熱狂が格を超える──“いつかは甲子園”と語られる未来へ

中田英寿のペルージャ移籍には、表に出ない多くの紆余曲折があった。
本人が望んだのは、当時世界最高峰と称されたセリエAでのプレー。
90年代のイタリアは、W杯で毎回上位に進出し、国内リーグはミラン、ユベントス、インテルらの活躍で他国を大きく引き離す最強リーグだった。
当然、中田もイタリア行きにこだわった。
しかし、日本人選手に対する評価は冷たかった。かつて挑戦した三浦知良(カズ)の成績が芳しくなかったこともあり、「次の日本人が来るには100年かかる」と言われるほどだった。
スペインやイングランドの中堅クラブからはオファーがあったものの、中田はすべて断る。
セリエAにこだわり続けた結果、昇格直後のペルージャと合致。そこに落ち着いた。
当時は、イタリア2部の方がスペインやイングランドの1部より格上と見なされていた時代。スペインはバルセロナとレアル・マドリードの2強構造で、リーガ全体は「世界の名選手たちが“最後の舞台”として選ぶリーグ、という見方も根強かった」という印象もあった。
中田の選択は、収入ではなく、純粋に「最高の舞台で戦いたい」という信念の表れだった。
わたしが愛してやまないボルシア・メンヘングラートバッハには、ギュンター・ネッツァーという天才的MFがいた。1972年の欧州選手権で西ドイツを優勝に導いた名手で、もしクライフやベッケンバウアーと時期が重ならなければ、バロンドールを複数回獲得していたとも言われている。
1973年、29歳でレアル・マドリードへ移籍。選手としてのピークを過ぎつつある年齢での挑戦に賛否が巻き起こったが、移籍は実現した。ただ、スペインでのキャリアは成功とは言い切れず、最終的にはスイスで現役を終えた。
そんなネッツァーが語った、忘れがたい言葉がある。
UEFAチャンピオンズカップ 1975-76、ダービー・カウンティとの2回戦セカンド・レグ。敵地で1-4と完敗したレアルが、ホームで大逆転。「ベルナベウの奇跡」となったその試合後、ネッツァーはこう語った。
「私はもっとレベルの高いクラブでもプレーしてきたが、これほど情熱的な人たちとプレーしたことはない。」
この言葉を専門誌で目にした中学生のわたしは、「スペイン=熱狂」というイメージを強く刷り込まれた。
スタジアムの熱狂は、ときにリーグの格や経済力といった序列を軽々と飛び越えて、世界中の才能を惹きつける引力となる。その場所でしか味わえない“生の感情”が、ピッチに立つ者の心を震わせ、また戻ってきたい、ここでプレーしたい──そう思わせる。
1990年代後半から2000年代初頭、まだリーグレベルで言えば“格下”と見なされていたプレミアリーグに、ヨーロッパ中からスター選手が集まり始めたのは偶然ではない。
それは、セリエAのような技術でも、リーガのような美学でもなく、イングランド特有の“熱”に引き寄せられた結果だった。
ピッチと観客席の距離が異様なまでに近く、プレーの一瞬一瞬にリアルな反応が返ってくる。風にたなびくフラッグの音、コーナーキックに向かう選手の背中に浴びせられる野次と拍手。
そこには、どの国のリーグにも真似できない、感情の濃度があった。
そして、スタジアムの情熱こそが、実はクラブやリーグの未来を決めるもっとも根源的な資産なのだと、あの頃のプレミアリーグは証明してみせた。金でも栄光でもない、“ここでプレーしたい”と思わせる何か。それは、数字では測れない価値なのかもしれない。
「いつかは阪神、いつかは甲子園──日本の“熱狂”を逆輸出できる日」
メジャーリーグの東京シリーズが終わった。
日本のファンとしては、どうしても大谷翔平や山本由伸ら、日本人選手の動向に目を奪われがちだったが、実は別のところで静かな波が起きていた。
来日したアメリカのメディア関係者や球団スタッフの中に、日本独特の応援文化に深い関心を示す人々がいたのだ。
たしかに、東京ドームのライトスタンドで響いたヒッティングマーチは、甲子園の熱量と比べれば控えめだった。それでもアメリカ人たちは驚き、楽しみ、そして言った。
「このスタイル、アメリカでもやるべきだ」と。
その言葉を聞いたとき、ふと夢を見た。
甲子園のスタンドが生む圧倒的な熱狂が、スペインのサンティアゴ・ベルナベウにだって負けていないのなら。レアルがネッツァーを獲得したように、阪神がちょっと年をとった、しかしアメリカ人の度肝を抜くようなバリバリのメジャーリーガーを獲得し、日本野球の素晴らしさを逆発信できるようにはならないか、と。
アメリカ人の度肝を抜くようなプレーヤーが、「いつかは阪神」「いつかは甲子園」と口にする未来。そんな逆転現象が、決して夢物語で終わらない時代が、やってくるのではないかと。
もちろん、最大の壁は明白だ。
世界のスターが「夢の続きを見られる」と信じるような、圧倒的な報酬と舞台を用意できるかどうか、である。
熱狂と覚悟があれば、国境は超えられる。
やれば、できる。
そう思いませんか?
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