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football2018.09.27

稲本潤一 基礎技術を培った環境とは【インタビュー前編】

――まずはサッカーを始めたきっかけを教えてください。

稲本 僕が幼稚園の年長の時に、たまたま母がサッカーチームへ入れたんです。団体スポーツをやらせたかったみたいで。近所に野球チームが無くて、団体スポーツはサッカーだけだった様です。

――サッカーへ導かれたのかもしれないですね。初めて履いたスパイクは何か覚えてますか?

稲本 詳しくは覚えてないですが、メジャーなメーカーではなかったこととナイキでは無かったことは確かです。

――ナイキのサッカースパイクは当時はなかったですよね。少年時代は稲本さんにタックルに来た選手が逆に吹っ飛ばされたり、稲本さんのシュートでキーパーが骨折したみたいな都市伝説を聞いたことがあるのですが?

稲本 ほんまに覚えてないですが、相手のキーパーが骨折してしまった話は聞いたことがあります。

――強烈なシュートで?

稲本 どうでしょう?子供の頃なんで骨が折れやすいのもありますしね。
 

――当時から背が高くて身体が強かったんですね。

稲本 身長も後ろから2番か3番目とかで足は速かったです。当時はFWをやっていて、足の速さを活かす為にもボールを前に蹴って走ってました。小学生の頃は身体能力があればサッカーでも勝てちゃうじゃないですか。

――身体能力を活かしたストライカーだったんですね。

稲本 点取り屋でしたね。ゴールに対してキーパーが小さいので、上に蹴ったらだいたい入ってました(笑)

――その時のスパイクはどんなものを履いてました?

稲本 メーカーを気にせずセール品を買っていました。中学も高校も土のグラウンドで、すぐにポイントが削れちゃうんです。短いスパンで何足も履くことになるので、安いやつを履いてましたよ。

――ワゴンセールとかですか?

稲本 まさに(笑)選ぶにしても当時は黒色のスパイクしかなくて、ビジュアルの選択肢がなかったんです。
 

――今は逆に黒色が珍しいくらいですが、当時は黒しかなかったですよね。小学校を卒業してガンバのジュニアユースにはどうやって入ったんですか?

稲本 当時はジュニアユースが立ち上がったばかりでセレクションもなく誰でも入れたんです。それもあって部員がめっちゃたくさんいたんですよ。

――実際に入ってからはどうでした?

稲本 小学校からトレセンや選抜に入っていたので、その時の仲間もガンバにいてやりやすかったんです。ポジションは中1からボランチにコンバートされて、その位置から点を取ることを意識していました。

――花形の点取り屋のFWからボランチにポジションが変わって、嫌ではなかったですか?

稲本 ボランチはボールに沢山さわれて試合を作ることが出来たので、嫌じゃなかったですよ。中1から試合には出てたりと子供の頃は順調でした。

――当時を振り返ってみて、ジュニアユース(中学)時代にやっておいた方が良い練習を教えてください。

稲本 ガンバの方針なんですが、基本練習ばかりやってましたよ。2人組でボールを蹴ること(インサイド、インステップ)を繰り返しやってました。ロングボールも2人組で何本も蹴りました。決して面白くはなかったですが、小学生の頃には無い教えでした。その後にゲームと走りの繰り返しです。

――クラブチームでも素走りはあったんですね?

稲本 練習に1時間半くらいかけて通っていたので、冬の時期なんかはグラウンドに到着したら暗くなってました。当時は普通の緑地公園で練習をしていたんです。

もちろんナイターの施設なんてないので、コーチ達のバイクの明かりを頼りに練習していました。暗くなったら走って終わりです。

――物理的にボールが見えないから走って終わりなんですね。

稲本 今思うとあり得ないことをやってましたね。今の環境は整ってますから羨ましいですよ。

――当時に繰り返し練習をした「止める蹴る」の基礎技術が今も活きてますね。

稲本 そうですね。ジュニアユース、ユースと基本練習が多かったし、重要だと言われてきたことなんで、活きてますし今も意識はしてますよ。
 

――そこからユースに上がりましたよね。いつからナイキのスパイクを履いているんですか?

稲本 プロ契約をしてからです。ユースの時は日本代表に入った際にアディダスをもらったり、トップの選手のお下がりをもらっていました。

――スパイクへのこだわりを教えてください。

稲本 1番はフィット感ですね。自然に履けるスパイクがいいです。ナイキと契約してからは、足形をとって作ってもらっていたので足に合っていました。まさに自分に合ったスパイクを履けていました。

――重さに関してはいかがですか?

稲本 ナイキには凄く軽いモデルもありますが、僕は少し重い方が好みです。ボールを飛ばしたい時に、軽すぎると力の加減が伝わらない気がするんです。多少重さがあった方が良いですね。

――軽ければ軽いほうが良い選手もいるじゃないですか。好みはポジションにもよりますね?

稲本 そうですね。スプリントを得意とする選手は軽ければ軽い方が良いと思います。個人的にはそこまで軽すぎるとフワフワする感じがします(笑)
 

――ユースの時の練習はいかがでしたか?

稲本 基礎練習とゲームがメインで、基本はジュニアユースと変わらないものでしたよ。より実践的にはなったかな。結構強くて大阪や関西では負けることはなかったです。

――どんな環境で練習していたんですか?

稲本 専用の練習場は無く、19時から21時までグラウンドを借りてやってました。土のグラウンドで、練習は1時間半くらいでした。

――土でやってきたことがプロになってからも活きていると思いますか?

稲本 トラップには気を使うようになりました。芝だとそこまで気を使わないので。ただわからないですよね。子供の頃から芝生でやってたらもっと上手くなっていたかもしれないし。ひとつ確かなのは、土の悪環境の中でもボールを扱うスキルは付いたと思います。

――土のグラウンドだと足の芯に当てないとボールが飛ばなかったりしますよね?

稲本 綺麗な芝生だったら思った通りに止めたり、蹴れちゃったりすることもあるので、微調整の仕方やキックの種類を増やす作業は土の方が良いかもしれませんね。

ゴールキーパーやディフェンダーのスライディング練習は芝生の方が絶対良いのは確かです。ただ今の整った環境の中で「土でやれ!」とはよう言えへんしね(笑)

――ガンバのトップの練習はいつから参加したんですか?

稲本 高3の3月か4月にトップの練習に参加しました。

高2の時にクラブユース選手権が終わって、北海道キャンプに呼ばれたんです。夕張キャンプで、ど緊張したのを覚えていますよ。
 

――トップチームでのデビュー戦は覚えていますか?

稲本 当時はヨーロッパのクラブチームが日本に来てたんです。万博でニューキャッスルとの試合に出場したのを覚えています。最後の15分か20分くらい出ましたが、マジで緊張しました。

――デビュー戦がプレミアリーグとは凄い経験ですね。

稲本 親善試合ですけどね。相手の選手のことも全然知らんし。それもあってJリーグのデビューは高3の時に出場したナビスコカップでしたけど、そこまで緊張はしなかったんです。

――ニューキャッスルのおかげですね。その試合はどうだったんですか?

稲本 ニューキャッスル戦は、良いヘディングやサイドチェンジやシュートも出来て、まあまあ良かった記憶があります。でも一杯一杯でしたよ。
 

後編 へ続く

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