シューズから見た2021年箱根駅伝総括!
■恒例のシューズから見た箱根駅伝総括
みなさん、こんにちは、藤原商会代表:シューズアドバイザー藤原です。
去年の今頃、箱根駅伝が開催されたときは、まさかこんなことになるとは…こんな世界中がコロナウィルスの猛威でパンデミックになると本当には想像だにできませんでした…
しかし、1年を経て、こうやって箱根駅伝が開催されることは、コロナウィルスを正しく恐れる意味でも重要です。五輪もそうなのですが、やらない理由ではなく、どうしたらやれるのか、を考えるべきですよね。やっぱり選手の活躍に元気をもらえましたからね!
さて、今年も箱根駅伝をちょっと違った角度から楽しむ、恒例の ”シューズから箱根駅伝“ を見ていこうと思います。
昨年の大会では210名のうちナント177名、84.7%の出場選手がナイキを着用するという史上稀に見るほどのブランドシェアでした。そして、それは、そのほとんどが、ヴェイパーフライ ネクスト%という“市販品“であったことが、とても大きな意味がありました。まさにシューズ業界的には、“事件“だったんです
■日本的カスタムシューズの終焉
日本では歴代の五輪出場選手がそうであったように、選手は、市販モデルとはウリ二つだけど、細いところを自分の好みにあった仕様にする“カスタムシューズ“を好みました。同時に、その市販品自体、日本人選手が好むスタイルのJAPAN専用レーシングモデルという形で発売されて、海外のブランドにとっては一種の、箱根駅伝という“市場“への参入障壁のようなものだったのかもしれません。
厚底ブームが来る前の、いわゆる薄底レーシングスタイルがそれにあたります。ナイキもかつてそうでしたし、アディダスも靴の名工をブランドに招いて、それを箱根駅伝だけではないですが、日本人の好みに合わせる努力をしていたわけです。
それが、昨年はこの大舞台で、日本だけでなく、世界中で発売されたインンターナショナルモデルを、まさか8割強のランナーが好んで履いてくれたわけです。カスタムやJAPAN専用レーシングをわざわざ作らなくても、箱根駅伝の選手が、その機能性に親しみを持ってもらえれば、市販品だって履いてくれることが証明されたわけです。
これは”事件”です。市販品でもいいシューズであれば、選手に本番で履いてもらえることに一歩近づいたとも言えます。
また、昨年の1月に決まったワールドアスレティックス(WA)の国際大会では誰もが手に入れられる市販品を履くルールに変更されました(のちにトラックではヴェイパーフライ ネクスト%は禁止に)。それは明らかに追い風になったと言えます。
ナイキがヴェイパーフライ ネクスト%という類稀なるレーシングシューズを、エリウド・キプチョゲというスーパースターと一緒に、2017年のモンツァでのブレイキング2以来、実績に実績を重ねて育ててきた、その芽がようやく花開いているわけです。
それは一朝一夕にいかないでしょうし、また、そんなに甘くないと思われていたのが箱根駅伝だったのです。
■ますます広がった2021のナイキシェア
2021年の箱根駅伝シューズ着用率速報
しかし、蓋を開けてみると、ナント、201人使用の95.7%シェアと、今年も、というより今年はさらに、ナイキのワンサイドシェアになりました。結果的に、上の表にもあるように、210名がたった4ブランドのシューズしか着用せず、各ブランドのシェアは、それぞれ1%台、アシックスは着用者がいませんでした。
レースは、青山学院、東海、駒澤のビック3という下馬評の中、創価大学の初優勝と思われた最終10区、残り数キロでのまさか大逆転勝ちをした駒澤大学が13年ぶり7回目の優勝を果たしました。
そして、優勝した駒澤大学をはじめナント14校がナイキ100%のシェアになりました。
