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baseball2020.09.28

ダルビッシュ有は、サイ・ヤング賞よりも意義のある挑戦をしている

ちょっと前のNHK朝ドラで「ファースト・ペングイン」という言葉が話題になった。

群れの中で最初に海に飛び込むペンギン。

天敵が待ち構えているかもしれないリスクはあれど、飛び込まなければ餌をとることはできない。誰もがしり込みをする中、真っ先に飛び込む勇気あるペンギンは、未知の領域に挑む勇気の象徴なのだという。

なんて素敵なお言葉だこと。

もちろん、前例を踏襲していくのだって簡単なことではない。でも、前例に囚われず、リスクを背負ってでも新しいことに挑戦していく姿には、個人的に猛烈に惹かれる。

なので、いまの野球界ではダルビッシュに惹かれる。

仕事がら、いろんな競技の選手に取材をしてきたが、インタビューが一番楽ちん……というか、大失敗の心配がまずないのが野球選手だった。

彼らは、年輩の人間を立てることに慣れている。いわゆる社会的なマナーもしっかりとたたき込まれている。あの、といったら失礼になるかもしれないが、強面の印象が強かった清原和博でさえ、いざインタビューをしてみればしっかりとこちらの目をみて受け答えをしてくれる、実に気持ちのいいアスリートだった。

ただ、彼らとのインタビューには大当たりもない。

ここでいう「大当たり」とは、取材していて「うわ、そんなことまで言っちゃうんだ」とか「まじ、そんなウラがあったんだ」と驚愕モンのエピソードでブチ当たること。他の競技の選手とは何回かあったそういう経験が、野球選手とはない。質問の答として返ってくるのは、ほとんどがあらかじめ予想していた範囲に収まっている。

これ、良くも悪くも、彼らが生きてきた環境に関係しているように思う。

男性が行なう球技の中で、野球はもっとも厳しい規律に支配された競技と言っていい。以前に比べれば緩くなってきたとはいえ、先輩後輩の関係は以前として健在で、後輩が先輩のいうことを否定したり、あるいは歯向かったりすることは全面的にタブーである。

だから、オフレコになった途端にとんでもない話が出てくることはあっても、公になることが前提となった場面で、彼らが野球界のしきたりを否定するように発言をすることはまずない。

これがサッカー選手あたりになると、先輩選手や監督に真っ向からかみつくようなコメントが、ポロリと出てくることがある。いわゆるレジェンドたちに向けられる敬意も、野球選手に比べるとずいぶんと低い。

さて、ダルビッシュである。

大阪のボーイズリーグで活躍し、そこから名門・東北高に進学という経歴は、プロへの王道といってもいい道のりである。たとえ、どれほど手のつけられないやんちゃだったとしても、王道を歩むうちに角はとれていくのが常。だんだんと野球界の常識を身につけ、先輩たちがやってきたことをなぞるようになっていく。

日ハム時代のダルビッシュは、それでも、プロ野球選手の枠組みの中に収まっていたように思う。だが、メジャーに行ってからの彼はすごい。完全に最初のペンギンになっている。

驚愕したのは、たとえば彼のこんなツィートだ。

『解説も変に元プロ野球選手出すより、もっと詳しい人出した方が野球界のためになる気がするんよなぁ。お股ニキさんとかraniさんみたいに元プロ野球選手より詳しい素人はたくさんいます』

す、すごい。二重の意味ですごい。まず、解説をしている元プロ野球選手、つまりは自分の先輩たちに真っ向から異を唱えていること。そしていまではプロウトと呼ばれている、元プロ野球選手からすればまったくのシロートの意見に対しても聞く耳をもっていること。

これはもう、完全に前代未聞でしょう。ダルビッシュよりすごいまっすぐを投げたピッチャーはいたかもしれないが、これだけ真正面から前例を否定した選手、わたしは知りません。

最初のペンギンが飛び込んだあとには、多くのペンギンたちがあとに続くもの。実力で後輩たちを魅了し、なおかつ発信力を持つ彼の行動は、今後、確実に野球界を変えていくはず。

ダルビッシュがニクいのは、誰もやっていないことをやりながら、それでも、人としての礼儀というか、周囲を敵視し、不快にさせるような言動はとっていないこと。

あれだけ挑戦的な生き方をしていれば、当然、外野からの騒音は入ってくるだろうし、それに身構えて針鼠のような精神状態になっていても不思議ではないのに、ごくごく、いつも自然体。これはもう、一人の人間として、著名アスリートをそれなりにみてきた人間の一人として、心底、尊敬します。

20年9月中旬現在、サイ・ヤング賞の有力候補にダルビッシュの名前があがっている。獲得すればもちろんすごいこと、とんでもないこと。でも、長い目で見れば、サイ・ヤング賞より意義のあることを、いま、彼はやっているような気がする。

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