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baseball2021.08.11

柳田悠岐がホームラン王へと変貌を遂げた、トレーニングの背景

ホームランを打つのは才能なのだと、長い間、思っていた。

プロ野球という超人の集まる世界でホームラン王を取るような、あるいは争うような選手は、子供の頃からホームランを打ちまくってきたものだと信じ込んでいた。

それが全面的に間違っていた、とは思わない。田淵幸一さんは法政一高に入学する前からスラッガーとして名を轟かせていたそうだし、近年で言えば、ヤクルトの村上や日ハムの清宮なども、早い段階からその存在は知られていた。

ホームラン=天賦の才──わたしの中で固まっていたイメージにヒビを入れたのは、金本知憲だった。

彼が広島からFAで阪神に来ることが決まったとき、正直なところ、わたしは失望した。トリプルスリーを達成したバランスの取れた選手だということは知っていたが、欲しかったのは大砲だった。はっきり言えば、近鉄からFA宣言をした中村紀洋だった。大学を卒業してしばらくは鳴かず飛ばずだった中距離打者ではなく、高校時代からアーチをかけまくっていた根っからの長距離砲が欲しかった。

まさか、狭い広島市民球場を本拠地にしていた時代の33本が自己記録だった男が、浜風と戦わなければいけないチームに来て40本の大台を記録しようとは、夢にも思わなかった。

どうやら、意表をつかれたのはわたしだけではなかったらしく、その後、様々なメディアが様々な角度から「なぜ金本は大砲たりえたのか」といった分析や検証を行なった。その際、極めて高い頻度で名前があがったのが、広島市東区にあるスポーツジム『アスリート』だった。

すでにカープやサンフレッチェの選手にはよく知られた存在になっていた『アスリート』は、マシンによる筋トレは効果がない、身体が重くなる分遅くなる、などといった野球界の“常識”に真っ向から挑みかかったジムだった。

「筋肉を付けることはクルマのエンジンを大きくすること。2000ccのエンジンと3000ccでは、当然後者の方が重いが、では、速いのかはどちらなのか」というのが、ジムの平岡代表の根本的な考えだった。

令和3年の現在でも、マシンを使った筋トレを否定し、ひたすらにバットを振ること、走って走って走り抜いて下半身を鍛えることが大切だと声高に訴える識者はいる。ただ、生まれながらの大砲でなかったことは明らかながら、甲子園でホームランを量産し、阪神を日本一に導いた金本の活躍によって『アスリート』の名はトレーニングに興味を持つアスリートたちの強い関心を集めるようになった。

その一人がダルビッシュであり、その一人が、高校3年生だった柳田悠岐だった。

広島の名門、広島商の3年生だった柳田が『アスリート』の門を叩いたとき、身長186センチだった彼の体重は60キロ台だったという。高校通算本塁打は、金本の20本よりさらに9本少ない11本だった。

まったくの無名のまま高校を卒業し、お世辞にもレベルも注目度も高いとは言い難い地元・広島6大学の広島経済大学に進んだ柳田だったが、『アスリート』でのトレーニングによって、その肉体はどんどんと改造されていった。筋肉量のアップは体重の20キロ増という数字と、打球の飛距離になって現れた。大学4年になった彼は、ドラフト2位という異例の高評価で、ソフトバンクに入団することになった。



プロ入り1年目は0本、2年目は5本と、金本同様、決して速いとは言えないペースでホームランを放っていった柳田だが、3年目に初めて2ケタ11本を放ったあたりから、その豪快なスイングとズバ抜けた飛距離に注目が集まるようになる。5年目からは侍ジャパンに名を連ね、“ギータ”の愛称はホークス・ファンのみならず、多くの野球ファンの知るところとなった。

そして、『アスリート』のDNAは新たなスター候補生を生んだ。高校時代から筋トレによる肉体の強化に乗り出し、プロ入り半年にして柳田が3年かかって積み上げたホームランの数字をあっさりと乗り越えてしまった佐藤輝明は、柳田の成功がなければ出現しえなかったかもしれない。野村謙二郎や金本の活躍がなければ『アスリート』の名が知られることも、柳田が門下生になることもなかったかもしれないように。



柳田の成功と佐藤の出現によって、『アスリート』の思想はより一層広まっていくことだろう。二刀流で大暴れしている大谷にしても、身体を大きくすることを重要視しているという点では、金本やダルビッシュの衣鉢を継いでいる。

そうなると興味深いのは、プロ野球に限らず、スポーツ界におけるもう一つの有力なトレーニング理論、鳥取のスポーツジム『ワールドウィング』の小山代表が提唱する“初動負荷”理論との関係性である。

イチローや山本昌などが心酔しているこの理論は、『アスリート』とは違い、身体を大きくすること、筋肉量を増やすことに重きを置いていない。わたし自身、騎手の福永祐一が落馬事故によるリハビリ・トレーニングをする際、ひまつぶしの相手として呼ばれて2週間ほど泊まり込みで体験したのだが、その効果には度肝を抜かれた記憶がある。なにしろ、たった2週間で、30代半ばのヘビースモーカーが50メートル走でコンマ5秒も速くなってしまったのだ。

筋肉量を増やすことに対して、イチローは「虎やライオンはウェイトトレーニングをしない」と発言したことがある。これに対して「イチローさんは特別」と筋トレの重要性を説いたのがダルビッシュだった。

どちらかが完全に正しく、どちらかが完全に間違っている、ということは、この論争に関しては、おそらく、ない。ただ、柳田、大谷、佐藤と『アスリート』的なアスリートが増えてきたいまこそ、両者の健全で科学的な論争がみたい。

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