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baseball2021.12.28

【2021年野球界を総括】 大谷翔平は、日本が生んだ史上初の世界的スーパースター

たぶん、こんなことは二度と……と書きかけて、ふと思った。

いや、来年もあるかもしれない。

アメリカにはベーブ・ルースがいたし、マイケル・ジョーダンだっている。ブラジルにはペレが、アルゼンチンにはマラドーナが、オランダにはクライフがいた。ジャマイカだったらウサイン・ボルトの名前が真っ先にあがるだろうし、ロシアならばブブカかはたまたプルシェンコ?

だが、日本にはいなかった。自国ではもちろんのこと、世界的にも史上に残るスーパースターとして認知されているアスリートを、我々は輩出したことがなかった。

個人的な感触でいくと、そうした立場に過去一番近いところまで行ったのは、イチローではないかと思っている。彼は、日本はもちろんのこと、アメリカの野球ファンならば誰でも知っている存在だった。

ただ、彼はホームランバッターではなかった。

なぜ日本人はベーブ・ルースの名前を知っているのか。彼がホームラン王だったから、ではなかったか。ルー・ゲーリッグの知名度がルースに及ばないのも、日本のプロ野球でもっとも多くのヒットを打った打者(張本勲)より、もっとも多くのホームランを打った打者(王貞治)の方が圧倒的に高く評価されたのは、野球というスポーツにおける最大の華はホームランだから、ということではなかったか。

話が脱線してしまったが、その王貞治にしても、日本での知名度とアメリカでのそれには天と地ほどの違いがある。世界的、歴史的なアスリートを「国籍や文化を越えて認知される存在」とするならば、残念ながら、王貞治は当てはまらないし、野球という競技の特徴を考えた場合、イチローもまた少し違う。

グランドスラム大会に勝ち、世界ランク1位になった大阪なおみはどうか。現代における巨大な星であることは間違いない。アスリートとしてだけでなく、社会活動に目を向けている点は、世界的にも高く評価されている。

とはいえ、彼女が世界的な知名度、認知度を獲得するためには、もっと多くのタイトルを獲得し、もっと長い間、世界ランク1位の座に留まらなければならない。シュテフィ・グラフやマルチナ・ナブラチオワに肩を並べようというのであれば。

サッカーはどうか。多くの選手が海外に渡り、W杯でもプレーするようになったが、残念ながら、日本人以外からも「ワールドクラス」と評価される選手はまだ出てきていない。久保建英、冨安健洋の今後には大いに期待したいが、いまのところ、その知名度は日本と、所属するクラブがある国に留まっている。

大谷翔平は、だから、日本から初めて生まれた、世界的なスーパースターであるとわたしは思う。

野球は全世界的なスポーツではない、なんて野暮なことは言わないでほしい。それを言い出したら、アメフトの伝説やアイスホッケーの帝王も、北米限定のスターではないかということになってしまう。日本人としてはいろいろつっこみたいところはあるにせよ、アメリカの野球ナンバーワン決定戦は「ワールド・シリーズ」であり、メジャー・リーグが現時点での世界一を争う場であることに、異論をはさむ方は少ないはずだ。

大谷は、そんな舞台でホームラン王を争った。それだけでも大変なことなのに、ピッチャーとしても9勝をあげた。現代のウルトラ・スーパースターであるだけでなく、歴史上の伝説的なスーパースターと本気で比較される存在となった。

そして、「ベーブ・ルースよりも上」という声まで聞かれるようになった。それも、日本人から、ではなく、アメリカの専門家の中から。

というわけで、阪神の歴史的な大失速とか、史上初の前年度最下位同士の日本シリーズとか(それも凄い試合ばかりだった)、五輪での悲願の金メダル獲得とか、今年もヤマほど話題や見どころのあった野球界ではあるが、21年の野球界5大ニュース、10大ニュースはと問われたら、「全部大谷翔平で」と答えたいわたしである。

しかも、来年の今頃も同じことを言っている可能性だってある。

ご存じの通り、シーズン終了後に行なわれる記者たちによる投票で、彼はアメリカン・リーグのMVPに選ばれた。満票による受賞だった。これだけでも十分に歴史的な快挙なのだが、もし来年、ホームラン王争い、ではなくホームラン王を獲得し、9勝ではなく2ケタ勝利をあげたとしたら、史上初となる「2度目の満票MVP受賞者」が出現するかもしれない。

簡単なことではもちろんない。けれども、ありえないこと、とは到底思えない。

仮に、万が一、億が一、今年いっぱいで大谷が野球を辞める決断をしたとしても、世界中の野球ファンは彼のことを忘れないだろう。今年の彼が世界に与えたインパクトは、ひょっとしたら夭逝したハリウッドのスター、ジェームス・ディーンにも匹敵するのではないかとわたしは思う。

世界中の演劇界に数えきれないほどのフォロワー(模倣者)を生んだディーンのように、今後は、日本はもちろんのこと、世界中でバッターとピッチャー、両方の道を並行して歩んでいこうとする才能が次々と現れることだろう。

大谷翔平は、日本が生んだ史上初の世界的なスーパースターであるばかりか、世界的に見ても極めて稀な、競技自体の未来を変える存在である。

そんな選手を目の当たりにできる時代に生を受けている幸運を、そしてそんな存在と同じ言語で思考し、接することができる幸運を、心底感じることができた21年だった。

阪神が優勝を逃した痛みを、少しばかり忘れることができる1年だった。

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