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football2020.05.04

『サッカー日本代表チームが世界で躍進する条件は、“門番は日本人に限る”という時代』

あれは確か、試合当日のタブロイド紙だったから、96年6月22日ということになる。ロンドン地下鉄の新聞スタンドに、煽情的なタイトルを掲げたタブロイド紙があった。

『スペインで美人のことを何ていうか知ってるか? 外国人っていうんだぜ』

下品極まりないというか、限りなく差別に近いブラックジョークというか。要は、スペイン人は田舎者、スペインなんぞ恐るるに足らず、ということを言いたかったのだろう。あまり褒められたセンスではないが、ただ、そう言いたくなるイングランド人の気持ちもわからないことはなかった。

この日は、欧州選手権の準々決勝、イングランド対スペインが行なわれる日だった。

内気でお上品な日本の新聞で育ったわたしは、正直、かなり面食らった。ここまでやる?これってあり?ただ、面食らいつつ、バルセロナでの生活を思い出してニヤリとし、ついでに余計なことも思いついた。(美人っていうところを、GKに置き換えても通用するかも)

実はすでに退潮の兆しははっきりと現れていたのだが、当時のわたしにとって、イングランドは依然として偉大なる“GKファクトリー”だった。翻ってスペイン。アルコナーダやスビサレータの評価は世界的に見ても高かった。とはいえ、当時のリーガ・エスパニョーラを見ていると、スペイン人GKのレベルは笑ってしまうほどに低く、ビッグクラブはおしなべて外国人にゴールマウスを任せていた。

今は昔、である。

当時、プレミアリーグの強化担当がスペイン人GKの獲得に乗り出したとしたら、その人は確実に無能の烙印を押されたはずである。それが24年後の現在は、イングランド人のGKに最後尾を任せることを不安視する強化担当者が主流になっている。

なので、思う。GKは、その国の未来を映す鏡なのではないか、と。

なぜかつてのイングランドはGKファクトリーたりえたのか。かの国がサッカーを産み出した国だから、他の国よりもGKに対する指導が行き届いていたから、だったとわたしは思う。

そもそも、GKとは、人口比にして11分の1、つまりは全サッカー人口の10パーセントにも満たない完全なマイノリティである。おまけに、このポジションにできることは守ること、防ぐことだけであって、勝つため、奪うためにできることはほとんどない。

そんなマイノリティに目の行き届く国で、マジョリティが不遇であるわけがない。

ゆえに、創成期のサッカーにおいてイングランドは絶対的な存在だった。そしてイングランドの守護神たちは、間違いなく世界最高の存在だった。

だが、彼らはそこで止まってしまった。

20世紀の後半から21世紀にかけて、サッカーは才能の競い合いという側面よりも、戦術の完成度をぶつけあうという側面が重要になってきた。世界は、イングランドで生まれた伝統的な指導法を発展させ、あらたなスタイルを産み出していった。

母国は、母国であったがゆえにその流れに乗り遅れ、気がつけば、ヨーロッパの中でも最も質の低いGKしか輩出できない国になっていた。

よく、GKは手を使える、そこが他のポジションと違うという言い方をされる。だが、一番の違いはそこではない。徹底して受動。徹底して反復。フィールドプレーヤーの仕事が、真っ白なキャンバスに筆を入れていく芸術だとしたら、GKがやっているのはオートマチックな自分を作り上げる作業である。こうきたら、こうする。こうされたら、こう対応する。このエリアなら、この強さなら、このコースなら……それを、練習で身体に染み込ませていく。言ってみれば、サッカーチームの中にあって、一人だけ野球のノックを受けているようなものだったのだ。

だが、21世紀に入ってからのサッカーでは、かつてはGKしかやっていなかった、パターンを身体に染み込ませるような練習も増えた。その象徴的な存在となったのが、GKに限らず、かつてはどうやってもイングランドに歯が立たなかったスペインだった。

機械仕掛けにたとえられるほど精密なサッカーを展開するようになったスペインは、いつのまにか素晴らしい守護神を量産する国になった。スペインだけではない。スイス、ベルギーといったかつての弱小国も、次々と世界的なGKを輩出するようになった。言い方を変えれば、いいGKを産み出すようになった国は、ほぼ例外なく、国としての地位も高まっていった。

さて、日本である。

いいGKを産み出すことが、代表チームが世界で躍進する条件だとすると、日本は数少ない例外だと言っていい。世界的なGKをまだ一人も輩出していないにも関わらず、ワールドカップでベスト16や8を狙えるところまで台頭してきたからである。ただ、その道のりは個々の傑出した才能に頼るのではなく、あくまでも教育や環境を充実させたがゆえに成立したものだった。いいGKを輩出する態勢は整っていた。

となれば、伸びしろは他のどんな国よりも大きい。

しかも、20歳前後の世代には、身長が190センチを超え、かつ俊敏性も兼ね備えた素材が一気に増えてきた。

いまや世界屈指のGKファクトリーとなったスペインで、このポジションの選手は「ポルテーロ」と呼ばれる。直訳すれば門番。で、スペイン人たちはこういうのだ。

「門番はバスク人に限る」

スペイン北部に位置するバスク地方は、無口で、正直で、我慢強くて……と、他の地域とはだいぶ違った地域性で知られている。実際、アルコナーダにしろ、スビサレータにしろ、名手と言われたスペイン人GKの多くは、バスクの出身だった。

さて、日本人の国民性は、バスクとスペイン、どちらに近いだろうか。

というわけで、近い将来、「門番は日本人に限る」という時代が来るはずだとわたしは確信している。ひょっとすると、あと5年もしないうちに。

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