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baseball2024.02.01

中田翔の中日移籍に見る、救世主としての可能性と中村紀洋の再来への期待

巨人の原前監督が拾った時点での中田翔は、“火中の栗”だった。

移籍が決まった時、ネットは荒れた。メディアも騒いだ。よりによって暴行事件で出場停止処分を受けている選手を獲るのかと、他球団のファンはもとより、巨人のファンからも非難の声が沸き上がった。21年8月のことである。

だが、2年と少しの年月は、焼けていた栗の温度をずいぶんと下げたようだった。少なくとも、原前監督や巨人に向けられたような怒りの熱量が立浪監督に向けられることはなかった。

おそらく、各球団のフロントは、中田翔の2回の移籍を、興味深く見守ったことだろう。令和の時代、立場や権力を笠に着ての暴力は、以前とは比較にならないほどの反発を生む。ただ、時間の経過とともに騒ぎは鎮静化する。ならば、パワハラが原因で楽天から自由契約を宣告された安楽智大もいずれは……と考える人間がいても不思議ではない。


経緯や周囲の反応はどうであれ、中日にとって悪くない補強だったことは間違いない。ベテランの域に入ったとはいえ、何せNPB通算303本塁打のスラッガーである。リーグ屈指の投手陣を誇り、とにかく打てずに星を落とすことの多かったチームにとってはとてつもない救世主となる可能性すらある。仮に中田本人の成績は伸び悩んだとしても、一発のある彼に対する警戒感は、前後を囲むバッターにとってプラスでしかない。古くからの中日ファンであれば、落合監督時代、育成契約から日本シリーズMVPにまでのし上がった中村紀洋の再来を期待せずにはいられないだろう。

正直、阪神ファンの一人としては、大いに不気味である。

21年から3連覇を達成したオリックスは、19年、何位だった。2年連続となる最下位だった。そのオリックスと2年連続で日本シリーズを争ったヤクルトも、2年連続最下位からの躍進だった。NPBぐらい、前年度の順位がアテにならない世界もない。

中田の加入は、だから、中日にとっての起爆剤たりうる。ただ、シーズンをまたいでの下克上をなし遂げるためには、クリアしなければならない条件があるようにも思う。

シーズン序盤の戦いである。

前年度に好成績を残したチームであれば、その上で戦力が維持、もしくは改善されたチームであれば、序盤の躓きは必ずしも致命傷ではない。首脳陣も選手も、「いまは歯車が噛み合っていないだけ」と割り切ることができるし、ファンやメディアもそれを期待する。

だが、最下位のチームが躓くと、情況は一気に難しくなる。脳裏をよぎる「またか」の思いは確実にチームの勢いを蝕み、また、メディアやファンも騒々しくなる。戦わなければならない相手、クリアしなければならない問題が、前年度に結果を残したチームよりも確実に多くなってしまう。

しかも、立浪監督は過去2シーズンで張り付けられてしまったレッテルや先入観と戦わなければならない。

野球に限らず、監督の仕事というのは恐ろしいもので、先入観によってまったく見え方が違ってくる。ひとたび愚将のレッテルを貼られてしまうと、やることなすことすべてがダメに見えてきてしまう。

アジアカップ序盤の躓きで再び不穏な空気が漂い始めた森保監督も、カタールW杯までは「ダメ」との先入観で見られることの多い監督だった。森保監督に対して批判的だったわたしの後輩は、結果が出なければもちろんのこと、最終予選のオーストラリア戦のように、敵地で素晴らしい内容と結果で勝利した際も、「オーストラリアがひどすぎたから」で片づけた。

W杯本戦でドイツに勝っても、彼の森保監督に対する評価は変わらなかった。スペインに勝っても、変わらなかった。昨年、敵地でドイツに勝って初めて、彼は「森保監督は無能だ」との主張を取り下げた。つまり、先入観を覆すためには、3つの重要な勝利が必要だった。

誤解のなきよう。わたしは彼が間違っていた、とか、先入観をもつことがけしからん、などと訴えたいわけではない。先入観を持っていたということであれば、昨年のいまごろのわたしも、阪神の岡田監督に対して否定的な見方をしていた。令和な矢野監督から昭和な岡田監督。うまくいくんだろうか。そう見ていた。

ただ、わたしの先入観は、森保監督に対して後輩が抱いていた先入観ほど頑丈なものではなかったため、開幕3戦目であっさりと覆った。このコラムでも書いたが、開幕3戦目、打席の途中で代打を送り、その選手がホームランを放ったことで、「この人には自分の見えていないものが見えているらしい」に変わった。

では、立浪監督が背負ってしまった先入観やレッテルはどの程度のものだろうか。何をやっても否定的なとらえられ方をしてしまうという点において、情況はかなり深刻ではないかとわたしは思う。なにしろ、試合前の米のドカ食いを戒めたら「令和の米騒動」とまでいわれてしまうぐらいである。ファンやメディアはもちろんのこと、選手の間にも監督に対する敬意、畏敬が満ち満ちているとは思いにくい。

となれば、序盤に結果がいる。原口のホームランを呼び込んだ岡田采配のように、選手たちが「うわ、すげえわこの監督」と強烈に実感するような采配と勝利がいる。それも、1度では足りない。2度、できることならば3度、「今日は監督の力で勝った」と内外に示す必要がある。

簡単なことではもちろんない。そもそも、プロ野球の試合において、監督の力で勝つ試合の割合がどれだけあるか、という話にもなる。ただ、実際の能力はどうであれ、否定的な先入観と戦う以上、空気を一変させるきっかけはほしい。

3月29日、中日は神宮でのヤクルト戦で立浪監督にとっての3シーズン目をスタートさせる。よく、開幕戦は特別な一戦か、はたまた単なる143分の1かという論争があるが、前年までに培ったバックボーンを持たないチームの場合、開幕戦は断じて単なる1試合ではないか、開幕3連戦はただの3連戦ではない、とわたしは思う。

特に、今シーズンの中日にとって、この3連戦の持つ意味は大きい。できれば3連勝、悪くても2勝1敗。万が一3タテでも食らおうものなら、シーズンはもちろんのこと、立浪監督の立場も一気に怪しくなりかねない。

ただ、先発が踏ん張り、中田翔の一発で勝つようなことがあれば……すべてが激変してしまいそうで、阪神ファンの一人としては大いに不安である。

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