える記事の中には、明らかに終息への期待が込められたものがあるし、レアル・マドリードとの決戦を控えたバルセロナのメディアは、明らかに勝利への祈りを込めた記事を発信している。記者も人間である以上、そうなってほしい、そうあったほしいといった思いを完全に封じ込めるのは簡単なことではない。

ただ、ことスポーツの報道に関する限り、そして日本人の報道に関する限り、ちょっと行き過ぎかな、と思うところが実はあった。

海外でプレーする日本人選手についての報道である。

自国の選手が異国で活躍するのは、日本人に限らず、どんな国の人にとっても嬉しいもの。86年のメキシコ・ワールドカップでは、メキシコ代表でただ一人スペインでプレーしていたウーゴ・サンチェスが、他のメンバーすべての人気を合わせても追いつかないほどの注目を集めていた。当時のメキシコ人にとって、自国の選手がかつての宗主国で活躍するということは、それは特別なことだったのだ。

だから、日本人がヨーロッパでプレーするサッカー選手や、海を渡ったメジャーリーガーを特別視するのは、決して異様、異質なことではない。ただ、日本人の場合、嬉しい気持ち、海外の人から認められたいという願望が強すぎるというか……意識的か無意識かはともかく、ちょっと「盛って」しまいがちな傾向がある。それがどういう形になって現れるかといえば「世界が驚いた」「世界を驚かせた」「世界が認めた」……いささか気恥ずかしくなるほどの「世界」の連発である。

残念ながら、野球にしろサッカーにしろ、海外でプレーした、あるいはしている日本人選手の中で、チームの枠を超えて認知された選手はごく一握りである。阪神ファンの多くが他チームの助っ人にあまり興味を持たないように、である。

もし本当に世界が認めた、驚いたというのであれば、その名声は、知名度は、チームの枠はもちろん、国の枠、競技の枠も超えていく。残念ながら、中田英寿はイタリアの枠は超えきれなかったし、たとえばイニエスタのような、真のワールドクラスと呼べる域に達した日本人サッカー選手は出現していない。

メジャーではどうか。野茂英雄はスターだったが、スーパースターというよりは、パイオニアとして認知された部分が大きかった気がする。イチローは……ひょっとすると、日本での評価とアメリカでの評価にさほど大きな乖離のない初めての例かもしれない。彼は、文句なしに日米両国でのスーパースターだった。

ただ、彼はホームランバッターではなかった。剛速球投手でもなかった。誤解を恐れずに言い切ってしまえば、彼はボクシング中・軽量級における伝説的な世界王者だった。マニー・パッキャオではあっても、モハメド・アリではなかった。

大谷翔平は、モハメド・アリになるかもしれない。

パッキャオはもちろん素晴らしいボクサーだが、アリほどに特別ではない。ヘビー級の常識を打ち壊し、黒人アスリートのイメージを覆し、ボクシングというスポーツへの見方を一変させたアリほどには、特別なことをしていない。

だが、ベースボールを産み出した国の若者さえ目指そうとしなかった二刀流という道を彼は目指し、どうやら、そのどちらでもメジャーのトップレベルにあることは実証されつつある。世界中、誰もやらなくなっていたことを、日本の若者がやり、本場を黙らせた。これはもう、前代未聞の快挙である。

想像していただきたい。今後、アメリカからも大谷のように、二刀流でメジャーを目指そうとするものが出てくるだろう。そうなった時、その選手はきっとこう呼ばれるのだ。

大谷2世、と。

いうまでもなく、イチローは素晴らしい選手だったが、多くのアメリカ人は、その素晴らしさの根源を日本人であることに求めているフシがあった。つまり、あの起用さ、俊敏さは日本人だからこそ可能なのであって、一般的にアメリカ人にはちょっと難しいと。

だが、いま大谷がやっているのは、アメリカの伝説、ベーブ・ルースがやっていたことでもある。その後、メジャーリーグには世界中から多くの選手がやってきたが、その誰もができなかったこと、アメリカ人にしかできまいとアメリカ人が思っていたことを、日本人がやっているのだ。

現時点での大谷翔平は、まだ世界的、伝説的な高みへと続く門の、とば口に立ったところといっていい。厳密にいえば、まだ彼は何もなし遂げていないし、なし遂げられないまま終わる可能性もないわけではない。

ただ、彼がこの先どうなっていくかということに関しては、日本人のメディアだけでなく、アメリカの人々にとっても大いなる関心事であり続けることだろう。

世界的な企業を作り上げ、数多くのノーベル賞受賞者を産み出してきた日本社会は、まだ、世界のスポーツ史に名を残す存在は産み出せていなかった。ベーブ・ルースのような、モハメド・アリのような、ペレのようなクライフのようなマラドーナのような、世界中の誰もが知る伝説は産み出せていなかった。

大谷翔平の出現は、そんな歴史にピリオドを打つかもしれない。たぶん、これは願望ではないと思うのだが。

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