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football2021.11.05

田中碧の日本代表初ゴールに秘められた、無限の可能性とは

何回見返しても凄い。W杯・アジア最終予選、オーストラリア戦で田中碧が決めたゴールである。

左サイドから南野が入れてきたクロスは、まずDFに当たってコースが変わり、さらに田中の目前でインターセプトに入られそうにもなった。にもかかわらず、田中は何事もなかったかのようにボールをビタ止めし、狙い済ましたコントロール・ショットをサイドネットに送り込んだ。一連の動作からは、なんの戸惑いも、驚きも感じられなかった。



それが、信じられない。

田中が生粋の、それも超一流のストライカーだというのであれば、まだわからないでもない。

味方がシュートを放つ。「決まれ!」とほとんどの選手が祈るところを、「決まるな、俺のところにこぼれてこい」と考えるのがストライカーに求められる思考形態である。こういった人種は、普通に考えればまず相手DFに問題なくカットされるようなボールでも、「ひょっとしたらやらかすかも」と目論む。目論むことができる。

逆に、たとえどれほど素晴らしい技術の持ち主であっても、思考形態がストライカーのそれでなければ、いわゆる“QBK”になってしまう。「急にボールが来たので」というヤツである。

だが、田中はボランチの選手である。少ない可能性に賭けることのできるストライカーとは違い、常にリスク管理を頭のどこかに置いていなければいけないポジションである。

オーストラリア戦のあの場面、相手ペナルティエリアに侵入する位置取りをしていたこと自体、田中の本来の役割を考えればかなりの勇気が必要だった。勝つためにゴールが必要な日本ではあったが、まだスコアは0-0で、オーストラリアのカウンターには十分な注意が必要だった。

そんな状況で、南野のクロスは相手に当たってコースが変わった。ほとんどのボランチの選手であれば、まずこの時点で意識が後ろ向きに引っ張られる。さらに続けて目に入ってきたであろう、インターセプトを試みる相手の動き。カットされれば、そのまま一気のカウンターもありうる。なにしろ、速攻をケアすべき人間の一人──つまり自分は相手ペナルティエリアの中に位置しているのだ。

にも関わらず、彼は超一流のストライカーでもちょっとできないような、落ち着きはらったトラップを見せた。

凄い。凄すぎる。

なぜあれほど素晴らしいトラップができたのか、という点に関しては、ある程度納得のいく理由を見つけることはできる。

田中は、フロンターレの選手だった。風間八宏監督によって、「止める」という行為が細かく定義付けされ、その定義から外れたトラップに関しては、たとえ完全なトラップに見えたとしても失敗だったと断定されるチームで育った選手だった。

風間監督の指導では、一つのトラップに対して「どこに」「どうやって」「何秒で」というところまで求められる。どれほど見栄えのいいトラップでボールを収めたとしても、次のプレーに移行するためにもう1アクションが必要なのであれば、それは「止めていない」ということになる。

そういった意味からすると、オーストラリア戦で田中が見せたトラップは、まさに風間が選手たちに求め続けてきたトラップだった。映像を見直していただければわかる。止めてからシュートまでの動きは、見事なまでにつながっているのである。

ただ、これはあくまでも技術的推測であって、なぜ彼があの場面でストライカーでなければ下せないような判断に身を委ねることができたのか、という疑問は残る。くどいようだが、彼はボランチで、状況は0-0だったのだ。

誰しもが納得しやすい結論として一番手っとり早いのは、いわゆる「ゾーンに入った」という言葉で片づけてしまうことだろう。わたし自身、過去の様々な取材の中で「あの瞬間はなぜかスローモーションのように感じられて……」といった当事者の言葉を聞いたことがないわけではない。

ただ、これもあくまでも個人的な印象なのだが、そういった証言のほとんどは、試合なり勝負なりの最終的な局面で、絶体絶命か、天国か地獄かの分かれ目か、とにかく、自分の決断と行為が極めて多くの意味を持つ──といった状況をくぐり抜けた方の口から出たものだった。



あのオーストラリア戦は、確かに日本にとって極めて重要な一戦ではあったものの、田中の先制点は試合のまだ序盤で、かつ、彼と日本の運命をこれで決定づける、というほどの場面ではなかった。

なので、現時点でわたしが思いつく唯一の理由は、田中碧という選手が、極端に広い視野と極めて高い情報処理能力を持っていたからではないか、ということになる。

かつて、F1で頂点を極めたジェンソン・バトンというドライバーに聞いたことがある。

「緊張とスピードの高まりに比例して、ドライバーの視野は狭くなっていく。初めてF1のコックピットでハンドルを握った時は、視界が筒の中から遠くを覗くような感じだった」

彼に言わせれば、F1パイロットに求められる資質は多々あるが、緊張とスピードに支配されない視野の持ち主がいれば、それこそ天才かもしれない、ということだった。他のドライバーに見えないところまで見えるということは、それだけ選択肢の幅が広くなるということを意味するからだ。



なぜ田中碧は、あの場面であのトラップができたのか。残念ながら、いまのところその答はわからないし、それについて書いた記事にも出会えていない。ただ、わからない理由に思いを巡らせ、いつ出会えるかわからない答を待つのも、スポーツを見る楽しみの一つではある。

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