宮城大弥のマウンドでの佇まいは、江夏豊を彷彿させる
いま、世界のサッカーはヨーロッパを中心に廻っている。間違いない。
だが、ヨーロッパにおけるサッカーのファンは、多くない。
何を突拍子のないことを、と思われる方がいらっしゃるかもしれないが、あえて断言しよう。日本人が思っているほど、でもいいし、何だったら日本よりも、でもいい。つまり、日本人が思っているほど、ヨーロッパのサッカーファンは多くないし、その数は日本のサッカーファンにかなわないかもしれない。
プレミア・リーグが好きなイングランド人は日本人より多くないし、リーガを愛するスペイン人、ブンデスリーガに夢中なドイツ人の数も、おそらくは日本人に及ばない。
何年か前、テレビの仕事でロンドンのパブをいくつか回ったことがある。W杯が間近に迫った時期だった。確かスパーズ、アーセナル、ウェスト・ハムのサポーターたちがたむろするそれぞれのパブで、それぞれのファンに話を聞いた。
もちろん、中にはイングランド代表の躍進を期待する声もあった。だが、日本人の感覚からすると信じられないほどのペースで1パイントのビールを飲み干していくおっちゃんたちの多くは、日本人からするといささか意外な願望を口にした。
「ケガだけはしないでほしい」
W杯に出場する他国の代表選手を抱えるチームのファンの中には、こんなことを言う人もいた。
「できることなら、W杯なんか出てほしくないんだがね」
つまり、彼らはサッカーファンというより、スパーズの、ガナーズの、ハマーズのファンだった。彼らが望んでいるのは、自分たちの宝がワールドカップで活躍することではなく、そのあとに始まるシーズンに悪影響がないように、ということだった。
日本には、プレミア・リーグをプレミア・リーグだから、という理由で見る人がいる。リーガにしても、ブンデスリーガにしてもそうだ。選手の顔ぶれであったり、スタジアムの雰囲気やサッカーの指向性など、理由はそれぞれ違うだろうが、週末になるとオートマチックに贔屓のリーグにチャンネルを合わせる。
だが、リバプールのファンは自分たちの試合以外にはあまり興味を示さないし、ベティスやバレンシアの試合に注目するバルセロニスタ、マドリディスタはほとんどいない。彼らにとって大切なのは、サッカーでもなければリーグでもない。あくまでも、贔屓のチームなのだ。
この論法に則るのであれば、わたしはプロ野球ファンではない。
朝、目を覚ますとまずスポーツ新聞に目を通すのが日々のルーティンだが、真っ先に読むのは阪神について、である。勝った日の翌日はまずデイリー・スポーツから、負けた日の翌日は他のスポーツ紙から、ということになる。
もちろん、時間が許す限りすべての紙面に目を通すようにはしている。ただ、阪神以外、特にパ・リーグの情報となると、正直なところ、だいぶおざなりに見てしまっている。今年の場合は特にそうで、ちょっと気を抜くと、パ・リーグの首位っていまどこだっけ、みたいなことにもなってしまう。
つまり、わたしはプロ野球ファンではなく、阪神ファンなのである。
ハリー・ケインの一挙手一投足に注目するスパーズのファンが、エバートンのルーウィンの活躍にさして関心を持たないように、わたしは、よほどのことがない限り、パ・リーグの選手に“自主的に”興味を持ったりしない。仕事だから、スポーツライターだから視野を広く持たねば、と懸命に自分に言い聞かせてはいるが、プロ野球ファンを自称するにはいささか無理がある。
だから、3月20日のオープン戦は、わたしにとって“よほどのこと”だった。
ペナント開幕を1週間後に控えたこの日、阪神は京セラドームでオリックスと戦った。期待の新人・佐藤輝明は今日も打つのか、ローテの柱として期待される青柳晃洋の仕上がり具合はどうか。阪神ファンとしては大いに気になる試合だった。
結果、青柳は6回無失点、佐藤はノーヒットに終わったものの、試合は阪神が2-1で勝った。悪くない、というか、実にいい。普段のわたしであれば、来るべきペナントに向けての妄想を大いに育んでいたところである。
だが、この日の相手チームには、阪神の勝利という、わたしにとっては何よりも大切な結果を霞ませるほどの存在がいた。
それが、オリックスの先発投手、宮城大弥だった。
公称の身長は171センチ。プロ野球の世界においては、かなり小柄な部類に入る。ところが、その左腕から繰り出される直球に、“ドロップ”と表現したくなるような大きなカーブに、好調だった阪神打線は文字通り手も足も出なかった。奪われた三振は6イニングで11。ほぼ1イニングにつき2個のペースだった。
というか、わたしが度肝を抜かれたのは、三振の数でも直球の速さでもなかった。あえていうなら……その佇まいだった。
ガッチリとした体躯。ゆったりとしたフォームから繰り出される速球。何より、相手を完全に呑んでいるような、「おらおらおらーっ、打てるもんなら打ってみいっ!」と吹き出しをつけたくなるような、にじみ出る向こうっ気の強さ。タイプでいけば、かつての今中慎二や杉内俊哉に類するということになるのだろうが、こうした名投手や、現役でいったら松井裕樹、もしくは高校時代に“ビッグ4”と呼ばれた中の一人で阪神に入団した、及川雅貴を見たときにも感じなかった感慨が込み上げてきた。
え、江夏や!
以来、オリックスの背番号13の動向から、わたしは目が離せなくなった。というか、阪神ファンであるにも関わらず、宮城大弥というピッチャーの大ファンになってしまった。
この原稿を書いている5月15日現在、宮城は開幕4連勝をあげ、防御率、勝率などでリーグ・トップの成績を残している。見れば見るほど、わたしの熱は高まるばかりだ。
依然として阪神ファンでもあるわたしとしては、だから、祈らざるを得ない。
頑張れ、宮城大弥、でも、交流戦の阪神戦だけは投げんといて。
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