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football2018.12.18

戸田和幸(サッカー元日本代表)に訊く、プロの世界で必要な「セルフプロデュース×ブランディング」の重要性

2002年日韓ワールドカップで4試合にフル出場し、チームの大躍進に貢献した元日本代表・戸田和幸氏。頭を真っ赤に染めた“赤モヒカンの男”として誰よりもアツく、全力でピッチを駆け回った。その後も、イングランドやオランダといった海外クラブでプレーし、様々な国のサッカーを経験。現役引退後は、その高い理解力と分析力を武器にサッカー解説者・指導者として活躍している。
 
日本代表や海外で活躍するまでには、どのような道を歩み、どのような壁を乗り越えてきたのだろうか。自身が履いてきたスパイクとともに、そのサッカー人生を振り返る。


――まず、サッカーを始めたきっかけを教えてください。
 
戸田:2つ上の兄がサッカーをやっていたというのと、キャプテン翼がきっかけで小学3年生から始めました。小学生の頃は、学校の中にあるチームに入ってプレーしていましたね。
 
――初めて履いたスパイクって、覚えてます?
 
戸田:商品名までは覚えていませんが、アシックスを履いていたと思います。それもめちゃくちゃ安いやつ(笑)。その頃は、スポーツショップにスパイクを買いに行った時、店内の棚に陳列されたモノじゃなくて、カゴの中にある値引きされたスパイクを選んでいたんです。定価は高いけど安くなっている商品を一生懸命探していましたね(笑)。
 
――小さい頃はなかなか高いスパイクは買ってもらえませんよね。
 
戸田:親が僕に贅沢をさせなかった、というのもありますが、逆にサッカーを始めたばかりの子供に高いスパイクを買う必要はないと思います。まずは「自分はサッカーが好きなのかどうか」「競技を続けていけるのか」を見極めなければいけませんしね。だからカゴです、カゴ(笑)。
 
――それで十分ですよね(笑)。スパイクに対するこだわりはあったのでしょうか?

戸田:僕の足型は幅広・甲高なので、足が痛くならないよう大きめのサイズを選んでいました。基本的に靴の中で足がズレたり、かかとがスポスポ抜けてしまうとプレーしづらいのですが、僕の足は幅が広いので、足型に合って、なおかつフィット感も求めるとなると履けるスパイクは限られてくるんですね。そういった日本人の足型に合ったスパイクを開発しているメーカーがアシックスとミズノだったので、中学生からはそちらの商品を使っていました。
 
それと、中学生の頃に1度ディアドラのスパイクを買ったことがありました。僕は元イタリア代表のロベルト・バッジョに憧れていて、現役時代はディアドラの契約選手だったんですね(2017年に再契約)。なので頑張ってお小遣いを貯めて、2万円のディアドラのスパイクを買いました。いつもピカピカに磨いて、試合の時だけ使うようにしていましたね。
 
――常にモノは大事にされていたんですね。ディアドラを履いてみた感じはいかがでしたか?
 
戸田:すごく良かったです。カンガルー皮革なので、はじめは多少キツくても履くうちに伸びて足にフィットするようになりましたし。僕の足型でも足馴染みが良くスムーズに履けました。雨に弱いという弱点はありましたが(笑)。
 
――なるほど。では、学生時代はどういったトレーニングをされていたか教えてください。
 
戸田:中学時代はFC町田ゼルビアのジュニアユースに所属していたのですが、練習というよりは基本的にゲームばかりやっていたと思います。変に何かを押し付けられることなく、のびのびと楽しくサッカーをしていました。だから自分の考えを言葉にしたり、味方に伝えたりという主体性は自然と身に付きましたね。
 
――サッカーをしながら自分たちで学んでいく、というスタイルだったんですね。高校時代はいかがですか?
 
戸田:高校は神奈川の桐蔭学園に進学したんですけど、当時のサッカー部は少数精鋭方式でなるべく人員を少なくしていました。なので部員は一人ひとりプレーの特徴を隅々までチェックされ、細かく指導されたことを覚えています。自分に必要なことだけ教えてもらった、という感じですね。そういう、選手それぞれに合った指導を受けたからこそ今の自分がいると思いますし、振り返ってみても本当に運が良かったなと思いますね。
 
――プレーする環境や指導者にも恵まれていたんですね。食事の面では何か気を付けていたことはありますか?
 
