レガゼロを生んだアシックススポーツ工学研究所に潜入!最先端の技術で提供するプロ選手の靴とは
人間の「運動動作」に着目・分析し、それをもとに独自に開発した「材料」と「構造設計技術」を用いて、スポーツをする人の無限の可能性を引き出していく。アシックスの研究開発の根幹となるのがISSアシックススポーツ工学研究所(ASICS Institute of Sport Scienceの頭文字からISSと呼ぶ)だ。
爆発的に「飛ぶ」バット「レガートゼロ」を生み出したのも、そのISSの研究成果による。今回ISSに潜入させてもらい、その驚くべきテクノロジーを目の当たりにした。
■実験・解析の舞台
建屋に入ると、さっそく実験の現場に出くわした。トラックに三種類のレーン。アスファルトと二種類のトラック。床にセンサーを埋め込む場所がある。中庭には人工芝が敷き詰められ、球場と同じ路面状態での実験をすることが出来る。人に、道具に、地中にセンサーを設置し、人の動作中のデータを集めて解析する。
■シューズづくりの現場
製品において大きなウエートを占める靴。アシックスでは100万人以上もの足形のデータを集めている。
素材から靴へ。その工程ごとにラボがある。構造設計、材料配合、成型、品質試験。
シューズのソール材料の配合はオリジナルで作る。原材料を混ぜ合わせては試し、創り上げる工程は、さながら「料理」のようであるという。
製品が形になるまでには、パーツ・採用エリアによって異なる配合をしたり、前後左右の形状や配置を変えたり、様々な試行を繰り返す。設計やデザインなど多くの工程にコンピューターシミュレーションが使用され、その都度サンプルを作る手間暇は少なくなる。
■試験に継ぐ試験
色落ち、色褪せ、引き裂き強度、摩耗、屈曲など、さまざまな状況を想定した素材としてのテスト、製品としてのテスト、そして実際に着用・使用してのテスト。物性試験では公的なJIS規格に加え、アシックスでは独自に高い基準値を設け、それをクリアしたもののみが商品として提供されていく。
■レガートゼロを作った反発試験
特別な機械を見た。バットの反発力を測るための、反発測定器だ。スポーツ用品メーカーがこの装置を持っている例は極めて稀。ボールを高速で発射してバットにぶつける試験が繰り返し行われる。外注で行うと時間がかかるが、研究所内にあるため正確な数字を用いてデータが取れ、すぐにフィードバックすることが出来る。
■スウィングID
アシックス独自のスウィング測定システムで、実際にレガートゼロの試打を見せて頂いた。
測定はティー打撃で行う。スウィングスピードとボールの初速、角度、スピン、推定飛距離、そして「ミート力」。これらがディスプレイに数字で出てきて一目瞭然!空気圧によるミート力の変化もよく分かるし、従来品のバーストインパクトと比べても、数字の差は歴然だった。
このスウィングIDは、バットの開発に使われるほか、常設する店舗もある。学校の野球部などが年間を通じて指導やトレーニングに使う例も増えているそうだ。
■開発とともに力を入れているプロ選手のスパイクカスタム
スポーツ工学研究所の敷地内にはレガートゼロのようにゼロから開発した商品のほか、市販品をベースに、アスリートの要望に応じて様々な改良を加えたカスタム品を提供する部門がある。バスケットボールの渡嘉敷来夢選手や篠山竜青選手、ハンドボールの宮﨑大輔選手のシューズ、ダルビッシュ有選手、大谷翔平選手などへ多くのギアを提供してきた実績がある。
カスタム生産部の天野博之さんに、丸佳浩選手(巨人)、田中広輔選手(広島)、鈴木誠也選手(広島)のスパイクシューズを中心にお話を伺った。
――三選手のスパイクシューズですが、それぞれどんな特徴があるのか教えてください。
「丸選手のスパイクシューズはミッドソールと呼ばれるクッション材がかかとから前まで前面に入っています。金具とか地面からの突き上げを緩和するため、足が非常に楽だということで使って頂いています。
