前田健太は、メジャーにアジャストするだけでなく、凄みを増した
「いやあ、実にピッチャーらしい体型ですねえ」
高校野球を見ていると、時々、そんなことをいう解説者に出くわすことがある。彼らの“大好物”は、長身で、手足が長くて、腕のしなりを感じさせるタイプ。豪快というよりは繊細で、スピンの効いた真っ直ぐはクッと手元で伸びてくる感じ。
ただ、メジャーリーグや日本で活躍する助っ人ピッチャーを見ていると、素朴な疑問が湧いてくる。
「らしい」ピッチャー、なかなか見当たらないんですけど。
解説者さんが「らしい」と褒めるピッチャーは、投球フォームも美しい。去年のドラフト1位で広島に入った森下なんて、阪神ファンのわたしが見てもウットリしてしまうほど美しい投げ方をしている。
ところが、メジャーを見ていて、その剛球に感心させられることはあっても、投げるフォーム自体に見ほれたことはまずない。これは、素晴らしいボールを投げるためには理想的なフォームが必要だ、とう前提に立つ人が多い日本と、素晴らしいボールを投げるための方法は人によって違う、と考える人が多いアメリカとの違いなのかもしれない。
前田健太は、実にピッチャーらしいピッチャーだとわたしは思う。広島時代の彼は、日本人がイメージする、ピッチャーらしいピッチャーそのものだった。なので、正直なところ、メジャーでの挑戦はかなり厳しいことになるのでは、と思っていた。
これを国民性だと思うのだが、日本のピッチャーの場合、自分の肉体が持つポテンシャルをほぼすべてを絞り出そうとする。徹底してフォームを追求するのも、そのためだと言っていい。前田も、もちろんその中の一人。クルマにたとえていうならば、極限までチューンされた2000㏄の高性能エンジン。
アメリカのエンジンは違う。ハイパワーを絞り出すために細部にこだわるのが日本だとしたら、彼らはシンプルに排気量をデカくする。燃費(効率)が悪かろうが、スピードは出るんだから文句ないだろ?って感じ。
若いころから肩甲骨の可動域を広げる運動をルーティンとし、下半身も目一杯使ったダイナミックかつ美しいフォームで投げる前田は、だから、もうチューンの余地がない日本製エンジンのように思えた。
だが、メジャーリーグのマウンドは、日本のものとはちょっと違う。簡単に言ってしまえば日本に比べると遥かに固く、日本の感覚で投げようとすると、踏み込もうとした足にかなり強い衝撃が返ってくる。繰り返せば膝や足首に深刻なトラブルを引き起しかねない衝撃である。
衝撃を和らげるために一番手っとり早いのは、踏み出す足幅を縮めること。ところが、フォームを固めるところからピッチングをスタートさせてきた日本のピッチャーにとっては、これが簡単なことではない。典型的なのは、「あと1歩半、歩幅を縮めろ」とピッチング・コーチから要求され、歯車がガタガタになってしまった井川慶だった。
日本球界では繊細というよりはパワーピッチャー系に属していた井川でさえ、メジャーのマウンドには手こずった。ボールにも手こずった。だとしたら、井川よりもはるかに繊細なタイプに見える前田は……。
「いやあ、実にお恥ずかしい限りです」
もしわたしが解説者だとしたら、そういって土下座しなくてはならない。マウンドが変わっても、ボールが変わっても、前田健太は輝きを失わなかった。大相撲の不知火型を思わせる豪快な下半身の使い方にはマイナーチェンジが施され、ちょっと上半身重視のフォームにシフトしたように見受けられるが、放たれるボールの威力はまるで変わらなかった。
メジャーで活躍する日本人ピッチャーは、野茂英雄に代表される豪快なパワーピッチャー系か、長谷川滋利のような変則、技巧派系が多い。だからマエケンのような精密機械型は……というわたしの予想は完全に外れた。
いや、外れた、どころではない。
広島在籍中の8年間で2度、彼はセ・リーグの奪三振王になっているが、奪った三振の数が投げたイニング数を超えたことは一度もない。
ところが、メジャーに移籍してからの5年間は、すべてイニング数を上回る数の三振を奪っている。
今年を含めたすべての年で、である。
ちなみに、ダルビッシュの場合は日本とほぼ同じ、田中将大は日本よりもちょっと落ちるペースでメジャーでの奪三振を重ねているが、前田のようにアメリカに渡ってからペースがあがったというケースはちょっと記憶にない。
彼は、メジャーにアジャストするだけでなく、凄みを増したのだ。
一人のピッチャーとしては申し分のないキャリアを重ねている前田だが、PL学園時代も、広島時代も、日本一には届かなかった。それ自体は特に不運、悲運というわけでもないのだが、彼がメジャーに渡るや否や、広島の連覇は始まった。
加えて、昨年末にドジャーズからツインズに移籍すると、今度はドジャーズが32年ぶりのワールドシリーズ制覇である。
前田自身に落ち度があるわけではもちろんないし、彼にできることもない。
これもまた、スポーツの持つ底しれぬ一面なのだ。
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