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football2023.10.04

W杯で見えた光と影。なでしこジャパン勝利への宿命、理想と現実の狭間で。

8月にオーストラリア、ニュージーランドで開催されたサッカーの女子W杯で、なでしこジャパンこと日本女子代表はベスト8に進出した。収穫も、課題も、それから深刻な問題点も、様々なことが浮き彫りにされた大会だった。

まず収穫として挙げられるのは、なでしこが依然として高い国際競争力を保っていることを、周囲にも、自分たちにも証明できた、ということだろう。

日本が大会の主戦場としたのは、ニュージーランドだった。オセアニアからアジアに編入してきたオーストラリアであれば、日本に幾ばくかの親近感を抱くということもあっただろうが、ニュージーランドとの間にそこまでの絆、関係性はない。せいぜい、同じ年に甚大な災害を被った、ぐらいだろうか。

だが、大会が進むに連れて、ニュージーランドの観衆は明らかに日本びいきになっていった。それは、「日本だから」ひいきにしたというよりは、「日本がいいサッカーをしているから」だったようにわたしには感じられた。

実際、第三者を惹きつけるだけのサッカーをなでしこたちが見せていたのは間違いない。緻密で、献身的で、クリーンな彼女たちの戦いは、反日を国是としている国以外であればどこであっても受け入れられたことだろう。

だが、彼女たちに対する大会前の評価は芳しいものではなかった。2011年のW杯を制したことがよく知られている反面、女子サッカーの進化から取り残された存在という見方は、内外ともに少なからず存在していた。日本国内でギリギリまで放映に手を挙げる局が現れなかったのも、投資に見合うリターンがあると見なされていなかったからだった。

それだけに、グループステージでスペインを粉砕し、準々決勝でスウェーデンをあと一歩のところまで追い詰めた戦いぶりは、控えめにいっても、この大会を観戦していた人たちに衝撃を与えていた。大会期間中、海外の通信社の中には日本のランクを一気に引き上げたところもあった。

再び取り戻すことができた自信と名声は、今後のなでしこにとって、間違いなく大きな財産となる。来年のパリ五輪では、なでしこにまつわる争奪戦も始まるだろう。どこの放送局も手をあげない、なんてことはまず考えられない。

ただ、現場に目を向けてみれば、課題もある。

大会前、なでしこについてのニュースで一番大きく扱われたのは、長く日本を引っ張ってきた岩渕真奈のメンバー落ちだった。その後の引退発表を見れば、彼女がもはやプレーできる状態になかったとわかるが、あの時点では、「誰がその穴を埋めるのだろう」というのがわたしの抱いた率直な感想だった。

そして、その穴は埋まらなかった。

熊谷を中心とする最終ラインは素晴らしく安定していた。宮沢や植木、藤野の推進力には目を見晴らされるものがあった。長谷川の感覚は明らかに異質だった。今回のなでしこが、よく熟成された、非常に魅力的だったということに異論はない。ただ、苦しい時間帯にチームを支え、「わたしに任せて!」と背中でチームを引っ張るタイプの選手が、今回のチームにはいなかった。言い方を変えれば、典型的な「背番号10」がいなかった。

男子のサッカーでは単なる記号の一つと考える指導者も珍しくなくなった「背番号10」だが、わたしは、女子サッカーに関しては依然として重要な存在だと思っている。いや、背番号は10でなくてもいい。苦しい時にボールを預けたくなる選手、預ければ何とかしてくれる選手、攻守に渡って周囲を鼓舞してくれる選手、であれば。


ニュージーランドで背番号10をつけた長野はよく頑張った。だが、わたしが期待する背番号10の理想像からすると、彼女がボールに触れる回数、前線に飛び出していく回数には物足りなさを感じずにいられなかった。長谷川についても同じことがいえる。後半なかばまでほぼ一方的に押し込まれたスウェーデン戦などは、もっと早い段階で相手の勢いを打ち消す個人の意志が見たかった。

