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running2020.03.04

東京マラソンを見て思うこと ~東京マラソンは日本のランニングカルチャーを今後も変え続ける存在~

<ランニングブームの火付け役>

東京マラソンは、ボストン、シカゴ、ニューヨークといったアメリカの都市型マラソンを目指し2007年にスタート、ご存知のように、日本のランニングブームを今の今まで牽引してきたその象徴のようなレースです。2013年からそのアメリカ3大マラソンとベルリン、ロンドンに加えて、ワールドメジャースに加入され、今では世界中のランナーが訪れるまさに名実ともにメジャーなビックレースとなっています。

近年30万人近くが応募して、当選倍率が約12倍強という超狭き門の大会、”もっとも出たいけど、出ることが難しい”大会としても有名です。毎年”当たった?”という会話は東京マラソンのものと言ってもいいぐらいです。

アスリートにとっても重要な大会で、選考レースである“琵琶湖毎日マラソン”がまだ残っているものの、今回の東京五輪の実質最後の枠を決めるレースと言われていました。それは、2017年からコースが変更され、世界有数の高速レース化していることが大きいでしょう。特に男子でその傾向が著しいのですが、日本人エリートランナーの”東京”志向が年々強くなってきている印象です。

つまり、東京マラソンは市民ランナーにとっても、アスリートにとっても、もっとも出たいと思わせる大会と言え、その影響力も絶大、東京マラソンが何かを変えれば、マラソンレースのスタンダードが変わる、“東京スタンダード“といっても大げさではありません。

<大迫選手を支えたナイキズームアルファフライネクスト%>

今年のレースは、大迫選手が自身の日本最高記録を21秒更新する2時間5分29秒を達成、日本人1位、総合4位と見事な成績をあげ、五輪代表をほぼ決定づけました。23キロで遅れたときにはやや心配もされましたが、まさに役者が違った感じです。海外のレースでの経験の多さがモノをいった結果であったと言えるでしょうね。

その大迫選手を支えたのが、2月に発表された「ナイキエアーズームアルファフライネクスト%」です。そのシューズは、年末から論争の的であった”厚底騒動”、その象徴的なスタイルで、World Athletics(ワールドアスレティックス)が定義した40mm以内に収まった最厚のソール。一般的なトレーニングシューズより厚みがあり、そして軽い、そのベースとなったモデルは10月にE・キプチョゲ選手が人類初の2時間切りを達成したときに初めて使用された、まさに秘密兵器でした。

しかし、今回の東京マラソンでは、そのほとんどの選手が、「ナイキズームXヴェイパーフライネクスト%」のように見受けられました。結局、筆者自身でもそうであるが、ズームXヴェイパーフライネクスト%で充分アドバンテージがあると感じる選手がマジョリティーなのでしょう。

箱根駅伝でのナイキシェア率と同様な圧倒的なナイキシェア(筆者のシューカウントで恐縮だが全体で約83%のシェア、男性だと約88%、女性だと約73%に見受けられた大会でした。誤差はご容赦。)…他ブランドの少なさが個人的には少し寂しく感じました。ただこれから五輪に向けて各メーカー、様々なシューズをリリースしてきますので、そこからナイキを脅かすような革新的なシューズがでてくることに期待しましょう。

<本場シカゴマラソンはリアルマッコイ>

昨年わたしは、アメリカ3大マラソンのひとつ、シカゴマラソンを走ってきましたが、本場の本物は違う、その一言です。

まず雰囲気が違います。シカゴマラソンは、マラソンを走っているランナーだけが参加しているのではなくて、地域全体で参加している感覚、お祭りです、フェスです。ランナーも年齢、国籍、目標は違えど、同じ場を共有している感じ(まさにアメリカと言えばそれまでですけど)、スタート前の整列で文句を言ったり、カリカリしているランナーは少ないですし、とてもピースフルな雰囲気でしたね。

当然応援もすごいです。大音量のミュージックはもちろん、沿道の応援している人も、走っているランナー同様、レースに参加している感さえあります(コースの一部は規制ロープもないほど)。

そして、シンプルにランナーのための大会だと感じます。前日の5Kは、フルマラソンのコースの一部で実施されますので、翌日にマラソンに参加するランナーもコース見がてら参加するのが通例です。フルマラソン同様に、あの有名なシカゴ劇場の前の公道を駆け抜けることができます。

