香川真司のギリシャ移籍から展望する“ヨーロッパサッカーバブルの未来図”
香川真司がギリシャに行った、ではなく、ドルトムントやマンチェスター・ユナイテッドでプレーし、ワールドカップでゴールを決めたこともある選手がギリシャ・リーグに移籍した、と考えてみよう。
ちょっとした事件である。
今回のコロナ禍は世界中のありとあらゆるところにダメージを与えているが、中でも、深刻な被害を被ってしまっている業界の一つが観光業である。
ギリシャは、ヨーロッパでも屈指の観光立国である。というか、観光以外の産業を見つけるのが難しい、日本における沖縄県にも似た立場の国ともいえる。
「最近、沖縄の観光どう?」
「コロナ禍の影響も大きく厳しい状態です」
沖縄の友人とそんな話をしたばかりのわたしには、ギリシャの観光業界が元気一杯だとはとても思えない。チームを支えるスポンサーがどこもウハウハ状態で、お金があり余っているとも思えない。
そもそも、ギリシャは世界的な経済危機の引き金を引くかもしれぬと危惧されるほどに経済状態が脆弱なお国。お金のことだけに限って言うならば、EUのお荷物と断じてしまっても過言ではない。
香川真司を獲得したのは、そんな国の、それも首都の巨人ではないチームだった。
考えさせられることは多い。
真っ先に思い浮かんだのは、「いよいよバブルが終わるのかな」ということ。20世紀の終わりあたりから、世界中のカネとヒトを吸引しまくってきたヨーロッパのサッカー・シーンは、ヨーロッパの経済力をはるかに超えた金額がそこら中を飛び交う場となった。中心地となったイングランドでは、3部リーグの選手であっても日本円で1億円を超える選手が珍しくない状態になった。
Jリーグ創成期の日本でも、これからJリーグ入りを目指そうとするクラブが億を超える額を提示して元日本代表選手をかき集めた例があったが、残念ながら、永遠に膨らみ続ける泡はこの世に存在しない。
そして泡が弾けるためには、さしたるエネルギーもテクニックも必要はない。ちょっとしたきっかけで、巨大化した泡はパチンと弾ける。
目に見えないコロナ・ウィルスは、しかし、接触すれば泡を弾けさせる異物にはなりうる。半減どころかゼロになってしまったチームも多い入場料収入の問題は、これから深刻なダメージとなって各クラブを蝕むことだろう。
しかも、各リーグにとっては入場料収入をはるかに上回る財源となった放映権料も、右肩あがりの時代に終止符が打たれる可能性もある。サポーターとしてチームを支えるコアな層はともかく、試合をエンターテインメントとして楽しむ層からすると、観客のいないスタジアムは明らかに魅力度が落ちる。わたし自身、ヨーロッパのサッカーを見たいという欲求は人生でかつてないほどに落ち込んでしまっているし、実際、今シーズンのチャンピオンズ・リーグの前半戦は日本で放送されなかった(グループリーグ時に国内で放映権を保有しているサービスがなかったため。決勝トーナメントはWOWOWで配信される)。
運営側の提示額をDAZNが飲まなかった、飲めなかったというのが真相なのだろうが、結果として、運営側が日本から受け取る金額はゼロになった。意地の悪い言い方をすれば、欲をかきすぎてすべてが台無し、というわけだ。
おそらく、世界中のあちこちで似たようなことは起きている。運営側からすれば、「見られなくなったら困るだろ? だからこちらの言い値を払えよ」で通じてきたビジネスが、これからは通用しなくなる。少なくとも、日本ではチャンピオンズ・リーグが見られなくなっても暴動は起こらなかった。運営側が言い値で商売できる時代は、完全に終わった。
だが、肥大の一途を辿ってきたヨーロッパのサッカーは、来年入ってくる収入は今年よりも多い、という前提で動くようになってしまった。
かつて日本でこのサイクルが止まったとき、何が起こったか。
損切り、である。
上がり続けると信じていた流れが止まった。それどころか下がった。いまならまだ儲けが残っている。ちょっと損はするけれど、傷が深くならないうちに売ってしまえ。
かくして、株価も地価も暴落した。
少し前までならば考えられなかった移籍のニュースは、香川だけではない。スペイン代表として活躍したアトレティコ・マドリードのジエゴ・コスタは、ブラジルのパルメイラスへの移籍を希望しているという。
チャンピオンズ・リーグの決勝に行くようなチームのアタッカーが、ブラジルへ!?
もちろん、彼の場合は人間関係など、いろいろな要素もからんでいるのだろうが、それにしても、ケタが一つ以上違うのが当たり前とされたリーガとブラジルの関係が、対等とはいかないまでも比較の対象になったということには、正直、感慨すら覚える。
今後はもっと、近年の常識では考えられなかった移籍が増えていくのかもしれない。
もう一つ考えさせられたのは、楽天復帰を決めた田中将大との違いだった。
ヤンキースとの契約が流れた瞬間、楽天が獲得に動いたように、サラゴサとの契約が切れた香川には、古巣セレッソが声をかけたと言われている。
だが、香川が選んだのは復帰ではなくギリシャ行きだった。およそヨーロッパの強豪とは言い難い、かつ環境的にも経済的にもイングランドやドイツ、スペインに比べれば格段に落ちるリーグのチームであっても、彼にとってはセレッソより魅力的だったということになる。
香川の選択にケチをつけるつもりは毛頭ない。わたしが彼の立場であれば、やっぱりサッカーがより社会に浸透した国でプレーを続けたかったかな、とも思う。ただ、今後増えていくであろう、こうしたケースで、日本を選択したくなるような環境を作っていかなければ、Jリーグは頭打ちになる。
やるべきことは、まだまだ多い。
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