GEL-KAYANOシリーズの生みの親に会う!アシックス スポーツ工学研究所の研修に参加してきた【前編】
スポーツに打ち込んだり、応援したり、観戦したりする上で、誰もが一度は必ずと言っていいほど見たことのある日本有数のメーカー、アシックス。世界で活躍するさまざまな選手たちが着用しているシーンを目の当たりにしたことがある人も多いのではないでしょうか。
今回は、数あるアシックス商品の中でもランナーには非常に馴染みのあるGEL-KAYANOシリーズから、30周年記念モデル「GEL-KAYANO 30」が発売されるということで、シューズはもちろんのこと、アシックスシューズの歴史や知識を学ぶべく、アシックス スポーツ工学研究所へお邪魔してきました!
2日間にわたる研修の様子を、前後編に分けてお送りいたします。
さて、本日からの研修に参加するのは、全国のスポーツデポやアルペンで地区を代表するランニングアドバイザーたち。国体やインカレなど全国大会出場経験があるメンバーもいて、みなさんランニング分野における精鋭ばかりです。
ここで商品に対する知識と実際の体験で深掘りしたことを店舗のメンバーと共有し、お客様へのアドバイスをより良いものにしていこうというのが研修の目的ということもあり、会場入りするやいなや、新しいシューズに興味津々!
前編では、研修風景のほか、GEL-KAYANOシリーズの生みの親&最新モデル開発メンバーのみなさんによるトークセッションの様子もお伝えしますので、どうぞお楽しみに!
■GEL-KAYANO 30をはじめ、最新モデルが目の前に
会場内の各席には、実際に試着して体感できるよう、新たに発売される「GEL-KAYANO 30」に加え、サブ4に特化したランニングシューズ「S4」や、長距離ランニングのサポート性を強化したタイツ「ENERGY SAVING TIGHTS(ESタイツ)」、そして試走用Tシャツが用意されています。
シューズを手に取ってチェックする人、さっそく履いてみる人など、それぞれ念入りに確かめます。
研修会場には、歴代のGEL-KAYANOのパネルやイメージデッサンも展示されていて、ワクワク感が一気にアップします。
■アシックス スポーツ工学研究所の心臓部へ!
ひととおり研修日程の説明を受けたら、いよいよアシックス スポーツ工学研究所の見学がスタート!
人間特性、構造設計、材料、分析評価試験手法、生産技術を徹底的に研究している最前線の施設をまわります。
まずはじめは体育館から。とてつもなく高い天井と広い空間に圧倒されながら、説明を受けます。なんとコート中央の床には、計測器を入れて検証できるようにもなっています。
次に、バイオメカニクス実験室へ。
世界大会でも使われているタータンや、日常で使用する路面に近いアスファルトを再現した床面の上には何台ものカメラが設置されていて、人の動きをモーションキャプチャで計測できるようになっています。ここで計測したデータを分析し、設計指針を決定するとのことで、一人ひとり、カメラの前を通って自分の動きを確かめます。
次は、足形計測のコーナーへ。
欧米人と日本人のラストの違いや、子供の足形を何年にもわたって計測してきた知見から生まれたアシックス ステップノートなどの説明を受けながら、平均足をモデル化した足形を手に取って違いを体感します。
場所を移動し、次はシューズを実際に設計するフロアへ。
CAEルームでは、設計指針を元に構造設計や機能予測をコンピュータを使ってシミュレーションしており、アルゴリズミックデザインをすることで、複雑なデザインも短期間で製作できるといった説明を受けながら、気になる点をメモします。
アパレルの設計をする部屋には、性別や地域、身長などさまざまなパターンに分けられたマネキンが所狭しと並んでいます。
シワや着圧、ドレープまで再現できるシミュレーターで、生地の選定からパターン設計まで行われているという説明に、みなさん真剣な表情でうなずいていました。
そして、生地のサンプルや品質の試験を行う部屋へ。例えばシューズであれば、屈曲強度や耐摩耗性などをはじめ、人が履いた状態に合わせて何十万回と屈曲させる試験など、さまざまな評価をしていきます。アシックスでは公的規格に加え、独自の厳しい基準値が設けられており、幾度も試験を重ねて合格したものが初めて商品として世に出ていくのです。
さらに進むと、業務用の冷凍倉庫のような重厚な扉がある人工気象室へ。上は85℃、下はマイナス30℃まで設定できる部屋で、極端な環境下においてどう変化するかを試験します。
部屋の外に出ると、ひときわ目立つブーツを発見! 南極観測で実際に使用されたブーツだそうで、つま先部分は足の指を守るために強靭な樹脂で作られており、その感触を確かめます。なんと一般でも販売されていて、特に冷凍庫作業の方々にとっては温かさや安全性も含め欠かせないブーツだそうです。
最後に、材料を自社開発できるというアシックスの大きな強みについても学び、研究所の見学は終了。みなさんどの場所でも熱心に聞き入っていて、アシックスの技術を間近に体感できたことで、次の座学はいっそう充実しそうな雰囲気が感じられました。
■研究所見学の後、座学がスタート
研究所内の研修会場に戻り、座学が始まりました。
足に関する基礎知識からランニング市場の変化、新時代のトレーニング、そして最新モデルのプロダクト説明に至るまで、実物を見て、触りながら学んでいきます。
座学後の質疑応答の時間では、ランニングアドバイザーだからこその視点による質問が多く飛び交い、関心の高さが伺えました。
■GEL-KAYANOシリーズの開発者たちが登場!