翌日は、完走メダルを見せると割引やプレゼントがあったりして、参加者はもちろんですが、応援する地域の方との一体感が違う。とにかく、地域全体でこの2日間をシカゴマラソンというランニングイベントをランナーマインドで開催している感じです。

<東京マラソンが変えるべきマラソンカルチャー>

シカゴマラソンのような、ランナーのための、ランナーによる、ランナーの大会になるには、まずは単純にみんながランナーになる必要があります。

日本は、10人中ひとりがランナーと言われて久しいですが、これは、ランニングカルチャーの先輩、フィットネス大国アメリカと比べるとまだまだのレベルです。部活で走らされた的な負のイメージ、“なんで走るの?”という方もまだまだいらっしゃるでしょうし、とても、ランニング自体が身近な存在になっているとは言えません。

また、タイム志向、フルマラソン志向のランナーが多いのも、そういった方々を遠ざける一因なのかもしれません。サブ4(マラソン4時間以内で完走)を目標に掲げるランナーが多いのは日本人ランナーの特徴です。

多くのフルマラソンレースで完走したランナーを分析すると4時間など、キリの良いタイムラインで走り抜けるランナーが多いのは、日米全く同じ傾向らしいです。

しかし、“4時間越えるとがっかりするのが日本人、4時間1分でもガッツポーズでゴールするのがアメリカ人“と言われるぐらい、日本人は、タイムに対する頑張り度を重要視するランナーが多いことは間違いないです。

それはもちろん目標であって、指標であって良いし、でも、それだけではない。もっとシンプルに走ることを楽しむカルチャーが育たない限り、気軽に誰もが参加できる、楽しめるスポーツにはなりません。その意味で、現時点で、誰もが出場したい大会である、東京マラソンの作るカルチャーの意義はとても大きいです。

<ウェーブスタートが変えるランナーのためのスタイル>

まずは、東京マラソンへの出場機会を増やして、より一般的な存在にしていかなければなりません。

単純に参加人数を増やして、4万、5万にして、本当に出たい人が出場ようにするもひとつです。しかし交通規制を含めたハードのキャパシティーの問題もあり、同時進行で、ウェーブスタートの導入のようなアイディアが必須だと思います。

ウェーブスタートとは、時間差でスタートする運営方法で海外の都市型マラソンでは一般的な方法、もちろんシカゴもウェーブスタートでした。

実際に参加したことがあるランナーなら分かると思いますが、スタート時間までかなり長い時間、外で、薄着で待つことになります。さらに一番後ろのランナーはその時間待った挙句に、さらにスタートラインまで30分以上もさらにかけなくてはならないわけです。

これではただの我慢大会で、誰もが参加してみたいとは思えないです。

イベント主催者は、交通規制の問題と一蹴しますが、合理的、単純計算でも、最後に通過するランナーは、スタートのピストルが鳴ってから、30分かかるわけですから、30分後に集まればいいわけです。ほんと寒いですよ、主催者も一回並んで最後からから出場してみるべきです。

絶対タイムを出すんだ、という強い希望があるランナー以外も気軽に参加する人が出るには、スタートしやすい環境は改善されるべき点ではないでしょうか。

<ネットタイムこそ、あなたのパーソナルベスト>

シカゴマラソンで感じましたが、寒い中待つことも少なくなるだけではなく、結果、トイレもハード面の利便性も増し、スムーズになります。

そして、まるで満員電車を回避するためのフレックス出勤的、このスタートのやり方は、人の集中を分散化させることが出来るだけではなくて、もうひとつ、ある種偏っている感があるタイム主義のランナーのカルチャーを変えることになります。

このスタート方法は、グロスタイム(ピストルタイムと言われる、スタートのピストルからゴールのタイム)という考え方を形骸化させます。これはトップランナーでは残るけれど、ほぼ全体には無関係な考え方のはずです。それもあって日本人はとてもグロスタイムにこだわります。それも参加資格のある大会が全てグロスタイム志向だからです。

ちなみに、本場アメリカではどうかというと、ボストンマラソンの参加資格はネットタイム(ウォッチタイムと言われる、自分がスタートラインを通過してからのタイム)です。ネットタイムこそ、すべて。列の最前列で並んでスタートするわけではありませんから、ネットタイムで良いのです。