戸田:毎日3食はしっかり食べていました。時代が時代なので、本当にアスリートにとって必要な食事を摂っていたかというと何とも言えませんが。ただ、僕の母は必ず温かいご飯を食べさせてくれましたね。練習で帰りが遅くなる時も車で迎えに来てくれて、手作りのご飯を持ってきてくれていました。そういう意味では、すごく親にはサポートしてもらっていたので、本当にありがたかったです。
 
ただ、現代は食事に関する情報はいくらでもありますから、今の選手はしっかり計画を立てて必要な栄養を補っていくべきだとは思います。今考えたら「もっとアスリートに適した食事を摂っていたらなぁ・・・」なんて思いますもん。なんせ練習終わった後に清涼飲料水を「最高だぜ!」って言いながらグビグビ飲んでましたからね(笑)。僕自身、ヨーロッパに行った時に周りの選手との体格差に圧倒された経験があるので、トレーニングにしても食事にしても、強い体を作るために若いうちから意識的に取り組んでいくことをオススメします。
 
――高校卒業後は清水エスパルスに入団しましたが、実際にピッチに立ってみてプロとアマチュアの差はどのように感じましたが?
 
戸田:身体的な強さや技術、そしてスピード感、その全てのレベルが違いました。高校でものすごく優秀だった選手が何年もプレーし続けている世界なので、やはり最初は圧倒されましたね。
 
――プロの世界に対応していくために、どのようなことをされたのですか?。

戸田:自分だったらどうすればこの世界で食べていけるのかを考え、最初の1年をかけて自己分析しました。いわゆる「セルフブランディング」と「セルフプロデュース」です。普通に練習して試合をこなしていくだけでは自分のキャリアを作っていくことができなかったので、人がやらないこと、人が嫌がることを研究し、自分だけのプレースタイルを模索しました。これは自分の好き嫌いの問題ではありません。そうしないとプロ選手として食べていけないわけですから。その選択がどれだけキツく、つらいとしても、それでも僕はサッカーの世界で生きていきたかったので。そのために必要なことをやっていったという感じです。
 
――自分に必要なことをする。まさに桐蔭学園時代の教えですね。具体的にどのようなことをされたのでしょう。
 
戸田:プロに入った当時は178cm、65kgでかなり細かったんですね。だからフィジカルを強化するために、午前中のチームトレーニングを終えた後、夕方からはウエイトや様々なトレーニングを行いました。
 
プレーに関しては、誰よりもハードワークをしてポジショニングはマメに取り、チームがピンチに陥った時に躊躇なくファウルをする。とにかく相手に嫌がられることをしましたね。それが自分にとって必要なことだと思いましたし、プロで生き残るための唯一の道だと思っていたので。
 
――2001年にはトルシエジャパンで日本代表デビューされましたが、その時の心境はいかがでした?
 
戸田:それまでもアンダーの代表として何度も選ばれてはいましたが、僕の中ではA代表だけが本当の日本代表だと思っていたので、選出された時は嬉しかったですね。アンダーはその世代の中の代表ですから。
 
また、2001年シーズンは清水エスパルスの中でDFからボランチにコンバートした時期で、そのタイミングで代表に選出されましたから、自分に求められている役割は理解していました。それに翌年に2002年日韓ワールドカップがあったので、もう死ぬ気でやろうと思いましたね。
 
――実際にワールドカップでは全試合フル出場を果たしてチームのベスト16に貢献されましたが、大会を通じてどのような想いでプレーされていたのでしょうか?
 
戸田:やはり背負っているものは大きかったですし、サッカー選手としては夢の舞台ですから、とにかく思い切ってプレーしていました。大会までにできる限りの準備はして試合に臨んでいましたから、プレッシャーに押しつぶされて怖気付くことはなかったですね。僕のサッカー人生の中で一番自然にプレーできた大会だったんじゃないかと思います。
 
――あの大舞台で全てを出し切れたというのは、本当に入念な準備をしてきたからこそ成し得たことなんだと思います。ちなみにワールドカップで履かれていたスパイクは何でしたか?
 
戸田:プーマですね。清水エスパルスが契約していたメーカーでしたので。名前は覚えていませんが、だいたい支給されたスパイクを履いていました。
 
――なるほど。その後ワールドカップの活躍によって、2003年にトッテナムに移籍されましたが、プレミアリーグの印象はいかがでした?

戸田:どの選手も強くて大きくて速かったですよ(笑)。日本とは全く別のサッカーだったので、もう強烈でしたね。今のプレミアリーグとは少し違いますけど、当時は4-4-2のフォーメーションでガッチガチにぶつかり合う激しいサッカーでした。フィジカル面でたくましくないとあのピッチには立てなかったと思います。
 
それに加えて、基本的に横パスとバックパスは戦術として必要なかったです。とにかく「前!前!前!」って感じの攻撃的なサッカー。だからそのスタイルに慣れるのが本当に大変でした。
 
――日本のサッカーとは真逆ですね。特に強烈な印象を持った選手はいますか?
 
