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baseball2023.02.10

2年目の新庄監督は、日本ハムファイターズにどんな躍進を与えるのか

一度だけ、東京ドームで野球をやったことがある。

一番センター野人岡野、二番ライト金子達仁、三番サード中田英寿。相手チームの先発マウンドに立っていたのはビートたけしさんだった。新潮社の企画で、「中田英寿軍対たけし軍団」の野球対決をすることになったのである。

結果は……忘れた。たけし軍団には甲子園に出たという助っ人が何人かいて、こちらは新潮社の野球経験者がメンバーを埋める程度だったから、まあ勝負にはならなかったはずだ。自分自身に関していうと、和田豊を激しく意識した右打ちでライト前に運んだと思ったら、元甲子園球児からの矢のような送球で無様なライトゴロを記録してしまったことはよく覚えている。

だが、それ以上に鮮烈な記憶として残っているのは、翌日のことだ。

筋肉痛で動けなかったのだ。

あれはフランスW杯が行なわれた年だったから、いまから25年前の話である。わたしはまだ30代に足を踏み入れたばかりで、サッカーをしている限り、肉体的な衰えはほとんど感じていなかった。テニスをやっても、スキーをやっても、せいぜい「あ、ちょっと痛いな」程度の筋肉痛を感じるぐらいだった。

ところが、東京ドームで野球をやった翌日は違った。わたしのポジションはライト。ボールはほとんど飛んでこなかった。試合を通じての運動量はサッカーを1試合やるよりはるかに少なかったはずなのに、翌日、わたしは動けなくなっていた。

足首が痛い。膝が痛い。腰が痛い。

後になって聞いたところによると、バリバリのアスリートだったサッカー日本代表の2人も、翌日はイヤな筋肉の張りがあったという。その理由も、彼らは知っていた。

人工芝である。

実は、わたしが東京ドームの人工芝を自分の足で踏んだのは、あのときが始めてではない。Jリーグが発足してからというもの、東京ドームでは何回かサッカーの試合が行なわれており、無理やり天然芝を敷きつめたグラウンドでブラジルのクルゼイロが戦ったこともあれば、そのままの状態で世界のオールドスターたちが妙技を競ったこともある。取材者としてなら、わたしは何回か東京ドームの人工芝を踏んでいた。

そのときは、まったく気付かなかった。プレーヤーとして踏みしめた東京ドームの人工芝は、とにかく硬かった。まるで、緑色をしたコンクリートの上でやっているようだった。

もちろん、その後は人工芝も進化した。現在の東京ドームの人工芝は、わたしが野球をやった当時とは完全に別物である。あれならば、選手たちが負担を感じることも少ないだろう。

ただ、そうはいっても人工芝は人工芝であり、また、球場によっては相変わらず足腰に負担を強いるところもある。

その一つが、札幌ドームだった。

昨年、初の首位打者を獲得した北海道日本ハムの松本剛によれば、本来であれば歓迎すべきホームでの連戦が続いたりすると、複雑な気持ちになることがあったという。

「地元のお客さんの前でやれるのは嬉しいんですよ。ただ、連戦の最後の方になると、やっぱり身体がキツいんです。他の球場でやれると、ちょっとホッとしたりもして」

ゆえに、彼は新シーズンを猛烈に楽しみにしていた。

「新球場が素晴らしいっていうのは前から聞いてましたけど、何より嬉しいのは天然芝ってことですよね。これはもう、いろんなことが全然違ってくると思います」

これはおそらく、松本に限った話ではあるまい。どのチーム、どの選手にとっても、新シーズンは楽しみなものだろうが、今シーズンのファイターズは、12球団でもっとも開幕を待ち望んでいるチーム、と言えるかもしれない。

正直、戦力的には厳しい。

昨シーズン最下位だったチームから、球界を代表するアベレージ・ヒッターだった近藤健介が抜けた。プロ通算打率が3割を大きく超えるバッターを失って、ダメージのないチームなどあるはずがない。人的補償として入団した田中正義にしろ、阪神からやってきた江越大賀、斎藤友貴哉にしろ、大化けの可能性は期待できても、計算でできる戦力とは言い難い。