グロスタイム主義の日本は、それを気にしているランナーが多いため、とにかく少しでも前からスタートしようというモチベーションになります。基本的にはラフなタイム順のスタートが一番スムーズに行くと思うんですよね。無理にタイムのために前に行こうとするのはそういった弊害だと感じています。つまり、前に並ばなきゃならない理由をなくすためにも、ウェーブスタートの導入は重要です(つくばマラソンでは導入されていて運営がとてもスムーズです)。

<エントリーフィーは海外標準にすべき>

本当に参加したい人がもっと出場できる大会にするためには、もっとエントリーフィー(参加料)を海外標準にすべきです。アメリカ3大マラソンと比較して約半額、安すぎます。

これでは冷やかしのランナーや、(フィットネス的な考え方としてあるまじき、チャレンジは健全に)トレーニングしないで参加するような人への出場機会を作り、他のランナーとの競合を安易に作り出しているのかなと感じます。

また同時進行で、海外の大会では一般的な、前述の前日の5Kこそ気軽に参加できるイベントにすべきです。シカゴやボストンのようにゴールが同じとかコースの一部を使用して、それを全力で走って目立つもよし、走ったことがないけど、冷やかしで、それでもいいんです、将来、東京マラソンに出てみたいなという方がチャレンジして、立派な“参加感”を作ることも、フルマラソンエントリーが間接的にスムーズにいくひとつの方策だと思います。

東京駅のゴール付近の準備は前日だって同じ状況です、その近辺を回る5Kは不可能ではないし、出場してみたいなあと多くの方が思うでしょうね。

<東京マラソンらしさとは何か>

ボストンマラソンは、近代オリンピックがスタートした1896年のその翌年からスタートしていて、歴史もありますが、オリンピックランナー育成からスタートしたわけです。東京マラソンもその観点に寄り添って、もっとランナーのための、ランナーによる、ランナーの大会になることでその評価を高めることはできます。

東京マラソンの前身の一つ、東京国際女子マラソンは、女子だけのマラソンとしては、世界で2番目の歴史を持ちます。実は、日本は女子マラソン先進国なのです。ですから、女子ランナーへの付加価値をさらに高めていくのも一つの方法かもしれません。

今回新型コロナウィルスの影響でエリートのみの開催ではありましたが、選考会の対象となっていないこともあり、女子エリートランナーはとても少なかった現状は、前身大会の歴史を考えると残念ではあります。一般論的にもカルチャーや消費を先導する女性の存在は欠かせない、女性ランナーなくして、ランニングカルチャーの高まりだって難しいはずです。

<オリンピックイヤーの今こそ、スポーツの体験感を共有すべき>

東京マラソンは、今年、一般ランナーが出走中止になり沿道での応援も自粛するような大会になったわけですが、わたしには、何だかいつもの大会と変わらない光景に映りました。

ランナーは走るだけ、それを応援する沿道の人は応援だけ。オリンピックイヤーだと言うのに、ランナーと、その沿道で応援している人々の気持ちの距離感があると思います。

みんながみんな走らなくたっていい。だけど、歩くとか汗をかく気持ち良さ、そういったある種のスポーツマインドを共有していないからなのでしょうか。そして、きっとその場の共有感が、本場アメリカと何が違うと思ったものの正体なのではないかと思っています。

アスリートは走ることそれに人生かけていますから、すごい。見にいく価値はある。でも何か共有できることもあるはずです。わたしも走ってみようかな、みたいなパワーがありますからね。タイムなんて遅くたって関係ない、速い人は速く走ればいい。

もっともっとランニングがもちろん見るだけものではなく、参加する、気軽に参加できるもの、そして、体を動かすことでライフスタイルが豊かになっていくもの、そういう存在になっていくプロセスが必要です。

東京オリンピックという絶好の機会に、オリンピックは選手だけのものではなくて、そして、見に行くだけのものでもなく、我々ひとり一人がそのマインドを共有する、それこそ最も大切なソフト面での“レガシー”だと思う。

そして、誰もが感じたことのあるそういったスポーツマインドの成果発揮の場が東京マラソンであってほしいと思う。

ランニングカルチャーがもっと豊かに、東京がはじめれば、すべてが動く、そう思います。

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