そしていよいよGEL-KAYANOの生みの親である、初代GEL-KAYANO開発者の榧野さんと、最新モデルとなるGEL-KAYANO 30開発者の髙増さん、中村さん、三宅さんのトークセッションがスタート!
ラジオパーソナリティ&走るMCとしても知られる岡田さんと、BEAMS所属でアルペン ランニング ディヴィジョンアドバイザーでもある牧野さんをMCに迎え、まずは榧野さんによる開発ヒストリーを語っていただきます。
壇上には、貴重な初代GEL-KAYANOが! ここでしか聞けないストーリーの数々に、参加メンバーはみな身を乗り出して聞き入っていました。
続いて最新モデル、GEL-KAYANO 30にまつわる開発秘話を聞きます。楽しいトークセッションはあっという間に時間が過ぎ、名残惜しさも残るなか、最後に全員で記念撮影をして1日目が終了しました。
■GEL-KAYANO 30について、開発者のみなさんにインタビュー
(左から)
髙増 翔 さん 株式会社アシックス スポーツ工学研究所 プロダクト機能研究部
榧野 俊一さん 株式会社アシックス 初代 GEL-KAYANO 開発者
中村 浩基さん 株式会社アシックス パフォーマンスランニングフットウエア統括部 開発部
三宅 大希さん 株式会社アシックス パフォーマンスランニングフットウエア統括部 デザイン部
――30周年記念モデルでもあるGEL-KAYANO 30を開発するにあたって、一番苦労したことは何ですか?
髙増さん:
研究部門の目線で言うと、例えばクッションやフィットの研究、長距離走行などといった基礎研究やアシックスの研究資産みたいなところをGEL-KAYANO 30というアニバーサリーモデルとしてどう適応できるか、みたいなところは苦労したというか考えていたところではあります。
――例えば、ランナーの走行時の変化に合わせて安定性と快適性を提供する新機能「4D Guidance System™ 」など、姿勢にフォーカスしていて走る前よりも後の方が感覚がいい、といった部分は、研究担当の目線から見てどうでしたか?
髙増さん:
まさに今回、走っている間の安定感や快適性がいかに長く続くかといったところは研究してきた部分です。実際に研究所の中で5km、10kmと走った時の変化を分析していくと、一歩一歩はすごく小さな着地の衝撃ですけれど、何千歩、何万歩と繰り返すことで徐々に姿勢が前傾したり、接地がすり足気味になったり、足が内側に倒れたり(プロネーション)といった走行距離にともなう変化がみえてきました。そのような状況下で長距離に適応したシューズというのは、そういう変化に対してアダプティブに対応できる。それが、4D Guidance System™のコンセプトにもなっています。
――デザイン面では、どんなところが難しかったですか?
三宅さん:
アシックスの商品というのはサイエンスベースというところで、機能的な部分がものすごく大事なのですが、ただ単に機能表現だけをしてしまうと、特に現在だとオンラインでショッピングされる方も多いので、お客様にその商品の良さが伝わりにくい。もしお店で接客を受けたら「このシューズにはこういう機能があって良いんですよ」と説明を受けて「あ、いい靴なんだな」というのが分かりますが、今はモバイルで簡単に買えてしまう時代なので、商品の良さが一瞬で分かるようなデザインをすることが求められています。
そのため、商品がどういうものであるのか、直感的に分かるようにデザインすることが非常に難しいポイントではありました。
――その課題をクリアするために、どんなアイデアで乗り越えましたか?
三宅さん:
GEL-KAYANO 30の機能的なコンセプトというのが「安定性と快適性の両立」になります。しかしそれは、今までのGEL-KAYANOシリーズにあった「硬いもので足を固めて安定させる」というアプローチとはちょっと異なるわけですね。ガチっとしたデザインから、GEL-KAYANO 30ではボリュームもソールの厚みも増して、柔らかいような印象にしましたから。
シューズを見たときに「すごい安心感がありそうだ、ずっと長い距離を走っても支えてくれそうだ」というような、履いたときにどういうフィーリングが感じられるかを予感させるようなデザインをするために、今までの考え方とは変えてデザインアプローチをしました。
――開発担当の視点で大変だったのは、どんなところでしょうか?
