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football2024.10.14

冨安健洋の復活が鍵!日本代表の未来を担う存在

これって、傍から見るととんでもないことなのでは、と思うのだ。なんか日本、エラいことになってるぞ、と。

この原稿を書いている9月30日現在、冨安健洋はまだ1試合もプレミアリーグに出場できていない。原因はケガ。そろそろ復帰するのではという報道が出始めている反面、ライバルの加入などでレギュラー安泰とは言えなくなったこともあり、セリエAのユベントスやナポリ、インテルなどに放出されるのでは、という記事も出ている。

そのこと自体については、何の驚きもない。主力選手がケガで試合から遠ざかることも、そうこうしているうち、移籍話が浮上してくることも、ごくごく当たり前の話だからだ。わたしが普通ではないと感じるのは、日本の反応である。

静かすぎやしないか?

プレミアリーグ、特にアーセナルのような名門クラブに所属しているということは、契約時点で世界最高レベルと見なされたか、いずれは世界最高レベルに達すると期待された才能であるとお墨付きをもらったようなものである。もちろん、何をもって世界最高とするかは、見る人によって評価の分かれるところだろうが、少なくとも、凡庸な選手がたどりつける舞台ではないし、願った者すべてがたどりつける舞台でもない。


そんなチームに所属している冨安は、日本にとって、あるいはW杯の頂点を狙える位置にはまだない国のファンにとって、間違いなく特別な存在のはずである。

想像していただきたい。

ほんの2年前、もし冨安がケガでチーム内の立場を失い、移籍の候補にあげられているとの報道があったら、日本はこんなにも静かだっただろうか。

お隣、韓国ではバイエルンに所属しているキム・ミンジェの動向に注目が集まっている。シュツットガルトから伊藤が加わったことにより、昨シーズンの評価が決して高くなかったキム・ミンジェの立場は、確実に難しいものになった。レギュラーの座を失うだろうという現地の報道に、韓国のメディアは、ファンは、大騒ぎになった。彼らが言うところの“S級選手”がスタメンから外されるようなことになれば、韓国サッカー全体が危機に陥ってしまうと言わんばかりの、なかなかにヒステリックな反応だった。

同じく、トッテナムがソン・フンミンとの契約を延長しないらしい、という報道に対しても韓国の反応は激烈だった。やれアジアの至宝を傭兵扱いしただの、これまでの貢献に対してこの仕打ちはひどい、だのと、感情論丸出しでスパーズを非難する声が溢れている。

個人的には、いやいや、それはそれ、契約は契約でしょ……と思わないこともないのだが、ただ、キム・ミンジェやソン・フンミンが特別な存在ではないことを突きつけられたファンが激昂する気持ちも、まあわからないではない。いまは蜜月状態にある大谷翔平とドジャースとの関係が何らかの理由で、ドジャース側によって壊されたとしたら、やっぱりモヤモヤした思いは残るだろうから。

いやいや、野球史上最高かもしれない選手を、アジア史上最高ではあっても、マラドーナやメッシとは比べるべくもないソン・フンミンを比較すること自体が間違っている、という見方はこの際さておく。

日本人と韓国人では国民性が違う、という意見もあるだろう。その通り、当然、違う。ただ、中田英寿の時代、日本人はいまの韓国人とさして触らない反応を見せていた。ローマでトッティの控えになれば大騒ぎし、パルマで、フィオレンティーナでパッとしなくなると大騒ぎした。当時世界最高峰とされたセリエAでプレーする中田は、日本にとって最大の希望であり誇りだった。その選手が苦しい立場に追い込まれれば、日本サッカー全体が苦境に立たされるという見方が、当時はこの国でも一般的だった。

たった2年前の出来事にすぎないカタールW杯のときも、ケガの多かった冨安がプレーできるかどうかは、相当な関心を集めていた。日本だけではない。わずか数カ月前、中国やバーレーンのメディアは、冨安がプレーできそうもないと知ると「日本の守備には穴が空いた」と本気で伝えていた。冨安がいない、だから我々にもチャンスはある、と。

10月、日本はサウジアラビア、オーストラリアという強敵との連戦が組まれている。だが、わたしの見聞きする限り、冨安の不在を嘆く日本人や、チャンスだとほくそえむアラブ人やオージーは皆無に等しい。

これって、とんでもないことだと思うのだ。

冨安は衰えたのか?

まさか!

完調時の彼は、依然としてプレミアリーグでプレーするに値する選手だとわたしは思っている。日本にとって、未だ特別な存在であることは間違いない。

にもかかわらず、日本人はもちろん、対戦相手として日本を見る国の人々からも、冨安の不在はさしたる問題とは見られなくなりつつある。ブラジルからアーセナルのマガリャンイスが消えても、アルゼンチンからマンチェスターユナイテッドのリサンドロ・マルティネスがいなくなっても、だからブラジルやアルゼンチンが弱体化したと考える人がほとんどいないように、冨安の不在が問題視されなくなっている。

こんなにも短期間に、こんなにも劇的に、国民の、そして対戦相手の意識を変えた国を、わたしは知らない。


日本サッカー協会が掲げているW杯優勝という目標は、簡単にかなえられるものではない。いまは8カ国ある歴代優勝国のうち、ウルグアイ、イタリア、イングランド、アルゼンチン、フランスの5カ国は地元開催の大会で初優勝を飾っている。圧倒的なホームアドバンテージでもない限り、優勝経験のない国が黄金のカップまでたどりつくのは簡単なことではない。オランダでさえ優勝の経験はなく、コロンビアに至ってはベスト4に残ったことすらない。

ただ、少なくとも国民の、そしてアジアにおける対戦相手の意識において、日本がアジアではどこも足を踏み入れたことのない領域に突入しつつあるのは間違いない。優勝はともかく、次のW杯で過去最高の成績を残せるだけの土壌はできつつある、とわたしは思う。

とはいえ、まだ土壌はもろさ、危うさも秘めている。アジアカップに敗れたことで一気に自信を喪失した過去を思えば、この先も紆余曲折が待ち構えていることが予想される。

それでも、後退する時期があるにせよ、一度踏み入れたことの意味は大きい。アジアカップで木っ端みじんになったかと思われた選手の、ファンの自信は、わずか数カ月に完全に甦り、以前よりも分厚くなった。次に壊れ、次に甦ったとき、その厚みはさらに大きくなっているはずだ。

もちろん、そこでは冨安の力が必要になってくる。

9月のW杯予選で、森保監督が町田のDF望月ヘンリー海輝を招集したことが話題になった。なぜ彼は呼ばれたのか。わたしは、192センチの彼をサイドに置くことによる、サイズでのミスマッチを狙いたいのだろうと推測している。どこも中央にサイズのある選手を集めがちな以上、サイドにサイズのある選手を置くというやり方は、サイドに確実な拠点を作ることにもなるからだ。守りを固めてくる相手に対し、これは極めて有効な手段となりうる。

左サイドに冨安、右サイドに望月、なんて形になれば、両サイドに高さで優位性を持つ、史上初の日本代表が誕生する。アジアはもちろん、W杯本大会であっても、これほどのサイズ感のある両サイドはちょっとない。

というわけで、今季まだプレミアリーグで出番がないとか、移籍の候補にあげられているとか、決してポジティブとはいえない冨安の現状に対して、まるで騒ぐ気になれないのはわたしも同様である。

日本、とんでもないわ。

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