大谷翔平には、伝説的な二刀流としてさらなる進化と爆発の可能性が残されている
今年の大谷翔平を見ていて、つくづく思うことがある。
まだ旬じゃないのか──。
「はあ?」と思われる方がいらっしゃるかもしれない。これだけの活躍をしている選手が旬じゃない?見当違いも甚だしいと。
でも、思う。大谷翔平は、未だ旬に非ず。
そもそも、「旬」という言葉、中国では「10日間」という意味でしかなかったという。それが日本に渡り、どういうわけか「特定の食材が他の時期よりも新鮮に食べられる時期」という意味合いになった。本場では無味無臭な一文字が海を渡るとすっかりポジティブなニュアンスを持つ漢字と受け止められるようになり、大切な自分の子供にこの字を使う親も珍しくなくなった。舞台監督の小栗哲家さんとかね。
なので、「旬に非ず」と書くと、つまりポジティブな言葉を否定すると、何やらネガティブな印象というか、大谷をディスっているように感じられるかもしれないが、それは違う。
むしろ驚嘆している。
食べ物がそうであるように、スポーツ選手にも「旬」がある──という表現であれば、ほとんどの方も納得していただけるだろう。伸び盛りにして最盛期。どんなスポーツ選手にも、あとから振り返ってみて「ああ、あれが自分にとっての旬だったんだな」とわかる瞬間、期間がある。
旬の長さは、人によって違う。ほんの数試合だけの選手もいれば、1~2年続く選手もいる。ごくごく、それこそ何十年かに一度、10年以上も旬であり続ける怪物も現れる。ただ、どんな長さであれ、旬という概念には共通する法則があり、それは、この時期をすぎれば下り坂に入る、ということである。
加えて、スポーツにおける旬の概念には、実力だけでなく、周囲の印象といった要素も含まれる。
たとえば、日本人のメジャーリーグへの道を切り開いた野茂英雄さん。多くの日本人、アメリカ人にとって、彼の旬はメジャー1年目ということになるのではないか。もちろん、メジャーでの経験を積み重ねることによって、野茂英雄というピッチャーは確実に進化していったのだが、イメージの強烈さでは、初年度のそれを超えるシーズンはなかった。
サッカーの中田英寿さんについても、多くのイタリア人、日本人が記憶しているのはユベントスとのデビュー戦で2ゴールをあげ、シーズンでは2ケタ得点をあげたペルージャでの最初のシーズンではないだろうか。最初の印象、というものはそれほどに強い。
ところが、大谷翔平に関しては、そうした常識がまったく当てはまらない。
昨年、彼の活躍は日本のみならずアメリカでも大々的に取り上げられた。最初のシーズンだったから?違う。去年は大谷にとって4年目のシーズンだった。つまり、アメリカのメディアは初めてだから、物珍しいから飛びついたわけではない。凄いことをやりそうだから飛びついたのだ。
そして──ここが一番大谷の常識外な部分だが──これだけ日米のメディアを惹きつけておきながら、22年時点での大谷には、未だ「完成感」がない。
昨年はホームランを46本打った。日本人メジャーリーガーの歴史を考えれば、これだけでも十分にとんでもないことなのだが、それはあくまでも日本人にとっての話。アメリカ人からすれば、「毎年必ず現れる凄いヤツ」程度の感覚だろう。彼らが熱狂したのは、言うまでもなく、大谷が二刀流だから、だった。
だが、ピッチャーとしての大谷は、昨年、惜しくも2ケタ勝利に届かなかった。記録だけを見れば、去年の大谷は大刀と脇差しによる二刀流だった、ともいえる。大刀とは、すなわち46本を打ったスラッガーとしてであり、脇差しは9勝に終わったピッチャーとして、である。
そもそも、宮本武蔵が取り組んだ二刀流も大刀と小刀を使ってのものだったというから、これが本来の二刀流ともいえるのだが、ピッチャーとしての勝ち星が2ケタにあと一つ足りないだけだったことで、今年はまず2ケタ勝利を期待する空気がファンやメディアの間にあったように思う。
そして、オールスター前に9勝をあげた今年の大谷が期待に応えるのは、ほぼ確実である。
となれば、来年はどんな期待が大谷に寄せられるのかは容易に想像がつく。
21年並のホームランと、22年並の勝利数である。
大刀2本による二刀流である。
ベーブ・ルースですら問題にならないほどの、怪物的かつ伝説的な二刀流である。
そんな未来が予想できてしまうアスリートの今年を、あなたは「旬」と呼べるだろうか。
しかも、恐ろしいことに大谷にはさらなる進化と爆発の可能性が残されている。
現在の彼が所属しているエンジェルスは、地区優勝など夢のまた夢といった立場に追いやられてしまっているが、噂されているように優勝を狙えるチームへの移籍が実現すれば、大谷自身のモチベーションも上がり、何より、打線の援護やマークの分散といったプレー面でのメリットが相当に増えることが考えられる。
となれば、まだ成績は伸びるかもしれない。
こんな日本人選手をわたしは知らないし、こんな野球選手も知らない。
こんなアスリートを、わたしは見たことも聞いたこともない。
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