山田哲人の快進撃が、始まる予感を感じさせた一打とは。
普段は冷静沈着で知られるヒトが、我を忘れて興奮したりすると、こちらまでビックリしてしまうことがある。
いつだったか、サッカーのアジアカップで解説をしていたセルジオ越後さんが日本のチャンスに「行けーっ!」と絶叫したのには思わず度肝を抜かれたし、最近では、野球でも似たようなことがあった。
「抜けろーっ!」
ラジオで叫んでいたのは宮本慎也さんだった。ビックリしたし、笑ってしまった。というのも、同じ場面を中継していたテレビでは、アナウンサーが思わず「入ったーっ!」と絶叫していた。つまり、打った瞬間、ホームランと錯覚させるほどの打球に対して、宮本さんは外野の間を抜けることを祈ったのである。
普段の状況であれば、わたしも「いやいや、打った瞬間抜けるのわかるし」と突っ込みたいところだったが、このときは状況が状況だった。相手は日本に対して戦意というか敵意をむき出しにしてくる国で、試合が始まってからも「は?」といいたくなるようなクレームというか嫌がらせを連発してきていた。こちらとしては不快感というか、イライラが十分すぎるほどに募っており、そんな場面で、すべてを吹き払う一打が放たれたのである。
おかげで、それまでのモヤモヤは、ビール前のサウナになった。あれがあったからビールが美味い、と言える一打だった。
打ったのは、山田哲人だった。
痛快無比の一打に日本人として存分に溜飲を下げさせてもらったのも関わらず、しばらくすると頭をもたげてきたのは阪神ファンとしての性だった。
やばい、これで元気になっちゃうかもしれない──。
アスリート全般について言えるのかもしれないが、野球に関しては特に、気持ちの張りみたいなものの重要性を痛感させられることがある。
常識的に考えて、試合に出ている時と出ていない時、肉体的にしんどいのは出ている時に決まっている。ところが、骨折してでも出場を続け、あろうことか片手でヒットまで打っていた鉄人、あるいはアニキと呼ばれていた選手は、連続出場が途切れた途端、信じられないほど急速に衰えていってしまった。
同じことは、背番号1をつけてショートを守っていた選手にも起きた。肉体的なキツさを補ってあまりあるほど、連続フルイニング出場を続けるこだわりと誇りが、彼らに力を与えていたということなのだろう。
山田哲人はまだ若い。ただ、19年9月14日のベイスターズ戦以降の山田は、それまでの山田ではなくなってしまったような印象がわたしにはある。
この日、彼は盗塁を失敗した。前年から続けてきた連続盗塁の成功記録が「38」で止まった。堅いと見られていた盗塁王の座は、阪神の近本に持っていかれた。
翌年、山田の盗塁は「8」に激減した。
もちろん、ケガの影響も大きかったのだろう。ただ、連続盗塁記録が途絶えてからの山田は、それまでほどには盗塁への意欲を見せなくなったようにわたしには感じられた。
元阪神の赤星さんによれば、「足にスランプはない」というのはウソだという。バッティングやピッチングに好不調の波があるように、盗塁や走塁にも、バイオリズムや状況、環境によってのブレはある。
ただ、そうはいっても、直近の5年間のうち4年は30盗塁を上回り、コンスタントに2ケタの盗塁を記録してきた男が20年に残した「8」という数字は、肉体だけでなく、心理的な影響をも想起させた。
つまり、金本や鳥谷がそうだったように、山田にとっては、盗塁の連続成功記録が走る上での大きな張り合いになっていたのではないか、と。
だが、冷静沈着で知られるOBの宮本さんの我を忘れさせ、日本中を歓喜の渦に巻き込んだ一打を放ったことで、彼の中にまた新たなモチベーションが誕生するかもしれない。
阪神ファンとしては、それが恐ろしかったのだ。
21年シーズンの山田も、盗塁数は伸びていない。一方で、ホームラン数や打点などはトリプルスリー達成したシーズンにも負けないペースで伸ばしてきている。肉体的なコンディションがどん底、ということは考えにくい。
これまた赤星さん(だったかな?)の受け売りになるが、盗塁とはすなわち、意志のプレーなのだという。バッティングが反応のプレーだとしたら、盗塁は走者自身が行く、盗むと決断しない限り発生しない。
やっぱり、大切なのは気持ちということになる。
開幕3連戦で3タテをさせてもらったものの、その後、阪神はヤクルトにかなり手こずっている印象がある。いや、対戦成績だけを見れば十分すぎるほど勝ち越しているのだが、対戦防御率はセ・リーグ5球団の中でダントツに悪く、期待の佐藤輝明もすっかり封じられてしまっている。
何かちょっとしたきっかけで、すべてがひっくり返ってしまいそうな予感がある。
そして、侍で存分にスリルと快感を味わったであろう山田の存在は、「何か」どころでは済まない大きな役割を可能性がある。
なので、阪神ファンとしてはただひたすらに祈る。山田哲人さま、願わくば、大爆発は東京ドームと神宮だけでお願いします。というか、東京ドームでは特に、お願いします。
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