直前にあった全国男女高校駅伝、元旦のニューイヤー駅伝でもその傾向は見てとれました。特に高校駅伝での女子選手のナイキ着用率の高さに驚きました。この状況は少なくとも推察できました。
しかし、これだけ、各ブランドも力を入れてきたはずなのに、一体何が起きているのか、どうしてこのような状況なのでしょうか。そう甘くないのが本当に箱根駅伝というものなのです。
■ヴェイパーフライ ネクスト%その“ネクスト“ アルファフライの出現
優勝した駒澤大学はなんと言っても、2区を走ったエース田澤選手や6区で逆転優勝のキッカケを作る爆走をした花崎選手が目立ちましたが、その彼らが履いていたのが エア ズーム アルファフライ ネクスト%です。
昨年は、ズームXヴェイパーフライネクスト%ほぼ一色でしたが、今年は、ナイキを履いた201名の約半分97名がこの最上位モデルを着用しました。
今年はこのシューズが加わったことが大きく影響を与えたと思います。
そのアルファフライは言わずもがな、現世界最高記録保持者エリウド・キプチョゲ選手が、人類史上初のフルマラソンサブ2というミッションのために作られ、そして、成し遂げたシューズです。
2019年10月のINEOS159の歴史的な日に、キプチョゲが履き、その存在は誰もが知っていましたが、昨年の箱根駅伝開催時には、まだ発売もされていませんでした。むしろ、これはルール違反ではないか?という議論が盛んあった頃です(その後、正式にアルファフライのスタックハイト40mmはルール範囲内となりました)。
昨年の箱根駅伝でのナイキシェア84.7%という結果は、ヴェイパーフライ旋風とも言うべきもので、ズームXヴェイパーフライネクスト%がその先導役でした。そのズームXヴェイパーフライネクスト%を超えるスーパーシューズ” エア ズーム アルファフライ ネクスト%”で、本番はこのシューズで活躍するんだ!と、まさに“最終兵器“的に使用した選手も少なくなかったでしょう。日頃のトレーニング成果をさらに可能性を高めるには、機能的にも、精神的にも、そのルックス自体も、その存在は十分なものだったわけです。
■区間上位者は、ほぼナイキ
下の表は、各区間、区間3位までの上位選手のナイキシェアです。ここでも脅威の86.7%と圧倒しています、各社もこの1年で“対ナイキ厚底レーシング“を発売してきたにも関わらずです。
2021年各区間1~3位までの選手着用シューズブランド
区間上位者の中にも、キプチョゲ同様に足元ギアを“アップデイト“し、エア ズーム アルファフライ ネクスト%を履いて快走した選手が見られますが、その一方で、もはや、ディスタンスレースのスタンダードモデルとなったズームXヴェイパーフライネクスト%をあえて選ぶ上位選手、そしてその他の箱根ランナーにも目立ちました。
区間順位(1位~3位)から見たナイキシューズの種類
選手もアルファフライ一色にならないことも、市民ランナーの皆さんには、シューズを購入する上で参考になるところだと思います。
昨年からのトレンドを引き継ぎ“厚底レーシング“という言葉、その象徴ともいえるズームXヴェイパーフライネクスト%という優れたシューズの人気が根強いものだと感じ得ません。
■これだけ情報がある世界で日本ランナーは保守的、群衆的
もちろん、昨年から今年のこの大舞台までに、他のブランドも何もしなかったわけではありません。
・アディダス アディゼロ アディオス プロ
・サッカニー エンドルフィン プロ
・ブルックス ハイペリオンエリート1、2
・ホカオネオネ カーボンエックス、ロケットエックス
・ニューバランス FuelCell RC Elite
・アシックス METARACER
