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baseball2023.03.29

新天地を求めた藤浪晋太郎のメジャー挑戦に思いを寄せて

新天地をオークランドに求めた藤浪晋太郎が奮闘している。個人的には、かなり複雑な気分でアメリカから届くニュースを眺めている。

というのも、わたしは阪神ファンである。藤浪を応援していたのは、彼が阪神に所属していた選手だからであり、アスレティックスでどんな成績を残そうが、正直、どうでもいい部分はある。いや、「どうでもいい」は言い過ぎかもしれないが、藤浪がメジャーの開幕戦で投げるより、2ケタ勝利をあげるより、磐石をうたわれる阪神投手陣が前評判通りの成績を残してくれるかどうかの方が、よほど大切である。

ただ、一方で個人的な面識を持たせてもらった藤浪には、今度こそ幸せになってほしいというか、プロの世界に飛び込んでいたころに抱いていた夢をかなえてほしいという思いもある。

想像していただきたい。高校時代は甲乙つけがたいライバルとされていた男が、日本球界を飛び越えて全世界にその名を轟かせつつある。差がつき始めたころ、ライバルについて問われるのも苦痛だっただろうが、問われること自体がなくなっていく屈辱は、どれほどのものだっただろうか。

わたしだったら、自分以外のところにも原因を求める。環境が合わない。監督と合わない。監督が変わっても成績は伸びなかった。だったら環境を変えるしかない。そう考える。環境さえ変えれば、自分にはまだ化けられる可能性が潜んでいるはずだと信じたがる。

もとより、藤浪にとってメジャーは幼いころから憧れてきた舞台だった。いつかそこに立つ日のために、英会話にも磨きをかけてきた。

だったら、行くしかない。行かなくて後悔するよりは、行って後悔したい──あくまで推測ではあるものの、あながち的外れでもないはずだ。

だとしたら、こちらとしては応援するしかない。

問題は、阪神で何年間も先発として結果を残せなかった男が、メジャーリーグで活躍できるのか、ということである。

つい先日、元阪神ファンでありながら巨人で活躍し、ついにはメジャーリーガーにまで登り詰めた岡島秀樹さんにお会いする機会があったので聞いてみた(どうでもいいことだが、高校3年時の岡島さんが阪神への入団を希望しなかった最大の理由は、一歳上に関西圏では名の知られた怪物的存在がいて、その選手が阪神に入団していたからだという)。

「藤浪、大丈夫でしょうか」

「気持ち次第じゃないっすか」

なぜ順風満帆なプロ生活を送っていた藤浪の歯車が狂ったのか。理由はもちろん一つではないだろうが、いわゆるすっぽ抜け、とくに右バッターの内側に抜ける球を原因にあげる人は少なくない。

この球、右バッターからすると相当に怖いはずで、実際、元ヤクルト監督の真中満さんは「あれでウチの右バッターは調子を崩すことがありましたからね」とこぼしていたことがあるが、それ以上に、藤浪自身がおかしくなってしまった。危ない球が行った。それがなんやねん、と開き直れるキャラならば良かったのだろうが、藤浪は考えてしまった。考えて、外一辺倒になり、そこを狙い打たれた。

「だから、あの球を自分の武器というか、特徴と思えるかどうか、でしょうね」

「じゃ、藤浪がそう思えたとしたら?」

「結構勝つかもしれませんね。やっぱり、あの球は特別ですから」

というわけで、ひょっとしたらひょっとするかも、と思わないこともなくなった藤浪のメジャー挑戦だが、一方で、恥ずかしながらつい数カ月前まで名前も顔も知らなかった日系人メジャーリーガーが、WBCで岡本や村上といった名だたるスラッガーを上回る活躍をしているのをみると、やっぱりメジャーの凄みは計り知れないよな、とも思う。

実際、岡島さんからも言われた。

「日本の野球は細かくて、メジャーの野球を大雑把。何となく、そんなイメージ持ってらっしゃる方、少なくないじゃないですか」

「あ、まさにわたしがそれでした」

「それ、全然違いますから。メジャーのデータや分析力って、凄いですよ。で、出てきた数字に全面的に委ねる思い切りもある。ほら、メジャーって極端なシフトを敷くことがあるでしょ。あれも、結局は確率論ですからね」

間違いなくいえるのは、もし藤浪がメジャーで成功できたとしたら、それはとんでもない偉業だということ。阪神時代の実績がどうであろうが、彼が飛び込んだのは、態勢を崩され、ほとんど片手打ちになりながらバックスクリーンに放り込むことのできるような化け物がゴロゴロしている世界なのである。

ただ、仮に成功したら成功したらで、やっぱりわたしは複雑な気持ちになるだろうなという予感がある。

昨年度、藤浪の推定年俸は4千万円台の後半だったとされている。それが、今年は約4億円。メジャーの中でも金欠球団として知られるアスレティックスでさえ、海のものとも山のものとも知らない選手にそれだけの額を出すことができる。

メジャーに行けば、給料10倍。

古い話になってしまうが、野茂英雄さんが海を渡った時は正反対だった。近鉄での推定年俸は1億円。それが、ドジャースでは1500万円。まだ日本人選手の評価が低かったという面はあるにせよ、日本でプレーしている方がより稼げる(こともある)時代が確かにあった。

だが、近年の藤浪の成績や状態を考えると、メジャーにいけば給料のゼロが一つ増えるという現実は、日本プロ野球とメジャーリーグの経済格差が、もはや手の施しようのないレベルにまで広がってしまったことを突きつけてくる。

もう経済大国じゃないから、と諦めるのか。それとも、何かできることはあるはずと考えるのか。

ちなみに、岡島秀樹さんが阪神ファンにとっての宿敵となるチームのユニフォームに袖を通したのは、Jリーグ元年のことだった。世界中からスーパースターをかき集めた新リーグの史上規模は、イングランド・プレミアリーグとほぼ同規模であるとされた。

さて、英国は日本を超える経済大国だろうか。あの時点で、プレミア・リーグが世界最高峰の舞台になることを、果たしてどれだけの人間が、英国人が信じていただろうか。

未来は、誰にもわからない。

岡島さんに「あの人がいる以上、ぼくが阪神に入ったとしても出番はない」とまで思わせたのは、安達智次郎という村野工出身のサウスポーだった。高校時代から140キロ台後半の直球を投げ、タイガースの未来を背負って立つことを期待された男は、1勝どころか、ただの一度も一軍のマウンドに立つことなく、球界を去った。

未来は、誰にもわからない。良くも、悪くも。

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