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running2019.09.09

清水一輝│役者として、人の心を動かしたい

俳優として、舞台を中心に活躍する清水一輝さん。幼少期から様々なスポーツ経験を持ち、高校時代は強豪校で野球をプレー。プロ野球選手を夢見ていたという。本インタビューでは、そんな彼が役者の世界へと進むことになった経緯を聞くとともに、「人生を変えるきっかけになった」というランニングにも焦点を当てる。毎日10kmを50分以内で走り続けるストイックな姿勢や、彼が走り続ける理由とは。


■良い影響を与えられる人間になりたい


──清水さんは幼少期から様々なスポーツを経験されているそうですね。

物心ついたときから身体を動かすことがずっと好きで、水泳やテニス、野球など、いろいろ経験しました。特に野球が大好きで、小学校の友達と毎週のように公園でやっていました。

──野球を好きになったきっかけは何でしたか?

父が熱心な阪神ファンで、ちっちゃいころから、よく甲子園球場に連れていってもらっていました。大好きだったのは新庄剛志選手。「僕は新庄になる」と言って赤いリストバンドを真似してつけていました。僕は子どものころから目立つのが好きだったので、あのスター性にすごく惹かれて。とにかく輝いて見えたんですよね。今思うと役者を目指すようになったのもその気持ちの延長で、原点になっているのは新庄選手への憧れかもしれません。



──高校時代は強豪校で野球をプレーされていたと聞きました。

中学は普通の公立校で野球部は全然強くなかったのですが、最後の大会でたまたま県3位になれたんです。その試合を、たまたまスカウトの方が見に来ていて、強い高校に入れることになりました。いざ入学したら、周りはみんな幼いころから本気で野球をやってきているやつらばかり。野球観の違いに圧倒されました。それに、僕はキャッチャーだったので、「扇の要としてチームをしっかり見なきゃ」といっぱいいっぱいになってしまって……。

当時は、「やめたら負けだ」っていう意地だけで続けていたような状況でした。その後、進学した東京の大学でも野球部に入ったものの、高校で気持ちが燃え尽きてしまっていたので続けられなくて。それで「野球をやめるなら、何かほかにやることを決めなあかん」と考えて、役者を目指すことになったんです。

でも、やっぱり今も野球は大好き。同世代のプロ野球選手の活躍にはすごく刺激をもらってますし、交流のある選手とは一緒にトレーニングをさせてもらったりもしています。

──野球をやめることになって、役者の道を選んだのはどうしてだったのですか?

プロ野球選手になるという夢は叶えらなかったけれど、「別の手段で人前に立ち、良い影響を与えられる人間になりたい」といろいろ挑戦したなかで、初めて受かったのが舞台のオーディションだったんです。役者の世界なんて当時は1ミリもわかりませんでした。いざやってみると、人前で注目を浴びながら何かを届けて「清水一輝」の名前で狼煙をあげられることに、「これや」と、ビビッと来ました。

僕はそれまで、自分の意思と力で確立してきたものが何もなかったんですよね。野球も運良く試合に勝てて、強豪校に入れただけで。流れに身を任せて何も考えず、本当に甘えてたなと思います。だから、役者を目指すからには今度こそ腹をくくろうと。もう、中途半端な生き方は絶対にしない。以前の甘ったれていた自分に対して「今にみてろ」って。それで大学生という逃げ道をなくすために大学も辞めて、役者で食っていこうと決めました。


■走ることは絶対にやめられない


──清水さんは、日ごろから走っているそうですね。

「PRIDE RUN」というチームの仲間と、「毎日10kmを50分以内で」というルールのもと走っていて、少し前までは100日連続で走り続けるという期間でした。その期間以外だと週に3日ほど、ジムでトレーニングをしてから家まで走って帰ることが多いです。

あと、少し不安なことがあるときも、走って汗をかいて心を落ちつかせることもあります。走っていると、意識的に何か考えようとしなくても、普段は絶対に思いつかないようなことがパッと浮かんだりもして。家で台本を読んでいるときには出てこないようなことを思い付いたり。野球をやっていたころは走るのがすごく嫌だったのに、かれこれもう4年くらい走っています。僕の生きていく中では、走るというのは絶対にやめられないことです。



──これまでストイックに毎日5分/kmを切るペースで走り続けてきたなかで、身体を壊してしまうことはありませんでしたか?

最初の頃はよく考えずにいきなり10km走り、足を痛めたりもしました。人の勧めでクッション性のあるシューズで走るようになってからケガなく走られるようになり、それからはクッション性のあるシューズを普段履くことが多いです。今回、薄底のスピードモデルの『TARTHEREDGE』を履いて10km走ってみたら、すごく新鮮。1歩1歩しっかりと地に足が着いて、自分の足で蹴り上げてスピードを上げる感覚を気持ちよく味わえました。フィット感も良い感じで走っているときのブレもなかったです。


■「人の心を動かす」役者として、説得力をつけるために


──清水さんがそこまでストイックに走り続けるようになったのは、そもそも何がきっかけだったのでしょう?

中学生のころから憧れていた人が走っていたからです。彼はロックバンドのボーカルで、僕はずっとその人に会いたいと思っていて。ただのファンとしてではなく、兄弟のような関係になりたいと思っていました。でも、僕にはまだ役者として提示できるものは何もなかったから、認めてもらうには走るしかないな、と。成功している人が毎日の最低限のこととして走り続けているんだから、自分にもそれができなきゃ売れっこない、と思ったのもあります。結果的に、走り続けるなかで役者としての覚悟もついていったし、僕の人生を変えるきっかけになってくれました。

──たとえばどんな変化がありましたか?

精神的に強くなりました。それまで何も続けることができなかった僕が、自分で決めたことを毎日続けられたっていう自信がついて。僕は、「人の心を動かす役者」になりたいと思っているので、絶対に自分に自信が必要なんです。自信がある人の言葉って、説得力があるので。役者としてだけでなく、人がやったことのないことをやり遂げることで自信を積み重ねていくことも大事だと思っています。100キロを走ったり、役作りをきっかけにプロボクサーのライセンスを取得したこともそのためです。でも、やったことにしがみつかず、次新たなことに挑戦する。止まったら僕は終わりです。



──「人の心を動かす役者になりたい」というブレない想いを軸に、様々な角度から挑戦を続けられているのですね。

いろいろやっていると、「前例がないから」とか「そんなのできっこない」って、否定されることもあります。でも、何もせずに無理だと決めつけるのは絶対に嫌。僕自身が、以前は“できなかった”人間だからこそ、挑戦を積み重ねて、“絶対に実現できる”ことを証明していきたいんです。いざやってみると、意外とできることも多い。それから、“チャンス”はそんなに巡ってくるものではありません。だからこそ、いつ何が起こってもいいように準備をしておくことも日ごろから心がけていることです。

今の僕の挑戦のすべては、「人の心を動かす役者」になるため。これからも次々と挑戦を続けて、やりきって、役者としての自分の言葉に説得力をもたせていきたいと思います。


■プロフィール


清水一輝
1992年生まれ。奈良県出身。役者。舞台を中心に、MVやCM、TVドラマなどにも出演。舞台のプロデュースも行う。2019年にはプロボクサーのライセンスも取得した。
Instagram https://www.instagram.com/xxace_ik/

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