パ・リーグの本塁打王に輝いた杉本裕太郎(オリックス)は、才能をどう開花させたのか
1950年、日本のプロ野球が現在の形に近い2リーグ制になって以来、NPBではセ・リーグで24名、パ・リーグでは21人の日本人選手が、“初の”本塁打王として歴史に名前を刻んできた。51年のパ・リーグでは“青バット”で知られた大下弘、53年のセ・リーグは“物干し竿”で有名な藤村冨美男がタイトルを獲得しているが、彼らは1リーグ制時代に本塁打王に輝いた経歴があるので、リストからは外す。
入団からタイトル獲得まで10年以上を経た選手がいる一方で、ルーキー初年度にいきなりキングになった選手もいる。誰もがその名を知るレジェンドから、「あれ? そんな選手いたっけ」と首を傾げてしまう存在まで様々だが、70年を越える歴史にあって、両リーグを合わせても50人に満たない日本人選手しかタイトルを獲得できていないのだから、その難易度たるや、推して知るべし、である。
ご存じの通り、昨年のNPBでは、セ・パ両リーグともに初の本塁打王に輝く選手が出現した。セ・リーグの村上宗隆とパ・リーグの杉本裕太郎である。猛烈な勢いで本塁打を重ねる村上はもちろん素晴らしいが、突如才能を開花させた感のある杉本も負けてはいない。
というか、相当に、いや、目茶苦茶にレアである。
徳島商から青山学院大、JR西日本というキャリアを積んできた杉本が、15年、ドラフト10位でオリックスに指名されたことはよく知られている。掛布雅之や野村克也のように、入団時はほとんど期待されていなかったにも関わらず、後に大化けした選手もいなかったわけではないが、ドラフト10位での入団となると、前代未聞と言っていい。そもそも、10順目まで指名を続けるチーム自体が相当な少数派である。同じ年のドラフトで1位に指名されたのが、青山学院大の2学年後輩に当たる吉田正尚だったというのも、なかなかに残酷なエピソードだった。
しかも、この年のドラフトでオリックスに入団した選手たちの現在を見てみると、9位、8位、7位、6位の選手はすでにNPBでの現役生活に別れを告げていることがわかる。杉本自身、ここ数年は常に解雇の不安に脅えていたと振り返っているが、まったくもっと本音だろう。
大学、社会人を経ての入団となった選手の多くは、即戦力としての期待がかけられる。だとすると、いくらさして期待もされていないドラフト10位での入団とはいえ、入団5年で通算本塁打が9本でしかなかった杉本は、はっきり言ってしまえば解雇されていないのが不思議なぐらいの存在だった。
そんな選手が、突如として32本のホームランを放ち、それどころかタイトルまで獲得してしまった。
21年シーズンを迎えるまで、彼の通算本塁打が9本だったことはすでに触れた。これがどれほど珍しいケースなのかが記録を見ればわかる。
過去に初めて本塁打王を獲得した選手の中で、前年度までの通算本塁打が1ケタだった選手はたったの3人しかいない。T-岡田、小久保裕紀、野村克也の3人である。ルーキーでいきなりタイトルを獲った長嶋茂雄、桑田武というよりレアなケースもあるが、そもそも1軍出場の機会自体が少なかった杉本の場合、プロ野球の歴史においても特筆すべき初タイトル獲得とも言える。ちなみに、T-岡田がオリックス、小久保は青山学院大での先輩に当たるのはただの偶然か。
特筆すべき点はまだある。
先にも書いた通り、杉本は大学から社会人を経てからの入団である。最近の傾向として、こういう経歴でプロ入りした打者は、いわゆる巧打者タイプが多くなっている。「飛ばす」という天性の才能が求められがちなジャンルに関しては、早い段階からの育成が大切ということなのかもしれない。
だからなのか、セ・パの歴代の本塁打王の顔ぶれを見てみても、多くは高卒か、遅くても大学を経てからの入団である。大学、社会人を経てからの入団で本塁打王を獲得した選手はというと……なんと、落合博満まで遡ってしまうのだ。
しかも、落合の場合は東洋大学入学早々に退学しており、実質的には高卒から社会人というルートとほとんど変わりがない。きっちりと大学を卒業し、その上で社会人を経た杉本のケースは、圧倒的なまでに稀少なのである。
正直、現時点での杉本裕太郎の評価と認知度は、それほど高いとは言い難いものがある。タイトルを獲得したことで警戒される分、今年は実質的な“2年目のジンクス”と向き合うことになるかもしれない。
だが、それをさておいても、昨年の彼がやってのけたこと、過去に同じことをやってのけた選手がどんな人生を送ったかを考えると、新シーズンの杉本裕太郎には注目せざるをえない。
それにしても、これほどまでにエピソードに満ちた選手が、まだまだ全国的な知名度を獲得できていないところに、日本のプロ野球の歪さを思う。というより、本塁打王を獲得した杉本より、まだプロ入りしてただの一打席、ただの一球も経験していないルーキーの一挙手一投足に注目してしまう在阪メディア、阪神ファンの歪さを思う。
いかんよなあ、やっぱり。
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