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baseball2024.07.04

村上宗隆、苦境からのさらなる躍進へ。再び大爆発する三冠王を信じて。

三冠王の敵は、老い、衰えだけだと思っていた。

中島治康、野村克也、王貞治、落合博満、ブーマー・ウェルズ、ランディ・バース“様”、松中信彦──22年、村上宗隆が史上最年少にして令和最初の三冠王になるまで、日本のプロ野球には7人の三冠王が誕生していた。

1938年(昭和13年)の秋シーズンに最初の三冠王となった中島治康の場合、そもそもシーズンが短く、日中戦争の影響もあってプロ野球自体のレベルが低下していたため、タイトル自体の重みがどうなのか、というところはある。ただ、その他の6人に関しては、文句のつけようがない。というか、つけられるはずがない。なにしろ、三冠王なのである。

これが一部門だけのタイトルであれば、ある種の狂い咲きというか、1シーズンだけ、神がかりのような活躍を見せてあとはさっぱり、という選手もいないことはない。いまは阪神の打撃コーチを務める今岡真訪は、プロ入り9年目となる05シーズン、突如として打点147というとてつもない数字を残したが、15年に及んだプロ野球生活の中で、彼の打点が100を超えたのはこの1回きりだった。

だが、三冠王を獲るような選手は違う。仮に1部門の成績が落ちるようなことがあっても、その他の部門ではきっちりと数字を残す。打点に関してはチームの調子との兼ね合いもあるので個人でどうこうできる部分は限られるが、本塁打を避けようとする配球はどうしてもフォアボールが増えがちになり、結果として打率は上がりやすくなる。もちろん、上がりやすくなるということは下がりやすくもなるのだが、そこで下げてしまうような選手はそもそも三冠王のタイトルは獲れていない。

実際、過去の三冠王の成績を調べてみると、75年の王貞治を除き、すべての選手が偉業の翌シーズンにも打率3割以上は残している。ちなみに、75年シーズンというのは、王貞治にとって3年連続の三冠王がかかった年であり、彼は35歳だった。


というわけで、22年に村上宗隆が三冠王を獲得した段階で、わたしは、23年も24年も暴れまくる彼の姿を、ゲンナリとしていた。過去の三冠王たちがことごとくアラサーになってからの大記録だったのに対し、村上はたったの22歳だったからである。

だが、阪神ファンとしては極めて幸いなことに、予想は完全に裏切られた。

2年連続の三冠王が期待された23年、村上の成績は暴落した。3割1分8厘だった打率は2割5分6厘に、134だった打点は84に、そして56本だった本塁打は31本まで減少した。これが阪神の佐藤輝明であれば素晴らしい成績ということになるのだが、何せ村上、何せ三冠王である。ヤクルト・ファンとしては大いに不満だっただろうし、正直、昨年阪神が優勝できたのは、村上が本来の調子からほど遠かったから、というのがわたしの個人的な印象である。

一体なぜ、あんなことになったのか。なってしまったのか。

巷間で言われているのは、WBCの影響である。メジャーでプレーしている選手と対戦して、あるいは大谷のバッティングや練習法を見て、新たなスタイルを取り入れて、いままで以上の自分を作り上げようとした結果、いままでの自分がわからなくなってしまった──といったところだろうか。付け加えるならば、国民的な注目を集めた大会だっただけに、若い村上にとっては精神的な疲労、負担も相当なものがあったのではと推測する。

つまり、23年の彼がいま一つだったのは、まあ、わからないではない。

だが、今年の村上に関しては、まったくわからない。


当然のことながら、WBCの疲労などというものはとうの昔に消え去っている。本人としても、不甲斐なかった昨年の分を取り戻すべく、相当な覚悟と準備をして新シーズンを迎えたはずなのだ。実をいえば、今年は2度目の三冠王になるのでは、というのが、当たらないことでは定評のあるわたしの予想だった。

ホントに当たりそうもないし。

この原稿を書いている6月27日現在、村上の打率は2割2分9厘、打点33、本塁打14本である。打点、本塁打はともかく、2割5分を切る打率は、わずか2年前に三冠王を獲った選手のそれとはとても思えない。22年、ことごとくチャンスをモノにされた印象のある阪神ファンとしては、得点圏打率がリーグ14位、2割7分6厘で、2軍落ちを命じられた阪神・大山より下というのも驚くしかない。

なんでこんなことになったのか。いうまでもなく、誰よりも自問自答を繰り返しているのは村上本人だろうし、それがわからないからこそ、昨年に続き今年も苦しいシーズンになっているのだろう。過去の歴史を紐解いてみても、村上のような成績の推移をした三冠王達成者は一人もいないだけに、教訓になりそうな何かを見つけることも難しい。

ただ、そうはいっても、彼はまだ24歳である。

今シーズンの残された期間なのか、それとも来シーズンなのか。いずれにせよ、村上が再び三冠王を狙えるような成績を残すことに関しては、残念ながら、わたしはまったく疑っていない。阪神が彼にやられまくってしまう日は、きっとまたやってくる。

これまで、わたしを含めた多くの日本人は、NPBとメジャーの関係を、相違ではなく上下で捉えていたように思う。メジャーが上。日本は下。なので、メジャーで流行のスタイルを日本に持ち込むことに、何の疑問も抱いてこなかった。

実際、純粋にレベルでいえば、いまでもメジャーが日本を上回っていることは否定しない。だが、バッティングにしろピッチングにしろ、メジャーで上手くいった、だから日本でも上手くいく……とは言い切れない要素が多々あることもまた事実ではないだろうか。

昨年末、最先端とされるアメリカのトレーニング・センターで汗を流し「今年はやれそうです」と自信タップリだった佐藤輝明は、ここまでのところ、無残としかいいようのない惨状に陥っている。開幕前にインタビューをさせてもらったとき、彼は心の底から、新しいシーズンが自分にとってのキャリアハイになることを信じていた。アメリカで取り入れた新しい要素は、ここまでのところ、まったくといっていいほど助けにはなっていない。

ただ、だからといって無駄だとは思わない。

いずれはメジャーでのプレーを夢見る日本人選手たちにとって、メジャーでの流行はどうしたって無視できるものではない。そして、本当にメジャーに渡ったとき、現時点で感じている違和感やギャップは、将来訪れるであろう試練を乗り越える上で、おそらくは大きな力となる。

いま村上に必要なのは、思い出すこと、のような気がする。

22年の村上は、「上」を「神」に変えてもまるで違和感のない怪物だった。24年のNPBに比べてレベルが極端に低い、などというわけでもまったくなかった。そこで結果を出しまくっていた自分がどんなメカニズムで、いかなるメンタリティで打席に臨んでいたか。よくも悪くも確実に2年前よりは引き出しが増えているはずの24歳が、キャリアハイを残した自分が何をやっていたのか再確認し、アジャストを図るようになると、阪神ファンとしては非常にマズいことになる。

村上宗隆は、史上初めて、伸びしろのある段階で三冠王を獲得した選手である。過去の三冠王達成者を苦しめた老いや衰えは、近づくことさえ許されていない。

つまり、彼は甦る。大爆発をする。昨年からの苦境は、この先さらに大きく跳躍するための雌伏なのかもしれない──そんなイヤな予感を捨てきれないわたしである。

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