などと、各ブランドから次々に、“対ズームXヴェイパーフライネクスト%とおもわれるシューズ“が発売されました。
そして、各ブランドの対ズームXヴェイパーフライネクスト%シューズは、コロナ禍のこの今年は数少ないレースの中で、それでも少しずつその成果を出しているからです。
東京五輪の代表を決める全米五輪トライアルでは、女子はホカオネオネのシューズを履いた選手が優勝、2位はサッカニーのシューズを履いた選手でした。全体のシェアは70%強がナイキでしたが、2位はブルックスでした。
また、最近では、アディゼロ アディオス プロを履いたキビウォット・カンディエがバレンシア・ハーフマラソンで57分32秒の世界新記録を樹立しています。
少しづつですが、その実力は実証されつつあります。
しかしながら、他のメーカーからもこのように魅力的なシューズが誕生しているにもかかわらず、箱根駅伝というカゴの中の力学、島国ならではの群集心理もあって、駅伝参加選手にとっては遠くのすごい選手の履いているシューズの話より、近くのライバルが履いているシューズの話の方が重要であり、昨年に引き続きナイキの厚底シューズを履く選手が多いという結果になっています。
昨年も書きましたが、あえて他のブランドを履いて、箱根という大舞台で目立ってやろう!なんてランナーがいないのが、箱根駅伝なんです。その長い歴史とその伝統ゆえ、その区間を任せられるその責任と、また、長距離ランナーの典型的な性格もあってか、冒険を選ぶより、ライバルと同じシューズで、同じ土壌で戦う、ということになるわけです。
「みんなが履いてるから同じシューズを履きたい」という選手もいれば、「あの選手に負けたくないから、あの選手と同じシューズを履きたい」という選手もいる、「ズームXヴェイパーフライネクスト%は履いた方がいいという友人のススメをうけて同じシューズを履く」という選手もいるでしょう。
箱根駅伝というカゴの中、そういったそれぞれの独特なパワーバランスによって、このナイキ現象が起きているといっていいでしょう。
■広がるシューズ格差
もしかしたら、学生ランナーならではの問題もあるかもしれません。
「30,250円のズームXヴェイパーフライネクスト%を買って、よし、次はエア ズーム アルファフライ ネクスト%を33,000円で買おう」、と思ったとしても、210名の選手の中には、経済的な理由から購入できないというランナーもいるでしょう。大学生です、私もそうでしたが、お金がいっぱいあるわけではないですからね(シューズアドバイザーも一緒です、ヴェイパー、アルファー、ドラゴンフライで8万円近く…ですよ…)。
つまり、トップの選手が今年はアルファフライに変わりましたが、選手によっては経済的な理由から昨年も含めて、年をまたいで大事に高価なレーシングシューズを使っている選手が210名の中にはいたのかもしれません。ましてや、良いのは分かるけど、他社ブランドのシューズに手がまわるわけがない、ということかもしれません。
ズームXヴェイパーフライネクスト%に出費することは、ディスタンスレースを走る上で、通行手形のようなもの、持っていて当たり前のような存在になりました。“えー、持ってないの?“というリアクションもあるのかもしれません。わたしの仕事も支出に目が回った1年でしたからね。学生の気持ちは察します。
それはニューイヤー駅伝では見てとれました、もちろんものすごいナイキシェアであることは間違いないですが、よりプロ的なアスリートである彼らの駅伝では、他社のレーシングも見てとれました。
これからは、フィジカル面での実力差はもちろんですが、このようなシューズ格差も生まれてしまうかもしれません。
■あらためて、何故ズームXヴェイパーフライネクスト%はこんなに選手に広がったのか?