田中選手の場合は、商品の規格のままだと柔らかすぎて横にぶれるところを強化したり、かかとのフィーリングを合うように材質を変えたりしています。ソールは地面にしっかり立っているような感覚を重視して、フラットなものを気に入って使ってもらっています。
鈴木選手は色々なものを使ってもらっていて、開発中の2020年モデルの商品に手を加えていっているところです。市販品は履き口の低いローカットなんですが、鈴木選手は足首に怪我をされたところから、少し高いカットに変更しています」
――三選手の足の計測は毎年行うということですが、いつ頃の時期にされるのでしょうか
「シーズンが終わって次のキャンプが始まるまでの間、大体12月くらいに計測させて頂いています。1年間スパイクシューズを使ってみての話を聞いて、実際に計測して、次はこうしましょうという話をその時選手とさせてもらいます」
――選手からこうして欲しいという要望があった時に、苦労した面は色々あると思いますが、具体的に教えていただけますか
「毎回苦労はしますが(笑)やはり選手に納得して満足して履いてもらいたいので。例えば田中選手ですと、最初に履いた時は『悪くはないけど、試合では使えない。ここの弱さとか、かかとのフィーリングが全然合わない』と。じゃあどこがどう駄目なのか、どこを改善しなければならないのか、色々考えて対応しました。『横ブレする』ところの裏に伸びにくい材料を足していく。1枚足すとまだ弱い。2枚足すと堅くなりすぎる部分が出たので、1枚は全体に、2枚目は部分的に、と分割したパターンを作成してOKとなりました」
――特に難しいのはどういうところですか
「言われて難しいのが、感覚的な話ですね。『何か合わないんです』とか『ちょっとこの辺が』という表現を形にするのが難しいです。
特に、田中選手はシューズとのフィーリングを大切にされているので、スパイクシューズを新調する際、材料や内部構造が前とどう変わったのか、その辺を全部調べて要望に近づけるようにしています。一発で上手くいくときもあれば、やり直してやり直してという時もあります」
――選手が測定でこちらにいらした時のエピソードはありますか
「皆さん話しやすいです。こちらの話もすごく聞いてくれますし、自分の体のことも用具のこともよく理解していて、思ったことをどんどん言ってくれる。僕としてはいつも楽しくやらせてもらっています」
――今後はどのようなシューズを手掛けたいと思っていらっしゃいますか
「野球には色々な道具がありますが、その中でスパイクは攻撃でも守備でも、グラウンドにいる時は常に履いている。そこで選手のストレスや疲れをなるべくなくしていき、『靴履いているのを忘れる』くらいに出来れば、それが最高の状態と考えています。そこに出来るだけ近づけるようにしたいですね」
――この仕事で一番やり甲斐を感じる瞬間とは?
「選手に『この靴じゃなきゃ駄目だ』『これしか履きたくない』と、その一言を言われたらもう最高にうれしいです。そこを本当に目指しています」
――今までで一番嬉しかったことはどんなことですか
「三選手ともインソールをうちで作っています。取らせてもらった足形を元に足に合うような中敷きを作ります。丸選手が『このインソール抜群にいい』と言ってくれまして。それまでは足になじむまで慣らし期間が必要だったのが『これだったら試合の1分前にもらっても大丈夫です』って。めちゃくちゃ嬉しかったです。田中選手も試すサンプルを持っていく時にインソールを入れてなかったら『そもそもインソールがこれじゃなきゃ駄目だ』と言ってくれました」
――これからは選手の足元にも注目してみます。ありがとうございました。
道具を使うのは、人。作るのも、人。
テクノロジーの粋を極めた研究開発の最高峰アシックススポーツ工学研究所。それを支えているのは、携わる人々の情熱だった。アスリートの願いを叶えるために、データと技術を駆使し、新しい可能性を開こうとする人々が、そこにはいる。
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