フリーワード検索

baseball2022.06.17

特別な才能の持ち主である根尾昂が「二刀流」に挑戦して、輝きを取り戻していけるのか

いまや、「二刀流」と聞けば日本人のほとんどが大谷翔平を連想する時代である。そして、令和以降の時代を生きる日本人にとって、二刀流の代名詞は大谷翔平であり続ける可能性も高い。

では、そもそも「二刀流」という言葉自体を世間に広めたのは誰かといえば、これはもう、言わずと知れた宮本武蔵である。剣聖にして二本の刀を操る二天一流の開祖。どうでもいいことだが、ラグビー関東大学リーグの立正大には、「二刀流」と書いて「むさし」と読む選手(林二刀流/鹿児島・大島高)までいる。ともあれ、宮本武蔵がいなければ、打者と投手の両方で一流たろうとする大谷のスタイルを表現する言葉は、いま現地の実況で使われている「Two-way player」という味も素っ気もないものしかなかったかもしれない。

ちなみに宮本武蔵が実戦で二刀流を使ったという記録は、実はほとんど残されていないようで、それは現代の身近なものに置き換えてみると二刀流の大変さが見えてくるが、それも一因なのかもしれない。

番手によって違いはあるものの、ゴルフクラブの重さは300グラム前後だとされている。プロ野球で使われているバットは900グラム前後が主流。一方で、一般的な日本刀の重さは1㎏か、それ以上が標準とされる。

では、ゴルフクラブを、バットを、片手で操れるものだろうか。

人間が手で扱う道具は、長くなればなるほど、あるいは重くなればなるほど、扱いが難しくなる。ゴルフクラブとほぼ同じ重さながら、長さはずいぶんと短いテニスラケットの場合は片手でプレーする選手も珍しくないが、それとて、女子になれば力の入りにくいバックハンドを両手で打つ選手の割合はグッと高くなる。

日本刀の長さは野球のバットとほぼ同じで、重さはやや上回る。そして、両手で打ち下ろしてくる相手の剣をさばく必要もある。一度のミスが死に直結する真剣同士の戦いで、果たして誰が片手で大刀を持とうとするだろう。

それでも宮本武蔵が二刀にこだわったのは、より困難な……というか、ほぼ実現不可能な道に我が身を置き、心身を鍛え上げようとしたからだった、とも言われる。剣の道にすべてを捧げた者でしか辿り着けない境地であり発想である。


さて、18年の中日ドラフト1位、根尾昂が投手として起用されたことが話題になっている。野手でありながら投手も務める。メディアもファンも、当たり前のように「二刀流」という言葉を使っている。

野手としてプロの世界に入り、これまでの4年間、ほとんど野手としての練習しかしてこなかったはずの人間が、いきなりマウンドから150キロを超える速球を投げるのだから、根尾という選手がとびっきりの才能に恵まれているのは間違いない。

だが、現時点での彼に「二刀流」という言葉を当てはめるのは、わたしには抵抗がある。大谷はピッチング、バッティングの両方で世界の頂点を目指そうとしている。一刀での戦いを極めた宮本武蔵は、更なる高みを目指すために二刀の道に進んだ。

いまの根尾がやっているのは、そのどちらの「二刀流」でもない。

入団してからの3年間で、彼が残した通算打率は1割6分5厘でしかない。ドラフト下位で入団した選手であれば、そろそろ首のあたりが涼しくなってくる数字である。厳しい言い方をするならば、彼は大谷のような数字を残したわけでも、武蔵のように一刀を極めたわけでもない。

そんな状況に置かれた選手が、大差のついた負け試合に登板したから「二刀流」?ファンの方がそう呼ぶのは一向に構わないが、曲がりなりにもメディア、言葉を生業にしている人間の一人としては、できることならば使いたくない。

ただ、彼が野手、投手の両方で起用されたことを否定するつもりはない。まったく、ない。

どんな球団にとっても、ドラフト1位で獲得した選手は宝である。ドラフト下位で入団した選手とは、期待の大きさも投資した額も違う。根尾のように、ドラフトで4球団の指名が重複した選手ともなればなおさらである。

これまではパッとしなかった。これからもパッとしないようでは困る。ならば、これまでやったことのなかったことをやる。中日球団が、立浪監督が根尾に対してやったことは、日ハムの新庄ビッグボスが清宮幸太郎に減量を指示したのと根っこの部分では同じではないか、とわたしは感じている。

つまりは、変わらぬ期待。変わってほしいという期待。

あと、これはわたしの思い込みなのかもしれないのだが、ドラフト会議でたくさんのスポットライトを浴びたような選手は、そのまま一流への道を突き進むか、ジリ貧で姿を消していくかのどちらかが多い気がする。斎藤佑樹を始めとする早稲田大3羽ガラスの印象が強すぎるのかもしれないが、一度下がって、そこからまた上がって……という波瀾万丈型パターンは、あまり記憶にない。

スポットライトを浴びて輝いた選手は、輝くためにスポットライトを浴び続けなければならないのかもしれない。

だとすると、投手として起用されたことで、徐々に少なくなりつつあった根尾を照らすスポットライトは、再び燦々と輝いた。この輝きの中で、彼が高校時代の輝きを取り戻してくれることを、起用する側は期待したのかもしれない。

ただ、これがいつまでも続くわけではない。

通算打率が2割に満たないバッター、敗戦処理でしか使えないピッチャーが生き長らえていけるほど、プロの世界は甘いものではない。それは、頭脳明晰でも知られた根尾自身が誰よりもよくわかっているだろう。

大谷翔平の「二刀流」が、“球聖”レベルのとてつもない偉業だとするならば、根尾の「Two-way player」への挑戦は、打か投か、どちらに進むか、進ませるかを決めるため、踏ん切りをつけさせるための決断なのではないかとわたしは思う。

根尾昂が、特別な才能の持ち主であることに疑いの余地はないのだから。

BUY NOW

SEARCH フリーワード検索