鋭敏な運動神経で今宮健太がソフトバンクホークスにもたらすこと
同じ学校の同じクラブに所属しているからといって、各々の性格や人柄までが同じになるわけはない。
そんなことは、わかっている。
わかっているのだが、しかし、サッカー専門誌で高校サッカーを担当していたころのわたしには、取材していて楽しい学校、そうでない学校が明確に存在していた。うわ、感じ悪いな、と感じた学校は、代が変わって次の年にお邪魔してもやっぱり感じが悪い。逆に、みんな人懐っこくて、めちゃくちゃ取材が楽しかった学校は、違う年にいってもやっぱり楽しい。
で、だんだんとわかってきた。
結局は、顧問の先生の人柄なんだな、と。
何回行ってもいい印象の持てなかった関東の強豪校の監督は、テレビの取材に慣れていることもあってか、雑誌の取材を小馬鹿にしている風があった。弱小専門誌の若造記者のひがみだった可能性はある。ただ、監督だけでなく、選手たちも、若いころにありがちな背伸びというか、「俺、取材とか慣れっこだから」とポーズを取りたがる年頃だということを差し引いてもなお、ずいぶんと冷笑的だった。
もちろん、そうした態度を苦にしない方もいらっしゃるのだろうが、わたしはダメだった。そうした学校の監督や選手を批判するつもりはないけれど、相性として、もうダメ。ごめんなさいな感じ。
かと思えば、後に名門校となる関西の新興勢力や、東海の伝統校では、担任の先生はもちろんのこと、選手たちもが好奇心丸出しだった。それはもう、「記者ってどんな仕事するんすか?」から「〇〇高校の〇〇って選手、どないでした?」まで、思いついた疑問を片っ端からぶつけてくる。取材が終われば監督、コーチたちとヘタをすれば明け方までサッカー談義にふけったこともある。
というわけで、監督というか、リーダーの性格や人柄は生徒たちに影響を及ぼすらしい、と20代なかばで感じたわたしは、その考えが変わらないまま、50代なかばを超えた。なので、7年ほど前から、ソフトバンクの今宮健太は気になる存在だった。
ブラジルW杯があった2014年、わたしは中西麻耶というパラリンピアンについてのノンフィクションを書いた。その彼女が大分の出身だったため、大分のメディアでは結構大きく扱われ、書店でのサイン会まで開催されることになった。
お越しいただいた方のほとんどは、当然のことながら中西麻耶がお目当てだった。彼女と熱を込めて握手をすませた人の多くは、「あ、いたのね」的な感じで隣にいたオッサンの手も握った。当然である。わたしが読者の立場だったとしても、同じ態度をとる。
ところが、そんな中、中西麻耶との握手を早々に切り上げ、わたしの前で深々と頭を下げてくださった初老の男性がいた。
「このたびは本校の卒業生をこんな素晴らしい形で取り上げていただき、本当にありがとうございました」
明豊高校の校長先生だった。
書店でサイン会をしたことなら過去に何回かある。地方を回ったこともあった。だが、取材対象者が通っていた学校の校長先生が、わざわざサイン会までお越しいただいたということはなかった。ただの一度も、なかった。
なので、こちらもすっかり舞い上がってしまい、後ろに並んでいる方たちそっちのけで思わず話し込んでしまった。長時間ではもちろんない。それでも、握手→サイン→手渡しとオートマチックに進んでいる流れからすると、完全な停滞であったことは間違いない。
先に「まずい」と気付いたのは、残念ながらわたしではなかった。
「それでは、これからも中西をよろしくお願いします。あ、それからご縁がありましたら、今宮健太のこともよろしくお願いします」
そういうと、校長先生は静かに列を離れていった。行列のお客様に対する気配りをすっかり失念していたわたしは、明豊高校は当時入団4年目、ホークスの顔になりつつあった今宮の母校でもあったこともすっかり忘れていた。日本シリーズで阪神がこてんぱんにやられ、なおかつ、若きショートストップの守備範囲と肩の強さに驚愕したばかりだったというのに、忘れていた。
ショートは、特別なポジションである。
野球の世界では超一流でも、他のスポーツをやらせたらさっぱり、というプロ野球選手は案外珍しくない。懸垂が一回もできないホームラン王もいたし、子供のころから鈍足が悩みだったという沢村賞投手もいる。
だが、シュートを守る選手は、あらゆる意味で万能であることが求められる。肩は強くなければならないし、機敏さも求められる。なおかつ、打つ方でも一定レベルをクリアしなければ、プロのレベルではなかなか使ってもらえない。超人が揃うプロ野球の世界の中でも、とりわけ求められる条件が厳しいポジションの一つかもしれない。
今宮は……その身のこなしを一目見ただけで、全身に鋭敏な運動神経が行き渡っていることがわかる。身長は172センチ。はっきりいって、プロでやっていく上でアドバンテージになる体格ではない。ただ、ホークスのスカウトたちは、決して大きくはない今宮の体躯に限りない可能性を感じたのだろう。そうでなければ、ドラフト1位での指名はありえないし、彼らの目が正しかったからこそ、入団2年目に、ホークスとしては21年ぶりとなる10代での開幕1軍を果たすことにもなったのだろう。
実をいえば、正式に投手への転向が決まった中日の根尾がプロ入りした際、わたしがイメージした成功像は今宮だった。明豊時代の今宮も、ショートとサード、そして投手を兼任していた。スキーをやらせても一流だったという根尾の体躯が、身のこなしが、わたしには今宮とダブって仕方なかった。
プロに入って12年目を迎える今宮は、実は、キャリアで一度もシーズン打率3割を記録したことがない。期待された強打、巧打という面に関しては、正直、物足りない数字ともいえる。
だが、それでもなお、ホークスにとって今宮が欠かせない存在であることに疑いの余地はない。広い守備範囲と強肩は、多少の貧打に目をつぶっても使うべき。それが、ホークスの方針と結論であり、ファンもそれを全面的に受け入れた。
一方で、今回中日が下した結論は、ホークスのそれとは正反対のものだった。それが正しいか、間違っているかは現時点ではわからない。誰よりも根尾を見てきた中日のスタッフと、何よりも本人が決断した以上、周囲は黙って見守るしかない。
ただ、機会があれば聞いてみたいと思う。今宮健太に、今回の根尾にまつわる騒動について聞いてみたいと思う。
他の誰に聞くより、興味深い答えが聞けそうな気がするのだ。
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