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baseball2024.08.26

大谷翔平、伝説への挑戦—ホームラン40本、盗塁40だけでなく三冠王を目指して。

半年ほど前、ここのコラムでこんなことを書いていた。

『40・40・40。まだ誰もやったことがないし、そもそも、目指した人自体が存在しないかもしれない。でも、大谷ならば、いままでとは少し違う今年の大谷であれば、ホームラン40本、打率4割、盗塁40なんて化け物じみたことを、ひょっとしたらできてしまうのでは、などと夢想してしまう。というか、ホームランと盗塁に関しては、フツーにクリアしそうな気もするし。』

書いたのは、メジャーリーグが開幕する前だった。専属通訳を務めていたのは水原一平氏だった。メジャーリーグを、さらには日本社会を激震させる事件はまだ、表には出てきていなかった。

あの事件が、大谷翔平にとって大きなターニングポイントとなった。スポーツ選手に限らず、いわゆる成功者と呼ばれる人たちは、凡人がただ嘆くだけの事象を、自分にとっての好機ととらえる傾向がある。足を骨折したら、上半身を鍛えるチャンスだと考える。そうやって、マイナスをプラスに転換していく。

だが、何をどう考えたところで、信頼していた友人に裏切られた経験が、大谷の野球人生にとってプラスになること、エネルギーになることはまずありえない。アスリートのモチベーションは、おおまかにいって「(自分を含めた)誰かのために」か、「誰かを見返すために」のどちらかである場合が多いが、今回の大谷が直面した状況は、どちらのモチベーションも生み出さない。ただ友人を失い、他人を信じる気持ちが損なわれただけ、である。

当然のことながら、そんな経験がシーズン序盤の成績にいい影響を与えたはずもない。慣れない新天地で、気心知れた仲間を失い、自らにも疑惑の目が向けられる。並の神経の持ち主であれば、フィールドで結果を残すどころか、公衆の面前に立つこと自体から逃げ出したくなってしまうところだろう。


それでも、大谷は何事もなかったかのようにプレーを続けた。さすがに序盤は調子が上がらず、日本人やドジャースのファンをやきもきさせたが、4月5日、敵地でのカブス戦で右腕のヘンドリックスから今季第二号の2ランを放つと、そこからは順調だった。この原稿を書いている8月17日時点でのホームランは37本、盗塁は35。さすがに打率4割は難しかったが、メジャー史上6人目となるホームラン40本、盗塁40は目前で、史上初となる45-45も現実味を帯びてきた。

これだけでも十分凄い、というかとてつもないことだというのに、8月19日現在、大谷は打点でもリーグ2位につけている。1位のブレーブス、オズナとの差はわずかに「5」。45-45プラス三冠王、なんてことも夢物語ではなくなってきた。

いったい、このヒトはどこまで行ってしまうのだろう。

8月に入ってちょっと不調に陥ったこともあり、三冠王を達成する上での最大のネックは目下リーグ8位の打率になりそうだが、ここをあげてくるようなことになれば、大谷翔平という選手は、更なる高みに到達するのでは、と個人的には思っている。

というのも、プロ入りして以来、大谷という選手は基本的に己を高めることに全力を注いできた。プロ野球選手であれば、誰もが個人の輝かしい栄光と、チームとしての勝利を望むものだが、大谷が選んだ日本ハムにしろエンゼルスにしろ、優勝を常に期待される球団、というわけではなかった。勝てそうなチームか、ではなく、自分に合ったチームか、伸ばしてくれそうなチームかどうかが、彼が進路を選択する上でのプライオリティ最上位だった。

そういった過去を考えると、新天地としてドジャースを選んだ理由は明らかに異質だった。この移籍にあたり、大谷がまず重視したのは「勝てるか、否か」だったと伝えられているからだ。勝って、勝って、勝ちまくって、なお満足していないフロントの姿勢が、個人の成績だけではなく、チームとしての勝利に飢え始めていた大谷の気持ちを動かしたらしい。


だとすると、これから迎える9月、10月は、すでに伝説の域に達した大谷のような選手にとっても、未踏の道を行く挑戦となる。選手によっては、経験したことのない重圧がマイナスに働くこともありうるだろうが、大谷には、WBCの経験と記憶がある。誰一人個人成績になどこだわらず、ひたすらに勝利のみを目指した集団の中で、個人としてもチームとしても満足の行く結果を残すことができた経験は、記憶は、秋口に向かう大谷の大きな助けとなることだろう。

というか、個人成績をラストスパートさせるかもしれない。

チームが勝つためには何が必要か。出塁であり、進塁であり、打点である。今年、快調に盗塁数を伸ばしている大谷だが、実は、エンゼルス時代に比べると成功率が大幅に跳ね上がっている。いわゆる走れる選手の中で、実は成功率が低い部類に入っていた昨年までとは違い、今年は80パーセント台後半の成功率を残している(執筆時)。これはつまり、エンゼルスほどには盗塁死を温かく見守ってくれないチームに移籍したことで、機会を選択する精度が上がったからではないか、とわたしは見ている。

そして、同様の効果がシーズンの終盤戦になれば、出てきそうな気もする。昨年までであれば一発を狙っていた場面で、チームのために単打狙いに切り換えることもありえるかもしれない。ビッグネームがズラリと並ぶドジャースと戦う相手は、大谷を避けて次のバッターと勝負する、という手段も取りにくい。

打率、上がりそうな気がしません?

ご存じの通り、打者に専念する大谷は、今年限りだと言われている。再び二刀流に戻れば、バッターとしてこれほどの成績を残すのは難しいのでは、という見方もある。常識的に考えれば、まったくもって、その通りである。

だが、これからの残りシーズンで、自分の打撃がチームの勝利にどれだけ貢献したかを知ることになるであろう大谷が、果たして来年、打撃成績がダウンするのを甘んじて受け入れるだろうか。二刀流だから仕方がない、と考えるだろうか。

そうはならない気もする。

下半身への負担が大きく、かつケガのリスクがつきまとう盗塁だけは、さすがに自重するようになるかもしれない。ただ、打率、打点、本塁打などの部門については、今シーズン同様の成績を残そうという前提にたち、また新たなトレーニング方法を模索する大谷が現れそうな気がしてならないのだ。

三冠王にしてサイヤング賞。

仮に、万が一、大谷がそんな目標を掲げることになったとしても、もう笑う人はほとんどいないだろう。むしろ、笑う人が咎められそうなところまで、空気は変わってきている。

9月、10月に大谷のバットが火を噴きまくるようなことがあれば、その傾向は一層強まるだろうし、そうなる可能性は、相当に高いとわたしは見る。

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