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football2023.05.07

チャンピオンズ・リーグ準決勝で実現した、ミラノ・ダービーは、イタリアに届いた久しぶりの胸躍るニュース

凄い時代になったもので、朝起きたら、小学校5年生になる息子がボストンに住むいとことiPadを使っておしゃべりしていた。神戸から横浜に引っ越した際、会えなくなった友達に電話がしたくても「電話代が高いからダメ」とシャットアウトされた過去のある父親としては、なんとも複雑な気分である。

ボストンに住む17歳の甥っ子はとにかくアニメが大好きで、毎週末、7歳年下になるウチの息子とやれ鬼滅がどうだのスパイ・ファミリーがどうだのチェンソーマンがどうだのと、集英社にとっては理想的な会話で盛り上がっている。我が家にとっては格安で息子に英語を教えてくれるありがたい存在なのだが、彼にとっても、世界最速で最新作が見られる、読める日本に情報網を確保しておくことは結構なメリットであるらしい。

そんなわけで、その日も英会話のレッスンなのかアニメ談義なのかわからん会話を繰り返していた2人だったが、「じゃあ、今週あったことを言ってみようか」と甥っ子が英会話の先生としての顔を取り戻したところで、“事件”は起きた。

「WBC、凄かったね!」──息子が日本語で答える。いつもなら、甥っ子がそれを英訳して、こういうときはこういうふうに言うんだよ、的な感じでレッスンが進んでいくのだが、

3月下旬のその目は違った。

「WBC?なに、それ?」

息子はきょとんとしていたが、こちらはビックリ仰天である。おいこらちょっと待て。そっちの国でやってるイベントを、そっちに住んでる人間が、それも優勝国、準優勝国の国籍を持ってる人間が知らないってどういうことよ。わたしは息子からタブレットをひったくり、甥っ子を問いただした。

「WBC知らないってマジ?野球の世界一決定戦。見てなかった?」

突如画面に現れた叔父の姿に軽くたじろぎつつ、甥っ子は言った。

「ああ、日本が勝ったやつですね。そっか、あれWBCって言うんだ。いや、こっちのスポーツニュースは“マーチ・マッドネス”で埋めつくされてるんで、ぼくの回りでは誰も見てなかったです」

スペインに留学したウン十年前、骨身に染みていたはずだった。日本の常識が、世界の常識とは限らない。日本のビッグニュースが、スペインでもビッグニュースとは限らない。日本中の注目を集める五輪より、バルセロナではバルサに加わる新戦力の方がバリューのあるニュースだったりもする。

ただ、アメリカに住んでいる日本人が、アメリカで行なわれたアメリカと日本が決勝戦を戦った大会を、「ああ、日本が勝ったやつですね」ぐらいにしか捉えていないのには、久方ぶりに面食らってしまった。もちろん、そうでないヒト、つまりWBCに熱狂したアメリカ人や在米日本人もいたのだろうが、昨年末のW杯に熱中していた甥っ子は、熱量でいくとその十分の一程度の関心しかもっていなかったようだった。

野球の世界一決定戦よりも、“マーチ・マッドネス(3月の熱狂)”と呼ばれる大学バスケの全米王者決定戦。おいおいマジかよと思って調べてみて納得した。WBC決勝の全米視聴者数は、過去最高となる497万人だったものの、1試合平均で1700万~2000万人とも言われるマーチ・マッドネスの視聴者数にはずいぶんと水を開けられた。それどころか、全米2500万人以上が視聴したとされる昨年のW杯決勝にも遠く及ばない。甥っ子の反応は、どうやら特殊なものではなかったようだった。

というわけで、あらためて身に沁みた。なので、ベスト4が出揃ったチャンピオンズ・リーグを、ちょっと違った視点から眺めてみる。

イタリア、えらいこっちゃだろうなあ。

ほとんどの日本人サッカーファン、いや、世界のチャンピオンズ・リーグを愛する方たちにとって、まず注目するのはレアル・マドリード対マンチェスター・シティの一戦だろう。誰がどう見たって、これが事実上の決勝戦。個人的にはシティの方がちょっと上じゃないかな、との思いはあるものの、シティの監督がグァルディオラである以上、サンティアゴ・ベルナベウのお客さんは凄まじい情熱をもってペップをつぶそうとしてくるはず。