もちろん、そのあたりは現場の池田監督が一番強く感じていたことだろう。W杯後初のテストマッチとなったアルゼンチン戦は、長谷川を始めとする何人かの選手が、ニュージーランドとは少し違ったやり方にチャレンジしていた。残念ながら、アルゼンチンが不甲斐なさ過ぎたため、それが高いレベルでも有効なのかは疑問の残るところだったが、五輪に出場するという前提で考えるならば、意味ある挑戦だったとわたしは思う。

ただ、昨年の女子アジアカップで苦杯を喫したことからもわかるように、アジアを突破するのは決して簡単なことではない。10月23日から始まる2次予選はともかく、4カ国中1チームしか勝ち抜けない3次予選(来年2月)では、内容を度外視してひたすらワンチャンスに賭けるところも出てくるだろう。苦しい試合が続くことは覚悟しておく必要がある。

それでも、ニュージーランドで再びつかんだ自信と手応えは、なでしこたちを一段上の次元に引き上げたはずだとわたしは信じているし、万が一にも取りこぼすようなことがあれば、せっかくつかんだ自信にヒビが入りかねない。ここは、最初から最後まで圧倒的な力を見せつけてほしい、というのが正直な思いである。

わたしが深刻な問題だと感じているのは,他にある。

ニュージーランドでの戦いで、なでしこたちは少なからず世界にインパクトを与えた。評価と期待値は一気に高まった。

だが、日本国内の反応は薄かった。

W杯終了後のWEリーグにわたしは注目していた。一体どれぐらいの人がスタンドに足を運んでくれるのか。結果は、いささか無残だった。6試合のうち3試合が、3ケタの観衆しか集めることが出来なかった。

ベスト8ぐらいでは、この国は動かなかったのだ。

なでしこが国民栄誉賞を獲得し、多くのファンが国内リーグに足を運んだのは、彼女たちが世界一になったからだった。つまり、多くの日本人にとって、世界一というのが女子サッカーにとってのベースになった。というか、なってしまった。

あのとき女子サッカーに惹きつけられ、すぐに引いて行ったライトな層からすると、どれほど魅力的なサッカーを展開しようが、世界でベスト8という結果は、さして魅力的なものではなかった、ということなのだろう。

なでしこ然り、ラグビーも然り。バスケットボールもまた然り。世界大会での好成績を人気拡大の起爆剤として期待しているスポーツは、常に世界大会で好結果を出さない限り、せっかく獲得したファンを失いかねない危機を内包している。

いうまでもなく、世界で勝つのは、勝ち続けるのは、簡単なことではない。

しかも、世界大会で活躍した選手のほとんどが日本国内でプレーするラグビーやバスケットと違い、なでしこの選手たちは続々と海外でプレーするようになっている。代表チームのレベルアップを考えれば好ましいこととはいえ、これでは、代表の試合以外には注目が集まらないという歪な構図が出来上がってしまう。

イングランド代表がW杯出場を逃しても、リバプールのファンはアウフィールドに行くことをやめたりはしない。WBCで惨敗を喫していたとしても、今年の阪神の観客動員には何の影響もなかったことだろう。ようやく、Jリーグも代表の試合とはほぼ関係なく集客ができるリーグになりつつある。

女子サッカーは、違う。

どれほど選手を引き抜かれようが、アルゼンチンやブラジルの国内リーグは、変わらぬ活況を呈している。だからこそ、次から次へと新たな才能が出現するし、男子の日本サッカーも、ようやくそのサイクルに足を踏み入れつつある。

だが、いまだ国内リーグが未成熟な日本の女子サッカーにとって、主力選手の海外移籍は、そのままWEリーグに対する無関心につながりかねない。才能を産み出す泉を、枯渇させかねない。

となれば、残された道は世界大会での勝利しかない。

期待はある。ただ、それと同じぐらい、わたしの中には暗澹たる気持ちが蠢いている。

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