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baseball2022.05.25

楽天2年目の田中将大が、防御率部門の頂きに君臨している理由

田中将大の楽天復帰が決まったとき、わたしは本当に嬉しかった。嬉しすぎて、このコラムでこんなことを書いた。

『打たれる危険性をかいくぐることに快楽を覚えてきた超一流のピッチャーにとって、抑えられることがわかりきった打者との対決は退屈でしかない。だが、メジャーを抑えてきたピッチャーといえども、いまのソフトバンク打線を抑えるのは容易なことではない。

だから力を貸してくれ──わたしだったらそう言ってマー君を口説くし、実際、日本球界に関心を持ち続けたという彼にとっても、楽天を頂点に導くのが素晴らしく困難で魅力的なミッションだと映ったからこそ、オファーを受け入れたのではないかと思っている。

なので、個人的な願望としては、獅子奮迅の活躍をしつつ、それでもソフトバンクの牙城は崩せなかったといのうが、1年目の最高のシナリオなのかな、などとも思う。

田中将大を持ってしても、ソフトバンクは抑えられなかったという結果が出れば、日本を見るアメリカの目が変わる。すべてにおいてアメリカにはかなわないと思い込んでしまっている日本人の考えも変わる。

物事が一気に動き出しそうな気がする。

田中将大の楽天復帰は、日本球界にとって画期的な出来事だとわたしは思った。選手が希望をすればどうぞどうぞと送り出し、向こうで結果が出なかったか晩年にさしかかった選手だけが日本に戻ってくるというのがこれまでのパターンだったが、彼は、まだメジャーでもバリバリに活躍できる選手だった。メジャー球団の中にも、獲得を模索していたところがいくつかあったとも聞いている。

だが、楽天はメジャーのおこぼれをいただいたのではなく、メジャーのマーケットに飛び込み、オファーとしての魅力で田中の気持ちを動かした。そして、これは日本球界自体に魅力というか、彼の挑戦欲を掻き立てる何かがあったからこその成功だったともわたしは思った。

迎え撃つNPBの選手たちが、最大限のリスペクトを払いつつ、徹底的に田中を苦しめることも期待した。そうすることで、日本球界のレベルの高さを、日米両国のファンに改めて知らしめてくれることを祈った。

昨年、田中の防御率は3.01だった。成績は4勝9敗だった。

願いは、ほぼ叶った。

日本からアメリカに渡った投手の中には、使用する公式球の違いに戸惑う選手が少なくない。ということは、同じことはアメリカから日本にやってきた投手についても同様の問題はあるはずで、田中にとっても、アジャストするのは簡単なことではなかっただろう。

だが、7年で78勝をあげたメジャーリーグ生活の中で、彼の防御率がこれより良かったのは14年の2.77、この1回しかない。キャリアハイの14勝をあげた16年でさえ、防御率は3.07だった。

だから、昨年の田中は不調だったのか、日本球界が彼をめった打ちにしたのかと問われれば、答は「NO」になる。前人未到、前代未聞の24戦全勝をなし遂げた13年ほどではなかったものの、彼は相変わらず凄い投手だった。

ではなぜ、昨年の田中はキャリア初となる負け越しを喫したのか。

久しぶりに出くわした日本野球の細かさに戸惑ったのでは、というのがわたしの印象である。

ずいぶんと様変わりしてきたとはいえ、日本の野球界では依然として、無死で走者が出ればまず送るという選択肢が取られがちである。一方、これまた様変わりしてきたとはいえ、メジャーでは初回の先頭バッターが出塁して2番が送る、というシーンを見ることはあまりない。いい悪いは別にして、序盤から1点を奪うために自己犠牲的な戦術をためらわずに使うのが日本だとしたら、メジャーではもっと限定的に使われる。

これはおそらく、野球の創成期、非力な選手の多かった時代の日本野球では1点を取ることが案外に大変だったことに関係している、とわたしは見る。「点を取るのが大変」という前提に立つ日本と、そうでないアメリカとの違いなのかもしれない。もし多くの日本人が「野球で点を取るのは簡単だ」と感じていたのであれば、大正、昭和期に作られた球場のほとんどが、メジャー仕様よりも少しずつ小さく作られた理由がわからなくなってしまう。

ともあれ、「打たれるか、抑えるか」という世界で7年間戦ってきた田中は、ひさかたぶりに序盤から自己犠牲的な作戦を織りまぜてくる野球と直面した。細かく、しつこく、1点を奪い、1点を守りに来る野球と直面した。できるだけ少ない球数でイニング数を稼ぐことが求められるメジャー的な思考からすると、相当に面倒くさい相手である。

そのことに対するちょっとした戸惑いが、4勝9敗という数字になって現れたのではないか、とわたしは思っている。

ただ、それはあくまでも「ちょっとした」でしかなかった。

初めて日本球界にやってきた外国人選手と違い、田中は日本人であり、日本球界で育った選手だった。楽天2年目の彼は、完全に思考を日本球界モードに切り換えたように見える。

佐々木朗希は凄い。千賀滉大も凄い。この原稿を書いている5月17日時点で、今年のパ・リーグは防御率1点台の投手が7人もいるというとんでもない事態になっている。


そして、その防御率部門の頂きに田中将大がいる。

防御率、実に1.17。

すでに1敗を喫しているため、伝説の24戦全勝に並ぶことはできなくなった。だが、昨年の成績を誰よりも不満に思い、誰よりも強く復讐を誓っているのは、間違いなく田中将大本人のはず。

過去、メジャーで実績を残した選手が日本球界のマウンドに立ったことなら何度もある。だが、今年の田中ほど、日本での勝利を、リベンジを渇望しつつマウンドに立つ元メジャーリーガーは、ちょっといなかったのではないか。

まさか、防御率0点台を狙ったりしているのではないか。

マウンドで仁王立ちする今年のマー君を見るたび、そんなことを思う。

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