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baseball2022.04.15

“自己肯定力の低さ” が千賀滉大のアストリートとして最大の武器となる

ありがたいことに、ここ数年、ラジオのニッポン放送で毎週各界のアスリートに話を聞く機会を設けてもらっている。

基本的にはサッカー、野球を中心にスポーツを見てきたわたしからすると、馴染みの薄かった競技の方に話をうかがうのは素晴らしく刺激的だ。自分にとっての常識が、競技によってはまったく当てはまらないことを思い知らされることも多々ある。

先日は水泳の萩野公介さんに驚かされた。

「よく、練習でできないことが試合でできるはずがないって言われるじゃないですか。あれって、自分に関してというか、たぶん水泳に関していうと、違うんです。ぼくの知る限り、本番で出すタイムを練習でも出せた選手っていませんでしたから」

おい、おい、おい、である。練習でダイレクトのシュートを決められない選手が、試合で決められるはずがない。練習でストライクの入らないピッチャーは、公式戦になっても入らない。本質的には水泳と似通った部分が多いと思われる陸上競技にしても、「練習では自己ベストを更新する記録を残しているのだが」といった報道を目にしたことがある。

練習でできなければ試合でもできないというのは、古今東西、種目に違いに関わらず、不変の定理だと思っていたのだが、スッパーンと覆されてしまった。

萩野さんが説明してくれた理由について書いていくとスペースがなくなってしまうので思いっきり割愛し、お知りになりたい方はニッポン放送の ポッドキャスト でお聞きください……と宣伝をさせていただいたところで、本題に入る。



千賀滉大は、ここ数年で最大級の衝撃を与えてくれたアスリートだった。

彼が育成ドラフトでプロの世界に入ってきたことは、このコラムをお読みの方ならばよくご存じのことだろう。いまや年俸は6億。今シーズンのオフにはメジャーリーグへの移籍も噂されている。

番組の中では、もちろんメジャーについても聞いた。だが、何といっても衝撃的だったのは、一番聞きたかったことについての答え、つまり「なぜ千賀滉大は育成あがりからここまでの成功を収めることができたのか」という質問に対する答だった。

「自分に期待してなかったからじゃないですか」

聞いた瞬間、頭の中が白くなりかけた。

俺はできる。俺ならできる。きっとできる。そう言い聞かせることが競技の世界でのし上がっていく上での唯一の手段だと思い込んでいたわたしにとって、千賀からの返答は見えないところから飛んできたロングフックだった。もう30年以上にはなるスポーツライター人生の中で、ただの一度も聞いたことがないタイプの答だった。 

一瞬思ったのは、「あまりにも同じことを聞かれすぎて、マジメに答えることにうんざりしているのかな」ということだった。だが、目の前にいる千賀の表情にネガティブな気配は微塵もない。彼は本気で、大まじめに、口にした言葉こそが現在の自分がある最大の理由だと確信しているようだった。

「ぼくが入団した時のホークスって、周りが凄かったんですよ。杉内さんがいて和田さんがいて摂津さんがいて……正直、比べる気が起きないぐらいでしたから、自分にならできるだなんて、とても思えなかった」

プロ入り直後に千賀と同じような衝撃を受け、そのまま消えて行ってしまうプロ野球選手は少なくない。しかも、千賀の場合は育成ドラフトでの入団である。「入り口」の段階で差をつけられてしまった者が、差を埋めるための努力を続けるのは簡単なことではない。

だが、千賀の考えは違っていた。

「単純に、いまの自分にできないことをやっていこう、そう考えました。俺には凄い剛速球が投げられるはずだって期待すると、投げられない自分が嫌になる。そうじゃなくて、いま剛速球を投げられない自分が、投げられるためにはどうするべきか。自分が描いた理想に近づこうとするんじゃなくて、できないことを一つずつ埋めていこうと」

千賀滉大は、競争相手を周囲に求めるのではなく、昨日の自分に設定した。ライバルの150km/hを追いかけるのではなく、自分の140km/hに少しでも上積みするための日常を過ごした。後に周囲から「お化け」と呼ばれるようになる伝家の宝刀フォークボールも、昨日以上の落差を追い求めることで生まれた。

福岡で千賀をよく知る新聞記者の中には「あれほどの選手なのに自己肯定力がびっくりするほど低いんですよ」と苦笑する者もいた。なるほど、実際に本人と話をしてみて、それが本当のことだとよくわかった。一方で、この自己肯定力の低さこそが、千賀滉大というアストリートが持つ最大の武器なのだとも思った。

日本球界屈指のピッチャーとなってもなお、千賀は自分の足りないところを埋めようとしている。防御率0.00で投げた試合すべてに勝つという投手でもない限り、何かしら足りないところはある。そこを埋めるべく、日々を過ごしている。

そして、日本球界ではすべての穴を埋めることに成功したとしても、彼が充足感に満たされることは、おそらく、ない。

次は、メジャーでの足りない部分を埋めていく作業を始めなければならないからだ。

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