箱根駅伝という独特のカルチャー、学生駅伝という問題があるにせよ、ズームXヴェイパーフライネクスト%がとても機能的で、いわゆる速く走れるその効果に乏しければこんなにも着用する選手が増えるはずもありません。
このシューズは、例えば、3分/kmを切ることができないランナーが、急に切れるようになる、というような感じではなくて、同じ3分20秒で走ったときに、筋活動量が減り、実際楽になるという、結果速く走れるようになるといったシューズのように思います。違う言い方をすれば、その距離の初速より、中間走のスピードを高めるような機能があり、距離の長いレースほど有利になるシューズとも言えるかもしれません。
ですから、このシューズをジョギングで履いても、クッションがあるというより、柔らかくやや不安定なシューズと感じる人もいるかもしれません。ゆっくり走るにはゆっくり走るシューズをナイキからも発売してますので、そちらを履くべきですね。
要はスピードを出すためのシューズであること、それは大きなポイントです。
その機能的な秘密は、カーボンファイバープレート単体にあるというより、PEBAX(ポリエテールブロックアミド)で出来たZOOMXフォームがすごくバウンドがあって、そして、軽い素材なのです。それらのコラボレーションの賜物なのです。そして、大事なのは、それらを推進方向に結びつけるのはランナー自身のパフォーマンスであることです。
速く走れるシューズは、うまく使うと速く走れるシューズです。
そのバウンドは、縄跳びを飛ぶように跳躍するととても感じると思いますが、それはどこに行くのか分からないようなバウンドです。それを推進方向にベクトルするのが、カーボンファイバープレートなわけです。
結局、履く選手のパフォーマンスを引き上げてくれる要素があるものの、パフォーマンスを作っているのはランナーであるのがミソというわけです。
そして、ブレイキング2の立役者、アルファフライは、カーボンファイバープレート、ZOOMXフォームに、前足部にエアポッドが2つ搭載されるという、誰もが描くレーシングシューズの固定概念をさらに覆す、まさにモンスターシューズです。
かなり厚みがある前足部のポッズをしっかり踏み込むような蹴り出しが必要になるために、こちらはとんでもない好成績を上げる選手もいれば、ブレーキをしてしまうような走りだったりと、さらにランナーを選ぶ傾向にあるように思います。
■市民ランナーには市民ランナーの厚底がある!
テレビで箱根駅伝をご覧になって、いやあ、ナイキを買ってよし走るぞ!って方はこの記事も是非こちらの記事も読んでください。
ハレの日(レースデイ)とハレ日のためのナイキシューズを100%使いこなす方法【EKIDEN PACK発売】
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ナイキ エア ズーム ペガサス 37をレビュー | ペガサス 37は一体何が変わったのか
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この数年である種のキーワードになった厚底シューズ。誰もがそこに飛びつくのではなくて、市民ランナーには、市民ランナーの厚底がある、と思ってください。
むしろ、わたしは、この厚底フィーバーでナイキが定着させた習慣は、エア ズーム ペガサス 37のようなデイリートレーナーを根付かせたことだと思っています。
キプチョゲや大迫選手が、リカバリーに使うシューズは、走り始めのランナーにとってはサポートのあるシューズになります。今まで履いていなかったような選手も履きはじめているように感じます。それは高校生や市民ランナーにも広がったと言えるでしょう。
前方方向への強いガイドは、ヴェイパーフライにもついていますが、用途によって、わざわざ超軽量にするよりも、比較的ゆっくりのペースであれば、こちらの方が、結果速く走れるあなたの“厚底“にシューズになるかもしれません。
ですから、実はヴェイパーフライの影で、スーパーヒットをしているのはエア ズーム ペガサス 37だと言ってもいいと思います。
しかも、スーパーシューズたちを、選手のように使いこなすには、強いガイド=シューズからの強いインプットはとても重要です。簡単に言えば、普段からデイリートレーナーのような高いガイドがあるシューズを履いているランナーにとって、スーパーシューズはクセのあるシューズでもなんでもなく、デイリートレーナーの機能がついている超軽量シューズになりえます。
ランナーの次なる一手は、シューズの共同作業でパフォーマンスをしっかりあげていくことです。
市民ランナーも道具に頼り、そしてそれを使いこなしましょう。
つまり、用途にあわせた変化を、テレビに映らないところで選手もしています。同じマネから入るのであれば、そこからマネをして、このコロナ禍を乗り切りランニングを楽しみたいですよね。
<著者プロフィール>
ランニングシューズフィッティングアドバイザー
藤原岳久(F・Shokai 【藤原商会】代表)
日本フットウエア技術協会理事
JAFTスポーツシューフィッターBasic/Master講座講師
足と靴の健康協議会シューフィッター保持
・ハーフ1時間9分52秒(1993)
・フルマラソン2時間34分28秒(2018年別府大分毎日マラソン)
・富士登山競走5合目の部 準優勝 (2005)