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baseball2022.06.01

「ビッグボスと呼んでください」新庄剛志の口から出た言葉が、矢野監督の流儀と重なる理由。

強肩の外野手は、守る側からすれば実に頼もしい存在である。

普通の肩であれば刺せない走者を刺す。刺されることを恐れた3塁コーチがストップをかける。その抑止力たるもの、相当なものだ。

だが、守りの要であるキャッチャーからすると、いささか話は変わってくる。センターを守っている選手が、プロ野球史上屈指というか、鬼のような肩を持っているとなると、まるで違ってくる。

まだ名前が輝弘だった頃のキャッチャー矢野が苦笑混じりに教えてくれたことがある。

「無茶苦茶イヤでしたねえ。新庄のバックホーム。ぼくもいろんな外野手からのバックホームを受けましたけど、あんなに取りにくい選手はおらんかった」

普通の外野手の場合、ホームへの送球は当然のことながら山なりになる。キャッチャーからすれば、ボールが外野手の手を離れた瞬間、どこに、どんな強さで返球されるかを判断し、ホームプレート上のポジションを決めることができる。

ところが、ウェスタン・リーグ時代から「肩だけならすでに球界一。鈴木一朗よりも数段上」と評されることもあった新庄の場合は、そうした常識が通用しなかった。

まるで地面に叩きつけられるような角度で放たれた返球は、キャッチャーからすると、一瞬、マウンドで軌道が見えなくなり、マウンドの最高点を超えたところで突然姿を現してくる。言ってみれば、ボールが外野にある段階からある程度の準備ができる通常のケースとは違い、もっと、遥かに近いところから出現するボールにアジャストしなければならないわけだ。

「それで取れなかったら、文句言われるのはこっちじゃないですか。いや、新庄に何の責任があるわけじゃないんですけど、あれはたまらんかったですね」

個人的には、センター新庄のバックホームをキャッチャー矢野が補球しそこねた、というシーンはほとんど記憶にないのだが、とにかく、捕る側から見た新庄が相当に「たまらん」存在だったことは間違いない。

とはいえ、受けるキャッチャーがポロポロこぼしていたら、せっかくの強肩も宝の持ち腐れでしかない。新庄が球界屈指の強肩としての名声を欲しいままにできたのは、実は、矢野を始め、歴代のキャッチャーが捕りづらい彼からの返球を補球し続けたから、と見ることもできる。

つまりは、キャッチャーあっての鬼肩。当時のタイガースが新庄の肩に救われたというのであれば、新庄の肩は矢野にも助けられていた。

いささか牽強付会のきらいはあるが、それとちょっと似た図式を、ここまでのプロ野球から感じている。

ストーブリーグの話題を独占した感のある新庄ビッグボスと日本ハムは、完全にスタートダッシュに失敗した。開幕からいきなりの5連敗。ようやく6戦目に新体制として初めてとなる白星をあげたものの、そこからまた4連敗。開幕10試合を終えての成績は1勝9敗という惨憺たるものだった。


これほどひどいスタートとなれば、ファンはもちろんのこと、さして日本ハムの成績には興味のない層からも批判の声が上がり始めてもおかしくない。まして、就任してからのビッグボスは、球界の常識に一石を投じるような発言、行動を憚ることなくとってきた。その新鮮さに熱狂する人たちがいる一方で、眉をひそめる人たちがいたのも事実である。そうした、いわば潜在的なアンチからすると、ビッグボスのスタートダッシュ失敗は、反撃の狼煙をあげる格好の機会でもあったはずだった。

ところが、そうしたアンチはもちろんのこと、いわゆる球界のご意見番的立場の人たちからも、ビッグボスを叩こうとする空気は出てこなかった。いや、出ていたのかもしれないが、わたしにはほとんどないように感じられた。

阪神・矢野監督に向けられた凄まじいバッシングに比べれば。

日本ハムのスタートは酷かったが、阪神のスタートの酷さは歴史的かつ壊滅的だった。ビッグボスの大失態は、矢野監督の超失態によって少しばかり見えにくくなった。正直なところ、開幕だけでなく、5月下旬に至るまで両者の成績は五十歩百歩といえないこともないが、指揮官に向けられる風速、風圧はずいぶん違う印象がある。

もちろん、両者の目指しているものがまるで違うというのであれば、それはそれで仕方がないことだとも言える。ただ、これはあくまでも個人的な印象なのだが、同じチームでプレーし、ともに野村克也さんの薫陶を受け、選手として一流ではあっても超一流とはいかなかった2人の指揮官には、共通する部分も少なくないように思える。

中でも完全に一致している、とまで言えそうなのは、昭和的な野球観に対する否定的な姿勢である。

2人が現役だった昭和から平成の初期にかけては、監督は絶対権力者であり、時に暴力を振るうことさえ黙認されてきた。選手と監督は、本来であればどちらも個人事業主であり、フラットに近い関係のはずなのだが、若き日の新庄剛志は、当時の監督に命じられてグラウンドで正座をさせられる、という今どきは高校野球でもやらないような懲罰を受けたことすらある。

だからなのか、2人ともに、強権的な姿勢をとことん嫌っているフシがある。

阪神ファンの間では、矢野監督が選手の下の名前を呼ぶことに対する強い反発がある。監督らしくない、ふさわしくない、というわけだ。だが、昭和の監督像とは違った、もっと選手とフラットな関係を築きたいとの思いが矢野監督にはある。

「選手たちと一緒にクラスをまとめながら、一緒に戦っていくようなスタンス。先生みたいな感じですかね」

昨年5月、雑誌の企画でインタビューをした際、矢野監督はそう言っていた。

「監督と呼ばないでください。ビッグボスと呼んでください」──数カ月後に新庄剛志の口から出た言葉が、わたしの中では完全に矢野監督の言葉とかぶった。目指しているところは同じ……とまではいかないものの、相当に似ているのでは、とも思った。

最悪なスタートを切ってしまった日本ハムと阪神は、しかし、どちらも5月に入ってから巻き返しの態勢に入った感がある。この勢いは今後も続いていくのか、双方ともに失速か、あるいは──。

6月3日からは阪神-日本ハムの交流戦3連戦が予定されている。個人的には、ここで勝ち越し、あるいは3タテをした方が跳ね上がるのでは、という予感があるのだが、果たして。 

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