中村さん:
GEL-KAYANO 30という商品にするまでにサンプルを作るわけですが、通常は3回のステージで商品を仕上げていくところを、GEL-KAYANO 30では6回の改善を経て今の商品になったというのが苦労した点です。
機能性のみを追究しようとすると、長距離走行や疲労時の安定性という面にフォーカスして足当たりがあるようなサンプルもできたりして、それらのどちらも改善していくのが大変でした。
あとは、パッと見て気づく人はまずいないレベルではあるけれど、直感的に頭に入ってくることを信じているといいますか、そういった細かい部分のこだわりがありまして。
例えばアッパーの部分にある、細かいドットのエンボス。ミッドソールのトップのエリアにも同じドットがあったり、ストライプも斜めのラインがある中にドットも混ざっていたりと、シューズの雰囲気としての統一感も表現されているんです。あっ、僕よりもデザインの三宅が話した方がいいですよね(笑)
三宅さん:
つまり「細かなディテールを最後まで詰める」ということなんですけれど、印象は変わったとしても、GEL-KAYANO 30らしい佇まいは大事にしたいなとは思っていました。その佇まいを作るには本当に最後の最後まで細かいところをちゃんと気に留めてこだわり抜く、みたいなものづくりの姿勢が、GEL-KAYANO 30のスタンスにつながるのだろうという想いがあったからです。
結果、ギリギリまで「ここの質感を合わせたいんですけれど、マット感をもっとマッチさせたいのでもう少しだけ詰めたいです。時間がなくて申し訳ないのですが……中村さんっ!」って(笑)
中村さん:
「うんんんんっ……よし! 時間はないけどやろう!」みたいに、共に最後までこだわってやり抜きました。
――最後に、長い歴史のあるシューズだからこそプレッシャーがかかり続ける仕事である一方で、楽しいものづくりが楽しいランニングを生んで輪になり、広がっていく様子も見届けられる仕事でもあると思いますが、開発するやりがいをお聞かせください。
髙増さん:
最終的にプロダクトで実験をする際、外部のランナーに「これはGEL-KAYANO 30のプロジェクトです」ということを一切触れずに伏せた状態で10kmのランニングをお願いするのですが、走り終わった後、被験者のランナーの方々から「10km走った後だけれど、このシューズならまだ走れる!」といったコメントをいただくと、とてもやりがいを感じます。自分たちが練ってきたものがしっかり届いているんだ、と。
中村さん:
GEL-KAYANOシリーズは初代開発者の榧野さんから続いていて、長い歴史のなかでお客様からも信頼されている特別なシューズです。すでに期待がされている状態からのスタートなので、ものすごくプレッシャーを感じますが、ゆえに「もっと期待を超えるんだ」というところがいちばんのやりがいだと僕は思っています。
今回のGEL-KAYANO 30は、とにかくチャレンジした商品だと思っています。GEL-KAYANOのファンであるお客様はもちろん、新しいお客様にもぜひ履いていただきたいというのが担当としての気持ちです。
三宅さん:
ずっと「いつかGEL-KAYANOのデザイン担当になりたい」と思っていて、メンバーに選ばれて「ついに来たか」と感無量だったのを今でも鮮明に覚えています。長い歴史があるシューズの30代目、榧野さんという生みの親の名前がずっと続き毎年毎年進化していくシューズに、今ある「ベスト」をデザインにも機能にもつぎ込んで、最高のGEL-KAYANOを作りたい一心でやってきました。榧野さんを目の前にして、非常に恐縮ですが「負けたくない」という、デザイナーとしてのそういう気持ちがやりがいにつながったと思います。
ランナーのみなさんには、機能的な部分や履き心地なども含め「GEL-KAYANO 30を履いていると、気持ちが上がるね」のように、もっと走りたくなる楽しみを感じてもらえるとうれしいですね。
榧野さん:
いやいや、もう勝ってるよ(笑)
――GEL-KAYANO 30を開発したみなさんのコメントを聞いて、初代開発者としてどんなことを感じましたか?
榧野さん:
みなさんのコメントを聞いて、純粋に感動しました。かつて、GEL-KAYANO 13まで担当したのですが「次の14は誰がするの?」と聞いたら、プレッシャーもあるからでしょうか、「そんな名前のついた商品は作りたくない」って言われてしまったんですよ。しかし、時を重ねていくにつれ「あのときGEL-KAYANOを担当して良かった」とかいう声をいろいろなところで聞くようになりました。
それはやっぱり、いい商品を作りたい気持ちはみんな同じで、最初は「榧野さんの名前が付くけれど仕方ないな」と思っていたかもしれませんが、それぞれの研究や開発、デザインという立場でものづくりをし、それが総合的に「お客様の満足」へとつながり、「GEL-KAYANOというシューズは素晴らしい」とみんなが誇りに思うようになったわけですよね。それって「自分達が作り上げた」という想いはもちろんあるけれど、周りのお客様が認知するようになったということも大きいと思うのです。
最初の頃はどうだったかというと、正直散々なものでした。それが日々の積み重ねで、みんなが熱い想いを持ってGEL-KAYANOをいい商品にしようと努力を重ねた結果、社内でもブランド化していったのだと思います。だから「いつか作りたい」という話を聞けて、本当にうれしかったです。すごく光栄なことだな、と。
以上、アシックス スポーツ工学研究所研修のレポート前編でした!
後編は、GEL-KAYANO 30を実際に履いてみての「TRY! ASICS!」試走や、ディスカッションの様子をお届けします。どうぞお楽しみに!