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baseball2022.03.24

清宮幸太郎の成績が、今年の日本ハムファイターズ、そして新庄剛志の命運を握っている

ビッグボスは指令を下した。

清宮幸太郎はそれに従った。結果、彼は大幅に体重を落としてキャンプインの日を迎えることとなった。

いまのところ、新庄ビッグボスの指令と清宮幸太郎が応えた結果は、メディア、ファンにも好意的に受け入れられているようだ。極端な話、いまのビッグボスは何を言ってもやっても大歓迎される状況にあると言っていい。

もちろん、ビッグボスのやること、言っていることには、彼なりの信念が込められているのだろう。ちゃらんぽらんなように見えて、考えなしで突っ走ってしまうタイプではまったくない、というのが、かつて『新庄本』に携わらせてもらった人間の印象でもある。

ただ、清宮幸太郎に対する「痩せろ」という指令には、実のところ、相当なクエスチョン・マークがついている。つきまくっている。

いいのか?それで。

清宮幸太郎はどんなバッターか。ホームランバッターだとわたしは思う。どうやって飛ばすかは人それぞれなので、ホームランバッターにはいろいろなタイプがいる。筋骨隆々のタイプ、ちょっとポッチャリして見えるタイプ、現役時代は懸垂が1回もできなかったという王貞治さんのようなタイプもいる。

ただ、わたしには思い当たる選手が一人もいないのだ。体重を落としてホームランを増やしたという選手が。
 

パッと身は細身でもチームの主砲として活躍した選手ならいる。他ならぬ新庄剛志がまさにそうしたタイプだった。日米通算で225本という本塁打数は、十分に「長距離砲」を名乗れる数字でもある。体重はなくても自分は飛ばせたという自信が、清宮に対する指令と無関係だったとは思いにくい。

ただ、現役時代の新庄は、最初から最後まで細身だった。首脳陣からもっと下半身を大きくしろ、太くしろとの指令が下った際は、「ジーパンが似合わなくなる」との理由で頑強に抵抗したこともある。それでもタイガースの4番を張ることができたのは、入団直後から先輩や同期を驚愕させていたという持って生まれた運動能力の高さゆえ、だろう。

新庄ビッグボスからしても、これまでの清宮がヤクルトの村上並にホームランを量産していたというのであれば、体重を落とせなどという指令は出さなかったに違いない。だが、村上をはるかに上回る期待を受けて入団していながら、NPBでの清宮は3年間で21本しかホームランを打てていない。

ならば、野球を初めてからというもの、おそらくはただの一度も言われたことがないであろう「痩せろ」という指令を与えることで、清宮の意識に劇的な変化を促そう──と考えたのであれば、実に筋が通っている。

実際、キャンプでの清宮を見た評論家や記者の評判は、この原稿を書いている2月下旬の時点では、おしなべて悪くない。中には「清宮が変わった!」と絶賛するような記事もあった。シーズンでの結果はともかくとして、周囲に「変わった」という印象を与えている時点で、ビッグボスからの変身指令は滑り出し上々と言っていい。

ただ、問題はやはり、シーズンに入ってから、である。

いまは、清宮自身も初体験となる減量と、そのことによって軽やかになった自分の肉体を楽しんでいるかもしれない。だが、周囲が彼に期待するのは新庄ビッグボスの現役時代のような軽快な守備や走塁ではない。誰も、彼にはトリプル3など期待していない。



ファンが、周囲が望むのはホームランである。そして、それは入団時に早稲田実業の大先輩でもある王貞治さんのホームラン記録を超えたいと宣言した清宮自身の望みでもあるはずだ。

となると、思うように長打のでない時期が来れば、必ずや周囲は騒がしくなる。これまでも長打どころか安打自体が出ていなかったことを忘れ、ホームランを打てない原因を減量に求める声が必ずや出てくる。

そして、清宮自身の中からも、そうした疑念が巻き起こってこないとも限らない。

何しろ、体重を落としてホームランが増えた、激増したという実例がないのだから──あくまでもわたしの知る限り、ではあるものの。

そして、仮にそうした実例があったとしても、球界の伝統や常識からすれば相当な異端であったはずで、名門という名の王道を歩んできた清宮にとって、受け入れやすいものかどうかという疑問も残る。

というわけで、今年の清宮幸太郎がどうなるかは、今年のファイターズ、今年の新庄剛志の命運を握っている、と言えるかもしれない。

ビッグボスの指令が大成功に終われば、今後、選手にとってボスの言葉は黄金の意味を持つようになる。ボスから耳元で囁かれる「お前なら大丈夫だ」といった言葉が、選手自身を意識していなかった潜在能力を引き出すことだってありうる。

何しろ、清宮幸太郎がやっているのは、前代未聞の取り組みなのだ。

個人的には、かつてじっくりと話を聞かせてくれたビッグボスには指導者としても成功してもらいたいし、清宮にも、いまは差をつけられた村上を追い越すぐらいの活躍を期待したい。したいのだが、ちょっと情が入りすぎて、定石ではない今回のやり方に不安を覚えずにはいられないわたしである。

もう15年ほど前に話になる。ラグビー界の名将として知られた清宮克幸さんが家族で我が家に遊びに来てくれたことがあった。まだ身長140センチぐらいしかなかった幸太郎君と、もっと小さかった福太郎君も一緒だった。

父の克幸さんには野望があった。

「甲子園と花園で優勝する、日本で最初のオトコにしたいんですよね」

幸か不幸か、やがて野球の才能がずば抜けていることがわかってきた息子は、花園を未来の選択肢から外した。もちろん、父も納得だった。

新しい野望が生まれ、わたしもそれに乗った。

「甲子園で優勝する。プロ野球に入る。メジャーに行く。で、選手生活の最後は阪神で終える。どうですか、そういうの」

父は阪神ファンだった。わたしも阪神ファンだった。幸太郎が左打ちになったのは、金本知憲に憧れたからだった。将来の虎の宝のために、わたしは我が家にあった阪神お宝グッズをすべて幸太郎少年に進呈した。人生でただ一度、面と向かってお願いした江夏豊さんのサイン入りキャップも譲り渡した。

なので、ドラフトの際には安堵した。阪神が取れなかったことより、巨人に取られなかったことに。わたしにとって、一番恐れていたのは松井秀喜の再現だったからだ。

22歳になるいまの清宮幸太郎にとって、阪神がどんな意味を持っているかはわからないし、率直に言って、そんな先のことを考えられる立場でもない。

ただ、完全なる赤の他人とも言えない立場のわたしは、つい夢想してしまうのだ。

そして、夢が現実のものになるためには、今年が正念場だとも思うのだ。

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