佐々木朗希が3年目を迎える開幕前に、とてつもない怪物へと覚醒しつつある
使えるものは何でも使う。それがプロの世界だとわたしは思う。借りて役に立つのであれば猫の手だって借りる。
だが、ロッテは借りなかった。自分たちが保有しているmax163km/hを誇るルーキーの右手を、借りなかった。
これからの佐々木朗希がどんな野球人生を送っていくかは、誰にもわからない。ひょっとしたら「あの人はいま」的な扱われ方をしているかもしれないし、大谷翔平を超える怪物としてその名を世界に轟かせているかもしれない。
ただ、どんな人生を歩むことになろうとも、借りて役に立つのであれば猫の手だって借りたくなる世界にありながら、断じて佐々木の右手を借りなかった球団とファンの我慢、根気、愛情は否定されるべきではないとわたしは思う。
というか、阪神ファンとしてはただただ感服するしかない。
ドラフトが近づいてくるたび、毎年のようにアマチュア球界には「怪物」が出現することになっているが、佐々木朗希は、掛け値なしの怪物だった。10年に一人、ひょっとしたら20年に一人、いやいや50年に一人かもしれない怪物だった。
何しろ、高校生にして直球のmaxが163km/hである。
入団当初の佐々木が、プロのピッチャーとしては著しく未完成であることは誰の目にも明らかだった。まだ線は細く、コントロールにも相当なバラつきがあった。井口監督からすれば、「使わなかった」というより「使えなかった」のかもしれない。
ただ、163km/hである。
ロッテという球団が、いわゆる常勝軍団で、ソフトバンクにも負けないぐらいの層を誇っていたというのであれば、まだわからないこともない。だが、マリーンズが最後にパ・リーグを制したのは、もう17年も前のことになる。われらが阪神タイガースと同じだけの年月を、優勝から遠ざかってしまっている。
勝てていないチームは、ファンは、救世主を求めがちだ。
才能あるルーキーが入団してくるたび、あるいはFAで大物選手を獲得するたび、阪神ファンは夢を見る。あいつなら、きっとやってくれる。令和4年のいまなら、高卒ルーキーの森木や前川が在阪メディアを賑わせている。一刻も早い一軍デビューを期待する空気が満ち満ちている。
もちろん、ロッテと阪神では地域性が違えばファンやメディアの気質も違う。まだ何の実績も残していない選手が一挙手一投足を追われる阪神は、12球団の中でも相当に異質な存在である。とはいえ、常に救世主を求めがちな阪神ファンのような存在が、ロッテの周辺にまったく存在しない、とも思えない。
佐々木を使え、使ってくれという声は、思いは、間違いなく存在していたはずなのだ。何しろ、163km/hである。切羽詰まった場面で、相手の打者が速球に対する反応に陰りの見えてきたベテランだったりすれば、1ポイントだけでも使いたくはなる。
それでも、ロッテの首脳陣は信念を貫いた。それに異を唱えるファンの声は、決して主流派にはならなかった。
1軍に帯同させながら試合には使わないという非常に珍しい育成方針は、雑音や邪魔に悩まされることなく遂行された。
良くも悪くも、阪神にはできないことだった。そして、阪神にできないことをやった彼らは、阪神が手にすることのできなかった巨大な実りを得るかもしれない。
藤浪晋太郎の数年に渡る苦闘を見てしまった阪神ファンからすると、それがたまらなく眩しく見える。
もちろん、甲子園を制した藤浪と、甲子園に出られなかった佐々木とでは、プロの世界に飛び込んだ時点での完成度に違いがあったことは間違いない。だが、高校球界では大谷と並んで飛び抜けた剛球投手であった藤浪も、高校時代に163km/hを投げることはできなかった。高校卒業時点での比較において、藤浪の方がすべてにおいて圧倒的に優っていた、というわけではない。
藤浪のプロ入り以降の結果と現状を見れば、「高校時代の遺産で活躍し、それを食いつぶしつつある」と言われても仕方のないところがある。少なくともわたしは、彼が入団1年目と比べて大きく成長したところ、変わったところはどこかと問われれば答えに詰まる。
一方で、今年で3年目を迎える佐々木には、見た目でもはっきりとわかるほどの変化がある。まず、明らかに体幹が強く、太くなった。制御の効かない暴れ馬のようでもあった速球は、同世代の奥川とまではいかないものの、十分にコントロールされるようになった。
それでいながら、マックスのスピードは落ちていない。緻密なコントロールを追い求めるばかり、高校時代には投げられていた速球が投げられなくなってしまう投手は珍しくないが、佐々木は、プロ仕様への変身を遂げつつ、高校時代の武器は失わなかった。
とてつもない怪物が、覚醒しつつある。ロッテという球団とそれを取り巻く人たちによって、ゆっくりと目覚めつつある。
金田正一しかり、松坂大輔しかり、大谷翔平しかり。過去に怪物と呼ばれた高卒のピッチャーたちは(あ、金田さんは中退だった)、入団直後から大暴れしたケースが多かった。逆に言えば、大卒、社会人あがりでも難しいプロへの適応を18歳でやってしまったからこそ彼らは怪物と呼ばれたのだが、佐々木の場合は、新しいタイプの怪物ということができるかもしれない。
たとえていうなら、大間沖で取れた最高級クロマグロを、そのまま締めずに専用のイケス(そんなものがあるはずもないのだが)で養生させたというか。
ともあれ、阪神ファンとしていま思うことは2つ。一つは、井口さん、間違っても交流戦の阪神戦で使おうなんて考えんでくれよってこと。幸い、今年のロッテ対阪神は千葉で開催されるので、それほど特別な意味はないかもしれないが。ひよっ子だったダルビッシュに甲子園で苦もなく捻られた現場を見せつけられた人間としては、ちょっと安心。甲子園には、才能ある若手の新たな一面を引き出す、引き出してしまう効能があるようなので。
もう一つは、「頼むぞ森木、1年目から佐々木なんて追い越しちまえよ!」──すいません、馬鹿は死んでも治らないといわれますが、阪神ファンはもっと治りません。
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