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baseball2022.03.02

阪神タイガース・矢野燿大監督の「退任表明」は、果たしてどんな結末を迎えるのか

驚いた。

沖縄でのキャンプインに際して、阪神の矢野監督が今季限りで職を辞することを選手たちに告げた。

昨年で3年契約を終えた矢野監督が、1年限りの再延長契約を交わしていたことは、秘密でもなんでもなかった。今年ダメだったら辞める、あるいは辞めさせられるというのは、ほぼ暗黙の了解だったといってもいい。

過去にも、腹を括って、つまり辞める覚悟を固めてシーズンに入った監督がいなかったわけではない。ただ、結果の如何に関わらず退任するということを、選手にはっきりと告げた監督はいなかった。それだけに、発表の翌日はネット、メディアともに結構な騒ぎになっていた。

どんな意見や決断にも、賛否両論が巻き起こるのは当然だが、この件に関しては、賛よりも否、矢野監督は選手に告げるべきではなかったという意見が優勢だったようにわたしには感じられた。

チームがガタガタになる。選手たちはたまったものではない。辞めることが決まった監督の言うことを、一体誰が聞くというのか。次の監督選びが騒がしくなって、シーズンに集中できなくなるかもしれない──ま、いろいろとあった。

ファンやメディアが抱いた懸念の多くは、たぶん、正鵠を射ている。今回、矢野監督がとった手段は、どう考えても正攻法ではない。というか、はっきり言えばかなり邪道に近い。これまで、長いプロ野球の歴史の中で同じ手法を取った監督がいなかったという事実が、そのことを証明している。

ただ、そのことを踏まえてもなお、わたしは矢野監督の決断を支持したい。

なぜって、彼が率いているのは、阪神タイガースだから。

以前にも書いた。今年で56歳になったわたしは、人生においてたった3度しか阪神が優勝するところを見たことがない。日本一にいたっては、たった1回あるきり、である。

これがどういうことを意味するか。

阪神は弱い、ということだ。12球団で一番弱い、ということだ。そう見られても仕方がない、ということだ。

なるほど、日本一の回数では楽天も1回しかない。では、阪神と楽天は同じ時期に誕生した球団なのか?セ・リーグの優勝が2回しかないベイスターズは、一応5回はセ界を制した阪神よりへなちょこに見えるが、しかし、彼らはその2回とも、日本一になっている。どちらがよりへなちょこかは、人によって評価の分かれるところだろう。俺たちの方が実績では上だ、とベイスターズ・ファンにふんぞり返られてしまったら、わたしは舌打ちと地団駄を繰り返すしかない。

だが、極めてタチの悪いことに、12球団最弱と言われても致し方のない球団を愛する人の多くは、ほとんどは、わたし自身も含めて、阪神を名門だと思っている。巨人とは比べものにならないぐらい弱いのに、巨人ファンにも負けないぐらい、いや、ひょっとしたら巨人ファン以上に、敗北に対して容赦がない。

巨人であれば、わかるのだ。シーズン前に辞任を告げる?告げたのが原監督で、わたしが巨人ファンであれば──確実に、激しく、ブチ切れている。ふざけんな。いままで誰もしてねえじゃねえか。なんでそんなワケのわからん悪手を打とうとする?そう原監督と球団に罵声を浴びせている。



だが、矢野監督は阪神の監督である。好手、妙手と思われた手が、悲しいほど栄冠につながってこなかったチームの監督である。

だったら、いままで誰もやらなかった一手を打つのも悪くない。

そもそも、ファンやメディアが思い描く今回の発表によって生じる悪影響のほとんどは、実は、矢野監督が何も言わなかったとしても起こり得ることだった。チームがガタガタになる?いやいや、金本さんの時も和田さんの時も真弓さんの時も、何ならムッシュ吉田の時も、結果がでない時の阪神はいつもガタガタだった。辞めるなんて一言もいっていない監督に、辞めろ辞めろの大合唱が送られていた。

それが、チームにとって何かプラスになっただろうか。

退任を明らかにしたことで、ざっくりというとメディアやファンの騒ぎは例年の半分になる。いつもであれば、ホンマに辞めんのか、というところから始まり、辞めるんやったら次は誰や、という展開になっていくのだが、今年に限って言うと、「ホンマに辞めんのか」な部分がカットされているからだ。

実際、去年の夏、ヤクルト村上との“騒動”があってから、ネット上では“矢野辞めろ”的な声が駆け巡りまくっていた。正直、「あれ、阪神ファンってそんなにお上品な人種でしたっけ?矢野さんを叩いてるのって、ホントに阪神ファンですか?」と思わないこともなかったものの、何にせよ、今年はそういうこともなくなる。

選手たちの中にも、やりやすい、というかやりがいを感じる層が出てくる。今季限りでチームを去る監督は、極端な話、来年のことを考えずに今年も戦う。これまでの矢野監督はどちらかと言えば若手重視、育成重視だったこともあり、中堅以上の選手には我慢を強いる部分も目立った。上本や俊介などはその好例である。

だが、早い段階から糸井が練習試合などに先発している今年は、中堅やベテランの選手にとって久しぶりに巡ってきた公平な競争のチャンスである。来年のない監督は、結果さえ出せば先の短い自分たちでも使ってくれる──そんな空気が芽生えてくれば、若手にとっても刺激になるかもしれない。

ただ、退任を明らかにしたことでのマイナスももちろんあって、わたしの想像するそれは、スタートダッシュの失敗である。こうなってしまうと、どうしたって「今年で辞める人には関係ねえよな」と考えてしまう人間が出てくるし、チームからは間違いなく推進力が失われる。そこからの逆襲も考えにくい。個人的には、これが一番怖い展開。

断言しておきたいのは、ここでわたしが想像したようなこと、ネットであがる懸念材料については、矢野監督、絶対に一度は反芻している、ということ。つまり、すべては計算済のバクチで、あとは吉と出るか凶と出るかの話だとわたしは思う。

高い確率で吉を残してきた巨人ならばやる必要のないバクチだけれど、56年間で1回しか日本一になっていないチームなら、凶のリスクを背負ってみるのも悪くない。

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