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football2020.10.27

ネイマールの契約はチーム最高のテクニシャンがプーマを履くという伝統の復活か?

熱心すぎるマニアは、そうでない方から「変態」と見られることがあるというが、だとしたら、わたしも立派な変態である。

あまりにもプーマが好きすぎて。

ニュルンベルク郊外、ヘルツォーゲナウラッハにあるプーマの本社アウトレットに足を運んだのは、一度や二度ではない。行くたび、約20万円ほどの商品を買いあさってきた。結果、フォーマルな場合を除き、わたしが履くもの、身につけるものはおしなべてプーマである。

プーマ愛に満ちすぎたわたしは、子供のころから現在に至るまで、アディダスの商品だけは着たことも履いたこともない。アディダスの創始者、アドルフ・ダスラーがプーマを作ったルドルフ・ダスラーの弟だという事実を知った高校1年生のとき、「我が人生において使用することなし」と誓ったのである。

弟よりもダメな兄。ビジネスでボロ負けな兄。わたしはそこに、自らの家族関係をダブらせてしまった。どうでもいいことだが、わたしは法政大学、弟は東京大学の出身である。

サイドステップに好きな文字を刻印できるイギリス車を買ったときは、『ヨハン・クライフ&マリオ・ケンペス』と刻んでもらった。どちらもW杯のスーパースター……というより、プーマの象徴だった。いつのころからか、わたしはプーマを履いた選手しか好きになれない身体になっていた。

ただ、残念なことに、というかそこが好きな理由の一つでもあるのだが、プーマは決してスポーツ業界の巨人ではない。従って、資本力に優るライバルたちとの契約金競争ではかなうはずもなく、結果としてスターたちはどんどんと他のメーカーに流出していった。

するとどうなるか。わたしはその選手への興味を失ってしまうのである。

たとえば、78年のW杯で活躍したイタリアのアントニオーニは大好きな選手だったが、ディアドラに引き抜かれた途端、どうでもよくなった。アルゼンチンのカニーヒアもまたしかり。

90年代は全世界の“プーマ狩り”が一番激しかった時代で、多くのプーマ・ユーザーがディアドラやロット、ナイキやミズノ、リーボックといった新興メーカーに引き抜かれた。94年のアメリカ大会では、70年W杯以来、脈々と続いてきた「決勝ではプーマ・ユーザーが輝く」という伝統は崩れ、というか、プーマを履いている選手自体がいなくなってしまった。

プーマ・ユーザーがいなくなったのは決勝戦だけではない。大会全体でたった二人。韓国のノ・ジュンユンとスウェーデンのアンデションというのが、わたしが発見したこの大会の絶滅危惧種である。

スポーツライターとなり、青春時代のアイドルに会えるようになってからも、わたしのプーマ愛は続いた。ただ、実際に会う回数が増えていくにつれて、気持ちは萎えていった。

ほとんどの選手にとって、スパイクなんてただの消耗品だったということを思い知らされたから。

自分の名前を冠したスパイクが発売されていたある選手は、そのこと自体を忘れていた。「なぜプーマと契約していたのですか?」という問いに、まるで試合後の記者会見で「あなたはなぜ朝食にパンを食べたのですか」と聞かれたかのごくとキョトンとした選手もいた。残念ながら、わたしの熱量に匹敵する愛を持った選手は、一人もいなかった。

いまにして思えば、それも当然。

わたしが子供のころ、日本は世界でも屈指の「サッカーの試合がテレビで見られない国」だった。国内にプロはなく、国外のプロに対する関心は皆無に等しく、W杯予選を西が丘で開催して対戦相手(インドネシア)に呆れられ、国外の試合になると生放送されないことも珍しくない。それがかつての日本という国だった。

そんな国に生息していた数少ないサッカーマニアは、月に1度か2度発売されるサッカー専門誌にかじりついた。毎週土曜日の東京12チャンネル『三菱ダイヤモンドサッカー』を除けば、それが世界の情報に触れられるほぼ唯一の機会だった。

いま、動く選手たちを当たり前に見られる時代になって、わたし自身、誰が何を履いているかということに対する興味は、大きく損なわれている。当然だ。メッシのスパイクに注目しているより、メッシのプレーを見ている方が圧倒的に楽しいのだから。

でも、昔は違った。マニアたちは、写真のクライフやベッケンバウアーを見て、その天才、異才ぶりを想像するしかなかった。だから、誰がどんなスパイクをどんなふうに履いているかは、いまとは比較にならないぐらい重要だった。



この夏、プーマはナイキとの契約が切れたネイマールをつかまえた。絨毯爆撃のアディダスに対し、一本釣りのプーマというかつての契約スタイルを考えれば、サッカー界では久しぶりにプーマらしい契約といえる。その逆パターンばかりを見てきた人間としては、セレソンではチーム最高のテクニシャンがプーマを履くというかつての伝統の復活を期待しつつ、隔世の感も覚えてしまう。

まさか、プーマにファッション性が期待される時代が来るとは、思わなかったなあ。

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