国内リーグでも気が抜けないシティに対し、バルサの独走を許したレアル・マドリードは、事実上チャンピオンズ・リーグ一本に目標を絞ることができる。正直、どちらが勝つかはまったくわからないし、わたし自身、めちゃくちゃ楽しみな一戦でもある。

ただ、もう一つのカード、ACミラン対インテル・ミラノは違った意味で特別である。言わずと知れた、イタリア北部の大都市、ミラノを本拠地とする宿命のライバル対決が、何とチャンピオンズ・リーグ準決勝で実現したのだ。これはもう、歴史的にみてもとんでもない一戦だと言わざるを得ない。

これは、チャンピオンズ・リーグの歴史を見ても、これほど激烈なライバル関係にある同じ都市を本拠地とするクラブが、ここまでの舞台で激突したことはなかった。

そもそも、ロンドンに本拠地を持つクラブが多数存在し、また、マンチェスターやリバプールなど、国際的な競争力を持つクラブが地方にも存在するイングランドを除き、基本、ダービーマッチとは特別な一戦である。

しかし、同じ都市にある2チームが、同じような実績を残しているケースというのは、実は極めて珍しい。バルセロナは?エスパニョールが相手にならない。マドリードは?レアルの実績があまりにも凄すぎる。バイエルンと1860ミュンヘンはそもそも試合自体が実現しなくなってしまったし、ドルトムントとシャルケの力関係もずいぶんと差がついた。

スペインではバルサ対レアルの試合が“クラシコ”、ドイツではバイエルン対ドルトムントの一戦を“デア・クラシカー”などといって対決ムードを煽っているが、裏を返せば国中を惹きつけるようなビッグクラブ同士のダービーマッチが存在しないからに他ならない。

インテルとミランは違う。どちらも伝統と実績があり、インテルがカテナチオ、ミランがゾーン・プレスを世界に広めたように、サッカーの戦術を語る上でも欠かせない存在となっている。昨年のワールドカップでサッカーに興味を持った方からすると、わかりやすいスター選手が見当たらないこの両チームの対決は、一見、地味に感じられるかもしれない。

ただ、チャンピオンズ・リーグ準決勝でのデルビ・ディ・ミラノとなると、そうそう見られるものではないし、ひょっとしたら、わたしなんぞはこれが人生で見る最後の対決になるかもしれない。なにしろ、前回このカードがこのラウンドで実現したのは20年前のこと。ここで見ておかなければ、次はいつ見られるかわかったものではない。

もちろん、それを一番よく分かっているのはイタリア人。というわけで、イタリア以外の国では“準決勝のもう一つのカード”的な扱いを受けがちのこの対決だが、イタリアのファン、メディアは大変な盛り上がりを見せているようだ。

気持ちは、まあわからないでもない。

ご存じの通り、昨年のカタールW杯、イタリア代表は本大会に出場することすらできなかった。セリエAというリーグ自体も、地盤沈下が嘆かれて久しい。

今回の準決勝でのミラノ・ダービーは、そんなイタリアに届いた久しぶりの胸躍るニュースだろうし、加えていえば、ここで対決が実現したおかげで、決勝戦には必ず、イタリアのチームが進出することも決まった。

ミラニスタ、インテリスタだけでなく、ロマニスタやユベンティーノまでが密かにこの対戦に注目しているらしいのも、ごもっともだと思うのだ。

どちらが勝つかは、正直、まったくわからない。ただ、勝った方が、これまたどちらが勝つかまったく予想不可能なもう一つのカードを制した相手から、しぶとくカップをもぎ取りそうな気がする。

前評判が低い時のイタリアは怖い。これ、サッカー界に長く伝わる風説である。

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