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baseball2024.05.31

今永昇太の快進撃!メジャーリーグで輝くその理由とは?

今シーズンからシカゴ・カブスに活躍の舞台を移した今永昇太が、とんでもないことになっている。

なにしろ、この原稿を書いている5月20日時点で5勝0敗、防御率0.84である。『MLB.com』が伝えるところによれば、デビューから9試合投げての防御率0.84は、メキシコの伝説的な豪腕フェルナンド・バレンスエラの0.91を上回るばかりか、「デビュー」からという縛りを取り払っても1920年以降で4番目の数字だという。

ちなみに、ベイスターズでの最後のシーズンとなった昨年、今永の成績は7勝4敗、防御率は2.80だった。まだ序盤とはいえ、ここまでの成績は、日本時代を大きく上回っている。

選手の年俸評価基準に関して言えば、カブスが今永に支払う年俸は、ドジャースが山本由伸に用意した額を上回るとされている。これは、カブスが今永に対して非常に高い期待を寄せていることを示している。とはいえ、ここまでの活躍は、どれほど楽観的なカブスの関係者であっても、ちょっと予想していなかったのではないか。メジャーに上手く適応し、結果を残したとしても、日本時代の数字に比べれば、少しずつ下回るのが日本人選手の常だったからだ。

シーズンは長い。今永の調子がこの先も続くという保証は誰にもできない。ただ、仮に勢いを失ったとしても、目ざましすぎる序盤の働きは、記録としてだけではなく、シカゴの人たちの記憶にもしっかりと刻まれることだろう。


なぜ彼はこれほど活躍することができているのか。すでに日米では様々な検証がなされつつあるが、中でも多くの識者が指摘しているのは、高めの速球の威力である。

高めの速球を決め球にしていた日本のピッチャーと言えば、わたしが真っ先に思い出すのは藤川球児である。中腰に構えたキャッチャーの矢野のミットに突き刺さるファストボールは「わかっていても打てない」「直球という名の魔球」とまで言われた。

だが、その藤川にしても、アメリカで同じスタイルを貫き通すことはできなかった。WBCで痛打を食らったことで、日本では通用してもアメリカでは通用しないと本人が考えたのか、それとも、受けるキャッチャーが要求してこなかったのか。とにかく、アメリカでの藤川は、ごくオースドックスに低めにボールを集めるタイプに変貌していた。

それに比べ、カブスでの今永はひょっとするとベイスターズ時代以上に高めの速球で勝負をしている印象がある。これは、もちろん今永の実力と勇気があればこそだが、そこに要求してくれるミゲル・アマヤ、ヤン・ゴームズの両キャッチャーの存在も大きい。阪神からメジャーに渡った井川慶は、冗談まじりに「矢野さんがこっちに来てくれたらいいんですけどねえ」とこぼしていたことがあるが、どうやら、今永は信頼できる相棒に巡り逢えているようだ。

とはいえ、今永のファストボールのマックスはせいぜい150キロ前後でしかない。150キロ前後を「せいぜい」と書いてしまう自分と時代には驚いてしまうが、とにかくメジャー・リーグではもちろん、日本球界においても彼は“ズバ抜けた速球派”というわけではなかった。同じくマックス150キロ前後だった藤川が、アメリカで痛打を食らうことが多かったことを思えば、今永の躍進はいささか不思議にも思えてくる。

なぜ彼の高めの速球に、メジャーリーガーのバットは空を切るのか。

ゆったりとしたフォームから、メジャーでもトップクラスだと言われる毎分2600回転以上のスピンの効いた速球を繰り出す今永のスタイルが、相手バッターのタイミングを狂わせている、という面はあるだろう。ふわ~ん、からのピュイッ!中日の今中慎二、ソフトバンクや巨人で活躍した杉内俊哉のように、球速を遥かに上回る速さを体感させる投手の系譜に、今永は間違いなく連なっている。


ただ、個人的には180センチに満たない身長も、いまのところは武器になっているのでは、という気が、わたしにはしている。

野球はバスケットボールなどに比べるとサイズに関係なく一流になることのできるスポーツだが、かといって、小さい方が有利、というわけでは決してない。同じ速さの速球を投げる185センチの選手と160センチの選手。どちらがスカウトの目にかなうかといえば、これはもう、圧倒的に前者である。

日本の高校野球では、サッカーではまず行なわれない“トレーニング”を取り入れているところも多い。それは、食べるトレーニング。食べて食べて食べまくって、少しでも身体を大きくしようとする。大きいこと、パワーのあることが重要だという認識は、指導者だけでなく、選手たちの間にも広がっている。

身体の大きな選手のできないことをあげつらいがちだったサッカーとは違い、野球界は大きな選手を大切にし、かつ、少しでも大きくさせようとした。ピッチャーの場合は、それが特に顕著だった。

ではなぜ、背の高いピッチャーが重用されたのか。

答えは簡単。珍しいから、いや、珍しかったから、である。

野球は、基本的に慣れのスポーツ。140キロを剛速球と感じていた時代があった一方で、いまや高校生が150キロを投げてもさほどニュースにはならなくなった。大府高校・槙原寛己の140キロ後半を打てる高校生はほとんどいなかったが、いまや名もない公立高校にも140キロを投げる投手はいる。高校時代の槙原の速球はレアだから、打たれなかった。いまは、レアでないから普通に打たれる。そういうことなのだ。

高いリリース・ポイントから投げ下ろされれば、もちろん威力は増す。だが、それ以上に大きかったのは、そういうリリース・ポイントから投げ下ろす投手との対戦経験が少ないこと、にあった。つまり、高いリリース・ポイントから投げ下ろしてくるピッチャーが当たり前になれば、武器は、もはや武器でなくなる。

今永は、190センチ台の投手が当たり前の世界に飛び込んだ170センチ台の投手だった。多くのバッターがアンダースローとの対戦に戸惑いを隠せないように、上からズドンとくるファストボールに慣れたメジャーリーガーからすると、低いリリース・ポイントから浮かび上がってくるような今永の速球は、とてつもないくせ球に感じられるのかもしれない。まさに、速球という名の魔球、である。

ただ、今永がこのまま突っ走るかと問われると、個人的には不安も残る。

速球のマックスは150キロに遠く及ばないものの、変則的な投げ方と荒れ球を武器に、2年連続で最多勝に輝いた阪神の青柳晃洋は、昨年から思ったような結果を残せなくなった。その理由が相手側の「慣れ」にあるのだとしたら、同じことが今永についても起こらないとは限らないからだ。

シーズンが進んでいけば、当然、メジャーリーガーたちも今永対策を講じてくる。高めの速球を捨て、標準的な他のボールに狙いを定める選手も出てくるだろう。ここからは知恵比べ、タヌキの化かしあいでもある。そんなことを考えていたら、5月29日(現地)でのブルワーズ戦ではまさか大炎上…メジャーワーストの7失点で5回途中KO、防御率トップからも陥落するというニュースがあった。

ただ、そうした包囲網を今永がかいくぐってくれるとしたら、その手法は、考え方は、苦闘が続く青柳にとってもヒントになる気がする。というわけで、自分のために、カブスのために、そしてちょっとだけ青柳のために、今永には多いに頑張ってもらいたいと願う阪神ファンのわたしである。

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