戸田:マンチェスターUと試合をしたことがあるんですけど、当時はロイ・キーン、デイビッド・ベッカム、ライアン・ギグス、ファン・ニステルローイっていう本当に世界的な大スターが揃っていたので、その全選手に強烈な印象を抱きましたし、僕が対戦したサッカーチームの中では一番強かったと思いますね。
 
――名前を聞くだけでワクワクしてしまいます(笑)。ちなみに海外に行ってからはどんなスパイクを履かれていましたか?日本と比べてピッチの硬さが違うと思うのですが。
 
戸田:確かにピッチは柔らかかったので、僕はプーマの取替式スパイクを使っていました。雨が降るとぐちゃぐちゃになってしまいますけど、晴れていればちょうどいい感じにプレーできた印象があります。ただ、最初の頃は土の柔らかさに慣れるのに時間がかかったので、だいぶ足が疲れましたね。
 
――2004年にはオランダのADOデン・ハーグに移籍されましたが、その時も同じプーマの取替式で?
 
戸田:そうですね。海外でプレーしている時はずっとスパイクを送ってもらっていて、しっかりサポートしてくださいました。
 
――オランダのサッカーの印象はいかがでしたか?
 
戸田:プレミアリーグのどんどん前に展開していくサッカーとは違い、基本的に4-3-3のフォーメーションでボールをしっかり動かしていくスタイルでしたね。両翼の位置にウイングがいて、ワントップに大きい選手を置くというような感じで。
 
ただ、選手としてはオランダで実績をあげて、2ステップぐらい踏んでプレミアリーグにいく流れだと思うので、やはりリーグのレベル的には落ちます。僕の場合は逆で、プレミアからオランダに行ったのでプレーはしやすかったですね。
 
――なるほど。戸田さんは他にも韓国の慶南FCや、シンガポールのウォリアーズFCでもプレーされた経験がおありですが、これから海外挑戦を志す選手たちに向けて、準備しておくべきことがあれば教えてください。
 
戸田:やはり外国語は勉強しておいた方がいいですよ。通訳に頼ろうとする気持ちは持たない方がいいです。たとえ完璧に言葉が伝わらなくても、伝えようっていう気持ちが大事。日本に来る外国人が「こんにちわ」って言ってくれるだけで、なんか嬉しいじゃないですか(笑)。そういう意味でも、できる限り言葉を覚えて、最低限伝えたいことが伝えられるぐらいの準備をしてから海を渡ることをオススメします。
 
それに、海外に行くチャンスがあるんだったら絶対に挑戦してほしいです。サッカーは島国の中で完結するスポーツではありませんし、逆に島国の中だけで完結していたら世界のトップには絶対にたどり着けません。日本と違う文化圏に行って、新しい価値観を肌で感じた時に、自分の中に多様性が生まれ、サッカーに幅ができると思うんです。なので条件とか関係なく、とりあえず挑戦してほしい。自分の目で世界の“本物”を見て、何かを感じてきてください。自分自身が“本物”になれるように。
 
――戸田さん自身、海外に行ったからこそ得たものがたくさんあった。
 
戸田:はい。僕は海外で成功した選手ではありませんし、失敗したことも多かった。それでも得たものがたくさんあるということは、たとえ厳しい道のりでも絶対に行って経験した方がいいんです。日本で積み上げたものを手放すことは勇気がいりますが、それを捨てないと次のステップに進めないのであれば、捨てた方がいいです。実際に挑戦して、結果が残せなかったとしても、その悔しさが逆にその後の自分のエネルギーにもなりますから。
 
――ありがとうございます。では最後に、これからサッカーをはじめたいという方に向けてメッセージをお願いします。
 
戸田:サッカーっていうのは、コミュニケーションのスポーツなんですね。逆にコミュニケーションがないと絶対にできませんし、だからこそ楽しいということが言えます。なので難しいことは考えずに、サッカーでもフットサルでもいいので実際にやってみていただきたい。
 
それに、世界中にサッカーが文化として根付いているように、誰かと一緒にボールを蹴っていくうちにたくさんの人と繋がることができます。なので、30分サッカーをするだけでも友達いっぱい増えますよ(笑)。ボールさえあれば、いつでもどこでもできる生涯スポーツなので、気軽にみんなとワイワイ楽しんでいただきたいですね。



《プロフィール》
戸田 和幸
1977年生まれ。
桐蔭学園高を卒業後、清水エスパルスに加入。
2002年日韓ワールドカップでは守備的MFとして4試合フル出場してベスト16進出に貢献。
その後は国内の複数クラブ他、イングランドの名門トッテナム、オランダのADOデンハーグなど海外でもプレー。フル代表(2002年FIFA日韓ワールドカップ) 国際Aマッチ通算20試合1得点。2013年限りで現役を引退後は解説者、指導者として活躍。

■戸田和幸公式Twitter
https://twitter.com/kazuyuki_toda  
■戸田和幸オフィシャルブログ
https://ameblo.jp/todakazuyuki/

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