阪神タイガース・才木浩人、世界王者ドジャースに快投 大谷翔平との再戦が語る成長の2年間

才木が大谷に2年ぶりのリベンジを果たした!……とネットやメディアで騒がれて、一番戸惑っているというか、苦笑いをしているのは才木浩人本人ではないかと思う。
確かに、ドジャースを相手に見せた才木のピッチングは見事だった。5回を投げて被安打1の7奪三振。前日、カブスをパーフェクトに封じた門別も素晴らしかったが、なにしろ、才木が相対したのは“世界チャンピオン”である。日本人はもちろんのこと、のんびりと試合を眺めていたアメリカ人をも驚かせたのは間違いない。
ただ、試合後に才木自身が口にしていたように、阪神が勝ったのはあくまでも親善試合であり、コンディションの面はともかくとしても、試合に賭けるモチベーションという点では圧倒的、といってもいいぐらいの差があった。阪神にとっては千載一遇の機会でも、メジャー側からすれば本番前の腕慣らしにすぎない。そこで抑えたから、勝ったからといって諸手をあげて喜んでしまえるほど、才木は、というか阪神の選手たちはおめでたくなかった。
試合後、ドジャースのロバーツ監督は才木の投球に賛辞を贈った。必ずしも社交辞令ばかりではないだろうし、幾ばくかは本音の部分も含まれているとは思う。とはいえ、国籍や贔屓を全部取っ払って試合を眺めたら、本イキで5回無失点の才木より、4回3分の1を投げて3失点だったブレーク・スネルの投球に凄味を感じた人の方が多かったのではないか。
手元でギュインと曲がる変化球に、阪神のバッターはほとんどついていけなかった。曲がりが大きいメジャー公式球の影響もあったのだろうが、カットをしにいって空振り、というシーンが一度や二度ではない。メジャー相手に2試合連続完封勝ちを収めた。
実際、練習試合とはいえ、勝ったことで得られたものもある。試合後、カブスもドジャースも、阪神の選手と交流をしていたが、もし試合がメジャー側のワンサイド・ゲームで終わっていたら、交流はもっと表面的というか、薄っぺらかつ熱の低いものになっていたのではないか。
勝って当然と思っていたであろうメジャー側は、「ああ、やっぱり」でしかなかった対戦相手に、新たなリスペクトなど抱けるはずもない。力の差を痛感させられた側は、コミュニケーションをとるにもより一層の勇気が必要になる。間違っても、カブスの今永が門別にスプリットの握りを聞きに行く、なんてことは起こらなかっただろうし、才木がタイラー・グラスノーにパワー・カーブの投げ方を教えてもらうのは、もっと難易度の高い行為になっていた気がする。
追い込まれていてからの対応にずっと課題を抱えていた佐藤輝明は、カウント2-2からの高め直球をスタンドに放り込めたことで、自分がやってきたことに大きな自信をつかんだことだろう。カブス、ドジャースの投手陣を相手にしても自分の形が崩れなかった前川右京は、とてつもないキャリアハイの数字を残すのでは、と予感させてもくれた。才木にとっては、大谷を2打数ノーヒットに抑えたこと以上に、追い込んでからのフォークではなく、カーブでメジャーの強打者から三振を奪えたことが自信と財産になるかもしれない。練習試合とはいえ、結果は、間違いなくプラスに作用してくるはずである。
もっとも、今回わたしが感心した、というか、改めて驚嘆させられたのは、2年前の才木である。
2年前、ということは23年である。WBC日本代表の壮行試合だったから、3月である。
22年の才木の年俸は、700万円だった。
わたしだったら、悔しがれない。大谷に自分のベストボールを、片膝つきながらセンターに放り込まれても、「そりゃそうだよな」としか思えない。「21世紀のベーブ・ルース」との評価を固めつつある、御方である。
それで悔しがれたのが凄い。
23年の才木は、はるか雲の上に存在だったはずの大谷を本気で抑えられると信じていて、それが打ち砕かれたことを激烈に悔しがっていた。
凄すぎる
なので、安心もする。
まだ実績をほとんど残せていない段階から自分の可能性を信じていた才木だからこそ、今回の快投で周囲がどれだけ騒ごうとも、浮つくことはまずない。年俸700万円の時代に大谷を押さえ込みにいけた(そして散った)才木にとって、高い目標を掲げ、維持し、近づくために努力をすることは完全に血と肉になっている。
ひょっとしたら、彼は世界一の投手、を目指しているのではないだろうか。
登板後、興奮気味に質問をぶつけるメディアや自軍の広報に対し、才木は最後まで落ち着いた姿勢を崩さなかった。目指すところがはるか彼方に設定されている、と考えれば、それも腑に落ちる。
大谷のような圧倒的な例外を覗くと、WBCで活躍した選手はシーズンに入って調子を落としがちな印象がある。普段はベースつくりに当てている時期を、本番モードに持っていかなければならない弊害だとわたしは思っているが、だとしたら、今シーズンの才木は序盤、ちょっと手こずる可能性があるかもな、と個人的に覚悟はしている。彼にとって、大谷との2年ぶりの対決は相当に特別だったはず。何としても抑えたい、それには万全の態勢で臨まなければ……との思いは、昨年とは少し違った形での調整になっていたかもしれないからだ。
もちろん、WBCのように時差のあるアメリカでプレーするわけでも、国民的な注目を集めるイベントでもなかった今回の親善試合が、WBCほどに大きなダメージを選手の残すことは考えにくい。なので、これはあくまでも、物事がうまくいきすぎている時に阪神ファンが陥りがちな、過度の杞憂、というヤツなのかもしれないが。
1カ月ほど前に今年の阪神について自分史上もっとも悲観的な見方をしていたにも関わらず、いま、わたしの鼻息は自分でも気づかないうちにかなり粗くなっているはずである。才木がいい。村上も素晴らしい。門別が出てきた。富田も期待できる。中継ぎ陣には、育成ドラフト1位の工藤が加わりそうだし、打つ方では前川の成長で打線に厚みと凄味が増した。
たかが練習試合に勝っただけで、カブスとドジャースをシャットアウトしただけで、才木と門別と工藤と佐藤らが光るものを見せてくれただけで、2年ぶりのペナント奪還は間違いないのではなかろうか、とほくそえまずにはいられない25年3月下旬のわたしである。
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