ダルビッシュ有が38歳にして迎えるキャリア最高の年になったとしても驚きではない、その理由とは
大谷翔平のドジャース移籍が決まった際、一番ガッカリしたのがエンゼルスのファン、関係者だったとしたら、その次ぐらいに失望したのは、ダルビッシュだったかもしれない。
「すごく悲しい。大谷君も山本君もパドレスが契約できるんだったら、日本人で集まってドジャースを倒したいというのはあった」(音声配信サービス『stand.fm 』より)
驚いた。プロ野球はチームスポーツであると同時に、個人事業主の集まりでもある。メジャーリーグの場合、昨日までのチームメイトが今日は敵になっていることなど日常茶飯事だと言っていい。ファンにとってのチームは宗教にも似た唯一の存在であったとしても、選手にとっては違う。あくまで単なる契約先とドライに割り切る選手の方が圧倒的に多数派だろう。
そんなメジャーリーグの実態を熟知しているはずのダルビッシュが、大谷の移籍についてビックリするほどウェットな反応を見せたのである。これには心底驚かされたし、こうも思った。
目標が新しいステージに上がったのかな?
WBCの優勝に日本中が熱狂したのは、もう1年前の話である。あのとき、なぜ日本は熱狂したのか。当たり前のことながら、日本野球が世界一になったから、だった。五輪で日本人選手が金メダルを獲得したのと同等の快挙を達成したと考えたから、だった。
昨年末の特番でWBCの特集を組んだテレビ局があったように、優勝から半年以上が過ぎても、日本社会には未だ快挙の余韻が残っていた。日本人にとって、あの優勝は特別なものであり続けていた。
だが、アメリカでは違った。
昨年10月27日から始まり、レンジャースが4勝1敗でダイヤモンドバックスを下した戦いを『ワールドシリーズ』と表現することに違和感を表明するアメリカ人は皆無だった。ほとんどすべてのアメリカ人にとって、23年の野球の世界チャンピオンはテキサス・レンジャースであり、WBCを制覇した日本ではなかった。
ダルビッシュは、その現実を目の当たりにしている。
ただ、個人的にはアメリカ人の気持ちもわからないではない。
以前、『アジアシリーズ』という大会が行なわれていたのを覚えていらっしゃる方もいるだろう。日本、韓国、台湾、中国の4カ国のリーグ・チャンピオンによる、アジア・ナンバーワン決定戦である。日本が勝ったこともあれば、韓国が勝ったことも、驚くべきことにオーストラリアが勝ったこともある。
では、日本が優勝を逃した時、日本人は思っただろうか。
もう我々はアジア・ナンバーワンではない──。
結局、この大会は発案者が期待したほどには盛り上がらなかったこともあり、13年を最後に廃止された。もう一度大会を復活させよう、という声も聞かない。長くアジアの野球を牽引してきた日本にとって、アジア最高のチームとは日本シリーズを制したチームであり、日本シリーズこそが真のアジア・ナンバーワン決定戦だった。
では、日本に自分たちの力を見せつけたい、認めさせたいと考えた場合、挑戦者たちにできることはなんだろうか。
日本シリーズを制するチームの主力を、自分たちで占めること。自分たちがいなければ日本シリーズの優勝はなかった、と思わせること──。
だとしたら、わかる。日本ハムを皮切りに5つの球団でプレーし、移籍に感情を持ちこむことなどとうの昔に卒業しているはずのダルビッシュが、なぜ大谷の移籍に関しては感情を口にしたのか。
考えてみれば、千載一遇の好機ではあった。いまやメジャーリーグでも最高のアイコンとなりつつある大谷には、最大級の注目が集まる。そんなチームに有望な日本人選手が集まり、チームをワールドシリーズ制覇に導くようなことがあれば、WBCに優勝しても揺るがしきれなかった日本野球への見方を、根本から動かすことも可能かもしれない。そして、そのためには、ドジャースのようなプレーオフ出場常連チームではない方がより望ましい。大谷が、山本がパイレーツに来てくれたら──。
あくまで想像である。ただ、もしダルビッシュの中にそんな思いがあったのだとしたら、「すごく悲しい」という言葉が出てきた理由もわかる気がする。
ともあれ、大谷に続き山本由伸もドジャースへの移籍を決め、パドレスには楽天から松井裕樹が加わることになった。入団の決め手の一つにダルビッシュの存在があったことは、入団記者会見で松井自身が語っている。
これは嬉しいだろうなあ、ダルビッシュ。
元来、彼は自らの技術を公開することに対して極めてオープンな選手だった。それでも、自分を慕ってサンディエゴ入りを決めてくれた選手となれば、より情熱を持って、かつ深度の大きい技術論、経験論が伝えられるであろうことは容易に想像がつく。目下のところ、松井への注目は大谷、山本などに比べるとかなり控えめだが、シーズンが終わるころには評価を逆転させている可能性だってある。
何より、これはダルビッシュにとってもプラスになるのではないか。
野球に限らず、40代が近づいたスポーツ選手にとって、肉体的な衰えと同じぐらい大敵なのは、刺激に対する感受性が鈍ること、だとわたしは思っている。訪れる事象のほとんどはすでに経験したことであり、これは余裕を生む反面、少しずつモチベーションを蝕んでいく危険性を秘めている。
だが、メジャーに移籍して初めてとなる日本人ピッチャーとの共存と、その対象者から寄せられる絶対的な信頼は、新たなモチベーションの種となりうる。自分自身はもちろんのこと、松井にも大車輪の活躍をしてもらわなければ、アメリカ人の心根深くに巣くった日本野球を軽んずるような感情を揺り動かすという新しい目標はついえてしまう。
待ち受けているのは、恐ろしく困難でありながら、しかし素晴らしくスリリングな挑戦である。
スポーツの未来はわからない。万全の準備をし、最高の状態でシーズンを迎えた選手が最悪の1年を送ることもある。ただ、24年のダルビッシュが、38歳にしてキャリア最高の1年を送ることになったとしても、わたしは驚かない。
阪神が連覇するのと同じぐらい、驚かない。
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