リオネル・メッシが「分かっていても止められない」選手であり続けているのはなぜか。
サッカー経験者の皆さんなら、「分かっていても止められない」という感覚を理解できるはずだ。とくにDFなら、きっと深く頷くことだろう。
DFはリアクションのポジションだ。相対するFWがシュートモーションに入ったら、ブロックするために足を出さざるを得ない。そこでキックフェイントに引っ掛かって振り切られたり、股間を抜かれてシュートを決められたりしたら──頭を掻きむしりたくなるが、だからといってFWのアクションに無反応でいられるはずもない。
これが世界のトップ・オブ・トップになると、FWはもちろんDFのレベルも恐ろしく高い。リアクションを迫られる局面でも、相手のペースに簡単に飲み込まれない。「分かっているのに止められない」という状況を、可能なかぎり避けることができている。
かくもハイレベルな駆け引きが繰り広げられる舞台で、DFたちを嘆かせる選手がいる。「分かっていても止められない」選手が。
“レオ”ことリオネル・メッシである。
スペインのメガクラブFCバルセロナでトップチームにデビューしたのは、17歳だった2004-05シーズンである。それからチームにもたらしたタイトルと彼が手にしたトロフィーは、もはや数えるのも大変だろう。
ピッチ上に残してきた足跡は、誰よりも色濃い。彼がどんな選手なのかは、世界中のサッカー関係者が知っている。
それでもなお、メッシが「分かっていても止められない」選手であり続けているのはなぜか。
スピード、アジリティ、瞬発力、加速力、ボディバランスといったアスリートとしての資質が、もれなく優れているのは間違いない。止める(トラップ)、蹴る(キック)の基本的な技術とそのバリエーション、適切な状況判断に基づいたプレーの選択といったサッカー選手としての資質も、ハイグレードに装備されている。あらゆる意味ではズバ抜けたスキルはチームに質的優位をもたらし、戦術を打ち破るスペシャルな「個」となっている。
メッシのプレーの凄みは、「選択肢を減らさない」ことにある。
彼の得点パターンは? ひとつではない。
ピッチのやや右寄りからゴール前へ侵入していくルートが多いものの、フィニッシュのパターンはひとつではない。たとえばゴール正面からであれば、ストレート系のシュートを打つことも、インカーブと呼ばれる巻く軌道のシュートも打つことができる。
同じストレート系のシュートでも、キックフェイントでDFのバランスを崩したり、抜き切らずにDFの股間を通したり、DFとDFの間を狙ったりもする。バリエーションはいくつもある。
彼がピッチのどこにいて、どんな身体の向きで、どんな状況(数的優位なのか、同数なのか、はたまた不利なのか)なのかを整理すれば、守備側は狙いを絞り込める。逆説的に言えば、メッシは選択肢を減らされてしまうはずなのだが、なおも複数の選択肢を確保できている。
そこには、絶対的なまでの技術の裏付けがある。
時間と空間の余裕がなくなるゴール前では、ボールの置きどころがほんの少しでも乱れたらパスやシュートのコースが狭まってしまう。自ら選択肢を減らすことになるのだが、メッシのボールコントロールにはスキも、無駄も、もちろんミスない。
ピッチをタテに分割する5レーンの考え方が浸透してきたことで、日本でも「どこでパスを受けるのか」という視点でサッカーが語られるようになってきた。メッシは「どこで受けるのか」だけでなく、「どこで受けてどこにボールを置くのか」まで計算している。さらに言えば、「どこにボールを置くのか」には、「相手が間合いを詰めてきても失わず、次のアクションが取りやすい位置」という条件が付く。
文字にすると当たり前のように感じられるが、メッシの主戦場はチャンピオンズリーグとラ・リーガだ。プレッシャーは持続的で激しい。そのなかで、まるで呼吸をするかのように当たり前に技術を発揮し、プレーの選択肢を減らさないメッシは、やはり並外れたフットボーラーと言うことができる。
メッシが相対するDFを困惑させるのは、選択肢を減らさないからだけではない。ゴールを奪うことから逆算して、複数の選択肢から最適解を選ぶのだが、「一番選びそうにないもの」をチョイスすることがある。
メッシは究極のレフティーである。ほぼすべてのプレーを左足でこなすが、ときに右足でシュートを放つ。DFからすると、これが何とも悩ましい。メッシ攻略の選択肢でもっとも優先順位の低いはずの「右足でのシュート」を、完全に消去できなくなってしまうからだ。右足でのシュートがネットを揺らさなかったとしても、メッシにとっては次への確かな布石になるのである。
選択肢を減らさないことは、「ギリギリで判断を変えられる」と言い換えることもできる。これもまた、メッシの凄みにあげられるだろう。
彼はエゴイストではない。強引にでも突破を仕掛けることはあるが、味方選手を使うことをためらわない。ゴール前でも例外ではなく、「打つか」と思われるところでラストパスを選択したりする。確率論的思考に基づいているのだろうが、エゴイズムとかけ離れたプレーの選択が、つまりは「ギリギリで判断を変える」ところが、相対するDFを悩ませるのだ。
10代から世界の最先端でプレーしてきたメッシも、今年6月で33歳になった。いまでも加速力とスピードは抜群だが、「爆発的」と呼べるほどではなくなりつつある。
それでもなお、ゴール前では依然として脅威の存在だ。「選択肢を減らさない」ことで、DFやGKとの精神的な駆け引きで優位に立っているからである。
8月上旬に開催された19-20シーズンのチャンピオンズリーグ準々決勝で、バルセロナはバイエルン・ミュンヘン(ドイツ)に2対8で敗れた。チームはキケ・セティエン監督との日々に終止符を打ち、クラブOBのロナルド・クーマンに指揮権を託した。
バルセロナは変革の時を迎えるが、メッシが世界最高の選手であることに変わりはない。ピッチに立つ彼はいつだって予測不可能で、何よりもサッカーを楽しんでいる。