日本代表の最終ラインを支える板倉滉の経験値は日本に大きなプラスをもたらす
W杯・アジア最終予選における日本のMVPは誰か。そう問われれば、わたしは伊東純也だと答える。彼のスピードと得点力がなければ、日本のカタール行きはまだ決まっていなかったか、ひょっとするとすでに費えていた可能性もゼロではない。
ただ、最終予選における日本のストロングポイントはどこかと問われれば、答はまったく違うものになる。
守りの力、である。
伊東のスピード、得点力は日本にとって欠かせないものとなったが、それはあくまでも、彼個人の力によるものだった。チームとして計算できるものというよりは、彼のコンディションや相手との力関係によるところが大きかった。アジアで大丈夫だったから、W杯でも大丈夫、と言い切れる自信がわたしにはない。
だが、守りに関していえば、相手がドイツだろうがスペインだろうが、ある程度はやってくれる、やれるはずだと感じている。なぜか。日本のディフェンスが、個人の能力によるものというよりは、複数の選手たちの意志によって成立しているところが大きいから、である。
最終予選が始まる前、日本の最終ライン中央部は吉田と冨安で決まり、という状況だった。それだけに、まず冨安が抜け、次に吉田までもが戦列を離れた際には、あちこちから守りを不安視する声が聞こえた。白状すると、私自身、かなり不安は覚えていた。
ところが、冨安がいなくなっても、吉田がいなくなっても、日本代表のディフェンス力はほぼ揺らがなかった。それどころか、吉田と冨安で構成していた時とはまた違った安定感で、相手にほとんどチャンスすら作らせなかった。
こうなると、本大会が難しくなってくる。
おそらく、例年通りにW杯が6月に開催されるのであれば、森保監督は迷わず吉田と冨安の起用に踏み切るだろう。フロンターレの現役とOBで構成する中盤以降の守備力、構成力は魅力だが、パワーを跳ね返すという点では不安も残る。その点、ヨーロッパでの経験も豊富な二人を使っておけば、大きな破綻が起きることは考えにくい。
ただ、今回のW杯は11月に行なわれる。シーズンが終わり、新シーズンの途中に開催される史上初めてのW杯である。
選手の立場と評価が、現時点とはまったく違うものになっている可能性がある。
心配なのはサンプドリアの吉田である。残念ながら、ここにきて現地における彼の評価はかなり下がってきてしまっている。開幕から12節まではスタメン・フル出場を続けていたが、年が明けてからは後半途中からの出場が増えた。新しいシーズンを、今季と同じ立場、チームで迎えられるかは微妙になりつつある。
もちろん、W杯は選手にとって特別な場でもある。所属チームで不遇をかこちながら、代表では爆発するといった例は枚挙に暇がない。サンプドリアで調子を落としているからといって、代表でもダメなのかといえば、それは断じてノーである。
とはいえ、楽観はできない。
もし本当に吉田がプレーヤーとして下り坂の時期に入ったというのであれば、代役が必要となる。そして、板倉滉は、まず最初に名前があがってくる存在だろう。
この原稿を書いている4月25日現在、彼が所属するシャルケ04は1部自動昇格圏内の2位につけている。首位ブレーメンとの勝ち点差は1、一方で3位のダルムシュタットとは勝ち点差2、4位ザンクト・パウリとの勝ち点差は3と、1試合で1部との入れ替え戦、はたまた2部残留になりかねない極めて緊迫した状況にある。シャルケにとって痛かったのは、首位で迎えた30節、ホームでのブレーメン戦に1-4と大敗し、立場の逆転を許してしまったことだった。
だが、ファンの熱狂度ではバイエルンなどをはるかに凌駕すると言われてきたシャルケのファンは、時に中盤、時に最終ラインでプレーする板倉を高く評価している。1部自動昇格に黄信号が灯るや否や、板倉の残留を望む声が沸き上がった。万が一昇格を逃した場合、1部の強豪や本来の所有先であるマンチェスター・シティが放っておかないと考えたからだろう。それぐらい、ケーニッヒスブラウ(王者の青)と呼ばれる名門における板倉のプレーぶりは際立っている。
なぜ板倉のプレーはシャルケ・ファンの心をつかんだのか。個人的には、ドイツ・サッカー界の伝説が関係しているように思う。
ミッドフィールダーとしてゲームを構成する能力を持ちながら、最終ラインをまとめる力にも長けた存在──ドイツ・サッカーの伝統を知る者であれば、誰だって“皇帝”ベッケンバウアーや“闘将”ローター・マテウスを思い出す。もちろん、まだまだ物足りない点は多々あるにせよ、今シーズンの板倉は、そうしたドイツ・サッカー界の伝説を彷彿とさせるプレーを何度か見せてきた、ということなのだろう。
もしシャルケが1部に昇格すれば、あるいは他の1部、プレミアのチームに引き抜かれるようなことがあれば、プレーヤーとしての板倉の経験値は飛躍的に増大する。これは、日本にとっては極めて大きなプラスたりえる。
わたしが期待しているのは、シャルケが残り3試合を無事に乗り切り、チームとともに1部に上がること。そして、息のあった、しかし1部の強豪に比べれば少し力の落ちるチームメイトと、バイエルンやドルトムントと戦う。その経験は、間違いなくW杯初戦にむけての財産となるはずだ。
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