『鳥谷敬が強烈な重圧を力に変えて、新天地で何を残せるのか』
阪神ファンは不思議だ。
チームに対する想いは熱い。12球団1かもしれないし、ちょっと宗教的ですらある。ただ、信仰の源であるはずの選手からすると、これほど大変なファンもない。イケイケドンドンの時はいいが、ちょっと上手くいかなくなると、12球団の中でもダントツの激しさで袋叩きに入る。以前、インタビューをしたタイガースのある選手は、家族を甲子園に連れていきたくない、と言っていた。
「ぼくはいいんですけど、ヨメはきっと、ショック受けちゃうと思うんで。あのヤジを聞いたら」
確かに、阪神ファンのヤジは容赦がない。しかも、一度は神様・仏様と持ち上げまくった存在に対しても、無慈悲に噛みつきまくる。実はわたし自身、昔ながらの阪神ファンだが、仮に自分の息子がプロ野球選手になるようなことがあったら、「阪神だけはやめておけ」と言ってしまいそうな気がする。それぐらい、結果の出せなくなった選手や監督に対する阪神ファンの反応は、容赦ないしエゲつない。
千葉ロッテへの移籍が決まった鳥谷敬は、だから、相当にやるのではないかとわたしは見ている。
正直、いろいろな部分に衰えが見えてきていたのは事実である。昨年は代打としての出番がほとんどだったが、「切り札」というには寂しい数字しか残すことができていない。守備に関しては、若いショートのライバルに比べると明らかに守備範囲の広さで劣るようにもなっていた。
ただ、彼は長年、阪神ファンと対峙してきた。入団当初は地元出身のショート、藤本を脅かすエリートとして冷たい目を向けられ、晩年はため息と失笑の只中にあった。逆風にさらされた経験値でいうならば、球界トップと言ってもいい。
阪神ファンではない方にとって鳥谷敬といえば、WBCでの盗塁ではないか。13年のWBC 2次ラウンド、対台湾戦の9回表の2アウトから敢行した、伝説的な盗塁である。
1点差で負けている状況での2アウト。刺されれば即試合終了という場面で、彼は迷わず走った。バッターボックスの井端は思わず叫んでしまったというし、それは、東京ドームの観客、テレビの前のファンも同じだったのではないか。それほどに意表をつく、極めてリスクの大きい盗塁を、阪神ではあまり盗塁への意欲を見せていなかった鳥谷が走った。
間一髪で盗塁は成功し、一気に広がったチャンスを日本は見事にモノにした。勝利の立役者となった鳥谷は、「あの状況でよく走った」と絶賛されることになった。
この試合とこの盗塁については、すでに様々なドキュメンタリーやノンフィクションでも取り上げられているが、阪神ファンの一人として言わせていただけるならば、あれは、鳥谷が阪神の選手だったからこそできた盗塁だった、と思う。
阪神ファンのヤジは家族に聞かせたくないと考える選手がいるほどに容赦ない。だが、鳥谷には家族がいる。子供は地元の学校に通っている。自分の凡打は、失策は、失態は、すぐさま子供たちの身にいじめや嘲りといった形で降りかかる可能性がある。
鳥谷敬は、そんな重圧を背負いながら、全試合、全イニング出場を続けてきたのである。多くの選手にとって、WBCは生まれて初めて味わう強烈な重圧だったかもしれないが、阪神で重圧にさらされ続けた鳥谷からすれば、質の違いこそあれ、まったくの未体験ではなかったということなのだろう。だから、あの状況で、彼は走ることができた──わたしはいまでもそう信じている。
歴史を振り返ってみても、鳴り物入りで阪神にFA移籍をしてきた選手の多くはパッとせず、逆に阪神から出ていった選手や、放出の憂き目にあった選手の方は新天地でイキイキと活躍したような印象がある。オリックスにいった野田は大活躍なのに、オリックスから来た松永はさっぱり──の例は極端にしても、最近では榎田や大和の新天地での活躍が思い浮かぶ。
ロッテのファンは阪神ファンに負けず劣らずに熱狂的だが、ロッテOBの選手に聞いても、負けて身の危険を感じるようなことはありえないという。よくも悪くも強烈な重圧が当たり前だった鳥谷からすれば、かつてないほど自由に、のびのびとプレーできる環境かもしれない。
ロッテ入りが決まったのが予定されていた開幕の直前だったことを考えると、新型コロナウィルスによる開幕の延期も、鳥谷にとってはプラスになる可能性がある。あくまで自分主導でプレーすることのできる投手や外野手と違い、内野手、特にショート、セカンドの場合はパートナーとなる選手との関係性も高めていかなければならない。延期によって生まれた予想外の時間は、鳥谷がチームに溶け込んでいく上でプラスにこそなれ、マイナスになることは考えにくい。
というわけで、阪神ファンとして複雑ながら、ロッテでの鳥谷敬は阪神での昨年をはるかに上回る成績を残す──というのがわたしの予想である。
なんにせよ、早くスポーツが観たい!
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