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baseball2022.05.02

佐々木朗希の完全試合を支えたキャッチャー松川虎生にみる、選手に合わせた育成方針

15年前だっただろうが、巨人の守護神を務めていた上原浩治さんにインタビューをさせていただいたことがある。

意表をつかれたのは、甲子園でのエピソードだった。

「阪神がリードして9回表2アウトになると、あと一人コール、あと一球コールが始まるじゃないですか。あれを聞くと、子供のころの癖なのか、ついブルペンでリズムとっちゃう自分がいるんですよね。あのコールが聞こえてくるってことは、巨人が負けそうってことなのに」

ビックリした。まさか巨人の象徴ともいうべき存在から、阪神に対する愛が聞こえてこようとは。あまりに驚いたので、おうむ返しに聞いてしまった。

「じゃ、なんでドラフトの時、阪神を逆指名しなかったんですか?」

上原さんは笑った。

「好き、と職業選択は違いますから」

彼がドラフトにかかったのは98年だった。阪神が暗黒時代にどっぷり浸かっていた時代だった。就職にたとえるならば、初任給から昇給の度合いまで、すべてにおいて差がありながら、やることは同じな大企業と零細企業。だったら、誰だって条件のいい方を選ぶ。遺憾ながら、わたしは上原さんの言葉に完全に納得してしまった。

いま、ドラフトに逆指名制度はない。かつてのように、指名されて入団を拒否する選手もほとんどいない。ただ、指名される側からすれば、行きたい球団、あるいは行きたくない球団、もしくは絶対に行きたくない球団だってあるはずだ。

わたしだったら……阪神にだけは行きたくない。

入団したら最後、他の球団では考えられないぐらいの重圧を在阪のメディアやファンから受けることになる。結果がでなければネットで袋叩き。もし、わたしが糸原や大山や矢野監督だったとして、あの凄まじいバッシングを受けて、それでも変わらず阪神ファンでいられる自信はまったくない。というか、いまはこれほど大好きな阪神が、憎悪の対象に変わってしまう危険性すら感じる。

なので、拒否。阪神を好きでい続けるために、断固、入団拒否。

じゃあ逆に、どこの球団だったら行きたいか。

一昔前なら、日本ハムだった。ダルビッシュに大谷翔平。かと思えば早稲田大学のソフトボール部をドラフトで獲得してみたりと、育成の上手さ、着眼点の独特さは際立っているように思えていたからだ。

ただ、いまなら千葉ロッテかな、と思う。

あくまでもわたし個人の内面の話だが、日ハムの場合、清宮、吉田といった期待のドラ1がやや伸び悩んで見えることで、一時期ほどには「育成のスペシャリスト」とは思えなくなってきている。

それに比べて、ロッテは眩い(あくまでも個人的な印象です)。

まず、いうまでもなく佐々木朗希。高校時代から160キロを投げていた豪腕を、ほぼ2年間、使わずに我慢したところが凄い。さらにいうなら、2試合連続完全試合という前代未聞、人類史上初の超偉業を目前にしながら、あっさりと8回で降板させた井口監督と、それを概ね温かく見守ったロッテのファンを見れば、「ああ、このチームに行けば自分も大切に育ててもらえるかもしれない」と心底思う。

もちろん、佐々木ほどの才能があり、かつ、誰の目にも明らかなほど細かった体格を見れば、ロッテに限らず、他の球団でも同様の手法が取られた可能性はある。何しろ高校時代、勝てば甲子園という状況にあっても登板を回避させられるほど、大切に大切に、掌中の玉のごとく育てられた逸材である。迎えるプロの側とて雑な扱いなどできるはずがない。

だから、凄いとは思いつつ、それでもまだ、佐々木朗希だけであれば、ロッテのことを眩しいとまでは感じない。

松川虎生がいなければ。


逸材は大切に育てるというスタンスをとる一方で、ロッテは、井口監督は、高卒ルーキーのキャッチャーを開幕からスタメンで使うというとんでもなく思い切った策を取った。

わたしが井口監督だったら、と想像する。

佐々木の育成は上手く行きつつある。目先の結果に囚われず、先を見て選手を起用していくという自分のスタンスが、高い評価を受けつつある。

わたしだったら、そこに縛られてしまう。

つまり、自分が決めた育成のスタンスを、チーム全体に押しつけてしまう。これがウチのポリシーだと、すべての選手に同様の基準を当てはめてしまう。

井口監督は違った。

佐々木に適用したプログラムとまったく異なる……というか、ほとんど正反対といってもいいプログラムを松川には適用した。もちろん、ピッチャーとキャッチャーでは求められる資質も違えば、気を使うべき箇所も違う。肩を消耗品と考えるピッチャーと違い、経験値も重要となるキャッチャーの場合、早い段階から多くの試合に出た方がいいのは間違いない。

だが、それでもなお、わたしだったら、高卒のルーキー・キャッチャーをいきなり抜擢するなんて決断は下せなかった。たとえ松川がどれほど傑出した資質を見せていても、である。女房役にはベテラン。若いピッチャーを引っ張る存在──そんな先入観から、どうしたって抜けきれなかっただろうから。

だから、佐々木と松川が同時に活躍するいまのロッテをみると、このチームは原理原則よりも、個人のためにカスタマイズされたプログラムが適用されているんだな、と感じる。あらかじめ用意されたものに選手が合わせるのではなく、チームの側が選手のために合わせてくれているという感覚。

選手の側からすると、こんなに魅力的な球団はない。

わたしの少年時代、パ・リーグの球団はおしなべて不人気だった。ドラフトで指名されても拒否されるケースも珍しくなかった。

だが、いまやソフトバンクは球界屈指の人気球団となり、その報酬や環境は、プロを目指す選手にとっても、素晴らしく魅力的な存在になった。そこに一時期日本ハムが続き、いま、ロッテが更に名を連ねようとしている。

好き、と職業選択は違う。だとしたら、かつてセ・リーグが持っていたアドバンテージは、いよいよ減少の度合いが高まってきている。

阪神はいうまでもない。「好き」という条件以外で、「あそこでやりたい、あそこなら自分を育ててくれるかもしれない」と感じさせてくれるセ・リーグのチームが、わたしには見当たらないからである。

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