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football2020.04.29

『柴崎岳がスペインで輝くために必要な選択とは。』

その昔──といってもわたしが学生だったころ、イングランド代表にスティーブ・ブルというストライカーがいた。

まだ日本でサッカーの中継が皆無に近い時代だったこともあって、動いている彼の姿を見たことはほとんどない。『サッカー・マガジン』や『イレブン』といった専門誌にカラーの写真が載った記憶もない。それでも名前がはっきりと記憶に残っているのは、スティーブ・ブルという選手が、相当に変わった経歴の持ち主だったからである。

彼は、2部リーグに所属しながら代表に選ばれた選手だった。それだけでもかなり珍しいことなのだが、代表に選ばれ、1部のビッグクラブからのオファーが多数舞い込んでも、頑として移籍には応じなかった。言ってみれば、サクセス・ストーリーを拒否し、自分を育ててくれたクラブとファンに殉じたオトコ、それがスティーブ・ブルだった。

さて、柴崎岳である。

2部リーグに所属しながらイングランド代表に選ばれたブルも相当に珍しい例だが、リーガ・エスパニョーラの2部に所属しながら、日本代表の中核として活躍し続けている彼も、かなりのレアケースと言っていい。怪我明けであったり、所属チームでベンチ外になるような状況であっても、代表に戻ってくると何事もなかったかのように質の高いプレーを見せる。海外移籍で無聊をかこつうち、本来の良さを失っていく日本人選手が珍しくないが、柴崎に関してはそれが当てはまらない。



なぜか。わたしの考える理由は単純だ。サッカー選手としての彼のスキル、才能が日本代表の中でも傑出したレベルにあるから、である。本田圭佑でさえ、香川真司でさえ、柴崎との純粋な才能勝負では分が悪いのでは、とまで思う。

ではなぜ、それほどの才能に恵まれた選手が、スペインでは輝きを放てていないのか。コミュニケーションに難があるからではないか、というのがわたしの推測である。

サッカーを実際にプレーしている人は、小学校から中学、あるいは中学から高校に進学した時のことを思い出していただきたい。新しい仲間の中に、昔からの顔なじみが何人かいたとする。ボール回しの練習をするとき、そういう選手とパートナーにならないだろうか。紅白戦でパスを出す時、知らない選手よりも顔なじみの選手を探してしまわないだろうか。

わたしは、そうだった。ただ、それもごく最初の時だけで、すぐに入学時の温度差は解消されていった。

日本人が海外でプレーするということは、付属校あがりの生徒が大半のチームの中に、外部生が飛び込んでいくようなものである。当然、最初は浮く。しかし、共に過ごす時間が長くなっていくうち、会話を交わす機会が増えていくにつれ、内部の人間は異物を受け入れ、外部の人間は周囲に溶け込んでいく。

想像していただきたい。外部から来た人間がまったく会話に加わらなかったら、内部の人間はどう感じるだろう。

語学力というのは、実はそれほど重要ではない。できるに越したことはないが、できなかったとしても、身振り手振りで必死にコミュニケーションを取ろうとする者を排除しようとする人間は少数派である。

これは個人的な印象なのだが、関西出身の選手は、日本の他の地域に比べ、コミュニケーションの能力が格段に高い。逆に、よくいえば慎ましやか、悪くいうと引っ込み思案の傾向が強いのが、東北出身の選手である。

アントラーズにおける柴崎の先輩、小笠原満男も素晴らしい才能の持ち主だった。視野の広さや技術の高さは、中田英寿よりも上だったのではないか、とわたしは思う。だが、岩手出身の彼は、自分の意見や感情を積極的に表に出すタイプではなかった。それは恥でもなければ罪でもないが、ただし、周囲に理解してもらうのには時間がかかる。残念なことに、周囲の理解度が十分なレベルに達するより先に、契約のタイムリミットが訪れてしまった。

17年に2部のテネリフェに移籍した柴崎は、20年4月現在、スペインで3つ目のクラブとなるラ・コルーニャに所属している。小笠原同様、関西人気質とは言い難い性格らしい柴崎の場合、あまりいいキャリアの選択だったとは思えない。一つのクラブにじっくりと腰を据え、理解者を増やしていく道をとるべきだったのではないか。

マジョルカの久保が素晴らしい才能だというのであれば、柴崎もまた素晴らしい才能である。日本代表での輝きでいえば、柴崎の方が上だということもできる。

では、柴崎がスペインで輝くためにはどうするべきか。

スティーブ・ブルと同じ道を選ぶべきではないか、とわたしは思うのだ。

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