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football2020.04.08

『久保建英よりも才能を持った選手はいたが、久保ほど己に変革を課し、努力を厭わなかった選手はいなかった』

サッカーは持って生まれた才能がすべて。

恥ずかしながら、そう信じて疑わなかった時期がある。

努力はもちろん大事だけれど、凡人がどれほど頑張ったところでマラドーナにはなれない。マラドーナになれるのはマラドーナだけで、それは、生まれた時点で決まっている。本気で、そう思っていた。

それが全面的に間違っていた、とは思わない。メッシになれるのはメッシだけだし、クリロナになれるのもクリロナだけだとはいまも思う。ただ、根本的に間違っていたところもあって、それは、仮にメッシが10人いても、いまのメッシになれるのは一人か、あいはもっと少ないか、ということである。

つまり、サッカー選手の人生は先天的な才能のみによって決定されるのではない。どれほど豊かな才能を持って生まれたとしても、それを磨く努力を怠れば、頭がよくなければ、そして運にも恵まれなければ、原石のまま終わってしまう可能性がある。四半世紀以上サッカーの才能を見続けてきて、ようやくそのことがわかってきた。

たとえば、天才的な才能を持ったAという選手がいたとする。ただ、努力はせず、才能をいかす知恵もなく、不運にも見舞われた。計算式に直せば10(才能)×1(努力)×1(頭・運)=10。

逆に、才能はAの半分程度だったが、努力を怠らず、頭もよかったBという選手もいたとしよう。5(才能)×5(努力)×5(頭・運)=125ということで、弾き出される答はA選手よりはるかに上ということになる。

マラドーナは、メッシは、才能点でいったら10点満点のまごうことなき天才だったが、同時に、彼らは努力を怠らず、幸運も味方につけていた。つまり10×10×10=1000。天才でなくても世界のスターとなることは可能だが、天才でなければ伝説的なスーパースターとなることはできない。それが、長年サッカーを見てきた上でのわたしの結論である。

前置きが長くなってしまった。本題に入ろう。久保建英について、である。

よく聞かれるのは「彼は天才ですか?」という質問だが、求めるものが「世界のスターとなること」なのであれば、そのレベルには十分に達していると思う。ペレやマラドーナといった伝説的なレベルとなると、正直、難しいだろうが、スアレスやフォルラン、シャビといったレベルになら到達することもありうる。

過去の日本人と比較すると、10代半ばの段階で彼より凄いと感じさせたのは、礒貝洋光と小野伸二ぐらいか。わたしは、1試合で直接FKを2本、それも左右両足で決めた礒貝こそが天才だったと思うが、我が師匠セルジオ越後に言わせると、「日本が生んだ天才は小野一人だけ」とのこと。いずれにせよ、この2人は別格だった、おそらくは久保よりも……とわたしは見ている。

ただ、昭和が生んだ2人の天才と、久保の間には決定的な違いがある。礒貝と小野は、自他ともに認めるずば抜けた天才だったが、若くしてバルセロナの薫陶を受けた久保は、日本では突出していた自分の才能が、世界の超一流と比べれば決して抜きんでていないことを知っている。はっきり言えば、自分程度の才能がバルセロナでは決して珍しい存在ではないことも自覚している。

つまり、努力をせずにはいられない環境に彼はある。

左右両足を自在に操れた礒貝は、それゆえ、ヘディングの練習をまったくやらなかった。高校時代、ユース代表で筑波大の点取り屋だった中山雅史をストッパーに追いやった男は、ヘディングの欠陥を抱えたままプロになり、日本代表になった。わたしを含めて、誰も彼の欠点を指摘しなかったし、そもそも、欠陥があることにすら気付いていなかった。

久保は違う。生粋のレフティであるはずの彼は、リーガ・エスパニョーラでのし上がるために、右足の精度向上にも取り組んでいる。華奢だった体格は別人のように逞しくなり、聞けば、専属のスプリント・コーチの指導も受け、純粋な走るスピードのアップも図られているという。

久保よりも豊かな才能を持った選手は過去に何人かいたが、久保ほどに十代のうちから己に変革を課し、そのための努力を厭わなかった選手はいなかった。

9(才能)×10(努力)×?(頭・運)。

これが、わたしがいま考える久保建英の数式である。

ちなみに、中田英寿は6×10×8.5=510。本田圭佑は7×10×7=490。長谷部誠が5.5×9×10=495というのが、個人的に弾き出した歴代スターの数式。純粋に持って生まれた才能だけの話でいけば、久保は十分に日本サッカー史上最高の選手となりうる。

マラドーナしかり、メッシしかり、クリロナしかり。歴史に残る伝説的なスターたちは、デビュー仕立てのころと円熟期では、まるで違った体格と風貌をしている。それは、当時の自分になかったものを獲得しようと獲得した努力と苦悩が現れたものだとわたしは思う。

20年の久保建英は、18年の久保建英とはまるで違った体格、顔つきをしている。

かくも短い期間で自分を変えた日本人サッカー選手は、わたしが知る限り、中田英寿一人である。

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