ドラフトで入ってきた新戦力に大車輪の活躍を望むのも、いささか酷というものだろう。常識的に考えて、評論家の順位予想ではファイターズを最下位とする声が圧倒的と見る。

ただ、希望は見える。はっきりと見える。

00年代、「近い将来、広島カープが3連覇を達成する」などといったら、他ならぬカープ・ファンが一番笑ったのではないだろうか。山本浩二、衣笠祥雄の時代は遠く去り、老朽化した市民球場はビジターチームが通路に荷物を置き、ホテルに帰ってからシャワーを浴びるような代物だった。広島県民にとっては思い出の詰まった球場であっても、そこでプレーする広島以外からやってきた選手にとっては、愛着や誇りを持つのが難しい球場でもあった。

何より、観客を惹きつける魅力を失っていた。個人的な印象で言わせてもらうと、市民球場時代の広島は、阪神戦、巨人戦のチケットを一番手に入れやすい球場だった。

だが、新球場を手にしたことで、状況は一変した。

見て美しく、足を踏み入れて楽しい新スタジアムは、まず、女性ファンを惹きつけた。ヨーロッパでスタジアムを設計する人たちの間では、「女性をスタジアムに呼び込むにはまずトイレから」と言うのが常識になっているが、それを地で行く状況が広島に生まれた。スタジアムは活気に溢れ、活気に溢れたスタジアムは、選手たちの力を引き出した。球団グッズの販売を始めとするサイドビジネスも軌道に乗り、資金面での状況も大きく改善された。

同じことが、北海道でも起きる。きっと、起きる。

ちなみに、広島に新スタジアムが誕生したのは09年、3連覇をスタートさせたのは7年後の16年だった。「そんなに時間がかかったのか」と感じられる方がいらっしゃるかもしれないが、阪神ファンの一人としては、13年あたりからカープの熱量、上昇ムードに脅威を覚えてもいた。特筆すべきは、新スタジアムの完成後、カープはただの一度も最下位になっていない、という事実である。

もちろん、新スタジアムの魔力もいつかは消える。それは、多くの野球人が特別な球場と認める甲子園をホームとする球団が、一体何度最下位になっているかを調べれば一目瞭然である。いずれはカープのファンも、辛い現実に直面する日が来るかもしれない。

だが、それは23年のファイターズ・ファンが心配することではない。そして、優勝はともかく、2年目の新庄監督がチームを最下位から脱出させるのはそれほど難しいことではないかも、という気もする。

というのも、就任時に新庄監督が宣言した通り、昨年のファイターズはそもそも優勝というものを目指していなかった。それは、中でプレーしている選手も折に触れて感じていたことだという。

つまり、昨年の新庄監督は、あえてなのか結果的になのか、勝つための采配を振るわない時があった。少なくとも、選手たちがそう感じることはあった。

今年は、違う。

大黒柱が抜けた。明るい材料ではない。だが、考えようによっては、全力で勝ちに行き、それでも最下位に終わった中日の選手たちよりは、自信を持って新シーズンを迎えることができる。力が足りなくて最下位になったのではなく、勝ちにこだわらなかったからあの順位だった、と考えることができる。

広島の例を見れば、優勝には届かなくとも、クライマックス・シリーズに届くかどうかの戦いをしていれば、新スタジアムは大いなる起爆剤となりうることがよくわかる。

新庄監督が監督として優秀なのかどうかはまだわからない。ただ、「セ・パシャッフル」案で多くの人を仰天させたのも、ひとえにプロ野球人気を何とかしたい、このままではいけないとの一念からだとわたしは思う。メジャーリーグに資金面で大きく水を開けられてしまった日本プロ野球の現状を鑑みるに、こうした発想の持ち主は極めて貴重である。

というわけで、元阪神の選手だから、とか、代打の切り札・八木裕がコーチとして就任したから、とかそんなこととは関係なく、今年は新庄監督とファイターズに注目したい。一応、順位は「4位」を予想しておく。

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